Emotion |
ふわふわ。 ふわふわと。 初めて貴方に会ったばかりの頃。 貴方は掴み所の無くて、なんて、不安定なヒトなのだろうと思った。 目的を持つことで、己を保っている。 その強すぎる瞳は、儚く、脆く。 だからこそ、本当の強さを望んでいたように見えた。 だったら、今。 目的を果たした、今。 貴方は、一体どうしたいの? いつでも宇宙の海の中、光を帯びるものは星々しかなくて。 深夜と呼ばれる時間も、真昼と呼ばれる時間も、船の中ではそう大差無かった。 金髪の少女が、プライベートルームに独り。 ぼんやりと窓の外を眺めていると、シュン、と言う音がしてドアが開いた。 「ケイン」 「何やってんだ」 欠伸をしながら、ミリィと向かい合わせに腰掛けた。 「お風呂に入ったから、飲み物欲しくって」 言って、紅茶のティーカップを軽く持ち上げる。 「ケインも何か飲む?」 「ん。コーヒーがいい」 頷くと、ミリィはコーヒーメーカーにお湯を注いだ。 暫くすると、ぷぅんと芳しい薫りが漂ってくる。 キャナルはコクピットにいるのであろう。 こちらには姿を見せない。 コトリ、とカップをケインの前に差し出した。 「サンキュ」 礼を言って受け取る。 そうして、暫くの沈黙。 別に、重たいわけでもなく、お互いに口を開かないだけ。 不思議と、居心地が悪いとは感じない。 先に、口を開いたのはミリィだった。 「ね、ケイン」 ぼぅっとしていたケインは、不意の呼びかけに顔を上げた。 「うん?」 ソーサの上にカップを置いて、ミリィは口ごもる。 「あの、ね」 俯いた拍子に、耳にかかっていた髪がさらりと落ちる。 黄金の髪が、光を帯びた。 「これから…どうするの?」 「これから?そりゃ、また仕事探して…」 「そうじゃ、なくて」 不安げな瞳が大きく揺れる。 彼女が何を言いたいのか、理解しかねてケインは首を傾げた。 「いなくなったり…しない、よね?」 あまりに唐突な台詞。 僅かに目を見開く。 「何言ってるんだよ」 冗談めかして、笑う。 「俺は今、ここにいるじゃないか」 「怖いの」 ぽつり、と彼女は呟いた。 「目的を果たした今、貴方は」 顔を上げて、ケインと向き合う。 「貴方は消えてしまいそうで怖かった」 伏せられた瞳から、涙が溢れないのが不思議なくらい。 彼女はきつく、眉根を寄せてなおも続けた。 「消えないよ」 そ、とミリィの頬に触れて、微笑む。 「消えたり、しない」 もう一度、確認するように繰り返す。 頬に触れたままの手の上から、自分の手を重ねた。 「じゃあ、何故?」 目を瞬かせ、彼の手に擦り寄る。 「貴方はまるで、ヒトと触れ合うことに怯えているようだわ」 ほんの一瞬。 本当に、本当に短い時間。 彼の呼吸が止まったかと思った。 死んでしまおうと思ったことが、無いとは言い切れない。 ミリィがその瞬間を見逃すはずも無く。 「一体、何をそんなに怯えているの?」 離れようとした手を掴み、引き寄せた。 テーブルから身を乗り出し、ケインへと顔を近づける。 ミリィの手が、ティーカップに当たり、倒す。 残っていた紅茶が、テーブルを伝って床へと流れ落ちた。 「…んっ」 乱暴にキスをすると、ミリィは顔を離す。 彼女からの突然の口付け。 涙を湛えた瞳で、ミリィは口を開いた。 「もし何も、見出せないのなら…どうか…」 するり、と掴んでいた手の力を緩めた。 簡単に滑り落ちる、白く、細い腕。 「私の為に、生きて」 ゆっくりと、ミリィは部屋から出て行った。 「『怯えている』…か」 先程触れたばかりの唇に指で触れると、彼女の僅かな残り香に気付く。 シャンプーか何かの薫りだろう。 シトラス系の薫りだった。 「そういうわけでも…無いんだけどな」 ため息を1つ吐くと、頬杖をついて天井を見上げた。 触れたいのに、触れることの出来ないもどかしさ。 きっと、君は織らない。 自分の部屋に戻るのも、何だか嫌で、所在無さげに船の中を歩いていた。 Tシャツに足の付け根までのジーンズパンツ。 風呂上りで熱かったと言っても、とうに時間は過ぎている。 熱も冷めて、肌寒さを覚えてきた。 「キャナルに…愚痴聞いてもらおうかな…」 ぽつりと呟くと、ミリィはくるりとコクピットへ向けて方向転換した。 コクピットのドアへ近付くと、話し声が聞えた。 「…?」 この船のクルーなど、分かりきってはいるが。 何となく、ドアの開く気配がして、ミリィは立ち止まる。 案の定開かれたドアから、ケインの声が響いた。 「ちょっと待て、キャナル!」 「問答無用」 キャナルの腕と思われるソレが、ケインをコクピットから追い出した。 つんのめって、彼はミリィの目前へと押し出される。 同時に、ドアは閉じてしまった。 寸前、キャナルが微笑って、こちらに手を振っているのが見えた気がする。 (…図ったな…) ジトリとドアを睨みつける。 彼女のことだ。 ミリィの生体反応を察知して、タイミングよく追い出したに違いない。 暫く、瞬きを繰り返していたミリィだが、何も言わずに、彼の脇を通り過ぎた。 「ミ…ッ」 慌てて、彼女の後ろを追いかける。 終始無言のミリィははっきり言って珍しい。 だから、余計に怖かった。 早足で歩く彼女の歩調に合わせる。 静かな船内に、足音だけが響いた。 「ミリィ」 呼びかけるが、止まる気配は無い。 そうするうちに、彼女の自室まで来てしまった。 「…ごめん」 ドアが開かれる直前、ミリィは立ち止まる。 ケインの台詞を、振り向きもせずに受けた。 「…謝るようなこと…したの?」 ドアを背にして、振り向く。 「わからない」 ケインは、頬を掻きながら首を振った。 「何、それ?」 少しだけ、怒ったような口調。 ミリィの睨みを、正面から受け止める。 「ただ、お前を傷つけたような…気がして…それが…厭だった、と思う」 ただ、正直に言うしかなかった。 思っていることを口に出すのは、怖いけれど。 言わなくては分からないから。 言わなくてもわかるなんて、ありえないから。 織って欲しいと思うからこそ、言葉にしなければならない。 たどたどしい、何とかつなげられた台詞に背を向けて、 ミリィはドアを開いた。 「死にたい…とか、言わない?」 歩みを進めて、ベッドに腰掛ける。 ドアの入り口で立ち止まったまま、ケインは頷いた。 「言わないし、思わない」 視線を逸らさないまま、ミリィは問う。 「いなくなったり、しない?」 もう一度、微笑んで頷く。 「しない」 ミリィはクッションを抱きしめ、俯く。 ぎゅ、と強く握られた手は、それを離そうとはしなくて。 「じゃあ」 柔らかい感触を残したまま、クッションが床に転がる。 両手を差し出して、ミリィは言の葉を紡いだ。 「触れることに、触れ合うことに…怯えないで」 足元に転がってきたクッションを拾い、彼女の傍まで近付く。 ソレをベッドに戻すと、ミリィの両手を引き寄せ、抱きしめた。 引かれた腕の力で、立ち上がる。 「怯えてなんか無い」 更に強い力で、ミリィを強く抱きしめる。 「ずっと、こうして触れたかったんだ」 弾かれたように、顔を上げるミリィ。 「本当、に?」 「嘘ついてどうする」 僅かに頬を紅らめながら、ケインは顔を背けた。 そんな彼の行動が愛おしくて、ミリィはケインの胸に顔を埋める。 「約束、してね」 目を閉じて、身体を預ける。 「一緒に…生きよう」 彼女の頤に指をかけ、上を向かせる。 「あぁ」 ゆっくりと触れ合う唇は、どんなものよりも優しかった。 ねぇいつか 貴方が死んだら その亡骸を抱いていて いつまでも 愛しい貴方の 髪を撫で 頬に触れ 食べてしまおう だから、共に生きていこう。 END |
アトガキ。 |
『Sun and Moon』のミリィSideであり、その後って感じで。 |