Escape
「なぁ」 俺、別にアイツを困らせたい訳じゃなかった。 「何で闘うんだ?」 おしゃべりするみたいに、 普通に話し掛けたつもりだったんだ。 「嫌じゃないのか?」 でも、さ。 アイツ困ったようなカオして。 笑ったんだ。 「嫌だよ」 って。 ズキン、って心臓が痛くなった。 何でか分かんないけど。 「でも、仕方が無いんだ」 ナタクはそう言った。 俺は、何も言えなくなった。 だって、ナタクが、知らない奴に見えたから。 それは、いつものナタクじゃなくて。 ナタクなんだけど、ナタクじゃない。 俺の知らない、ナタクだったんだ。 木の上に腰掛けていたけど、 何かに気付いたみたいにナタクは、 遠くを見た。 アイツは、 ゴメンな、って言って、そのまま。 走って行ってしまった。 謝らなくちゃいけなかったのは、 きっと俺のほうだったのに。 「ゴメン…ナタク」 聞こえないのに。 聞こえるはずがないのに。 自然と、その言葉は俺から飛び出した。 静かな、夜の闇。 布団に入っても、悟空は眠ることが出来なかった。 ごろごろしながらも、眠ろうと努力したのだが。 寝返りをうつ度に、目を開いた。 「眠れないのか?」 不意に、上から声がした。 「金蝉…」 悟空は声の主を呼ぶと、静かに首を上下に振る。 「…うん」 また、ごろりと寝返りをうち、金蝉へと向き直った。 何があった?とは聞かない。 ただ、 「そうか」 と答えたきり、何も言わなかった。 「何で…」 悟空は沈黙の後、口を開く。 「何で嫌なのに、仕方が無いんだろ?」 「あ?」 唐突に吐き出された言葉は、理解するには未完成なもので。 金蝉は、眉をひそめて、聞き返す。 「ナタクに、闘うの嫌じゃないかって聞いたんだ」 空中で手を動かして、悟空はぽつりぽつりと話し出した。 「そしたら、アイツ嫌だけど、仕方が無いって言った」 金蝉はナタクの言葉の意味が分かり、閉口した。 闘神ナタク太子。 闘いの申し子。 闘うためだけに産み落とされたもの。 闘うことだけが、存在意義。 天界の『殺人人形』。 「悟空」 ふと、呼びかけられ、悟空は金蝉を見る。 「お前が俺の部屋を散らかして、片付けろって言われたらどう思う?」 質問の意味が分かりかねたが、悟空は即答した。 「面倒くさいって思う」 「どうしてそう思う?」 「…嫌だから」 いつもある風景で、簡単に思いつくのか、悟空は渋い顔をして答えた。 書類を散らかしては、金蝉に叱られ、殴られる。 これは日常風景だった。 「でも、お前は片付けるだろう?」 「だって、仕方ないじゃん」 やらなかったら、金蝉がまた殴るから。 そこまで聞いて、金蝉は目を閉じる。 「そういうことなんだよ」 吐き出された台詞が、あまりに毒々しくて、 悟空は跳ね起きる。 「何だよ、それ?!」 憤りを含んだ声音。 金蝉のベッドへとよじ登る。 「全然違うじゃん!」 耳元で叫ばれ、金蝉は顰め面のまま、起き上がる。 「同じなんだよ」 悟空は、金蝉を睨みつけた。 だが、それを気にする様子も無い。 「ナタクにとっては、それが日常なんだ」 嘆息して、髪を掻き揚げる。 悟空が、金蝉の部屋を散らかして、叱られるのも日常。 ナタクが闘って、傷つくのも日常。 「そんなの変だよっ!!」 悟空は堪えきれず叫ぶ。 その瞳には、涙さえ浮かんでいた。 「だって、闘うって、いっぱい、いっぱい死ぬんだろ?」 俯くように、彼は自分の手を見つめる。 「闘うって、いっぱい、いっぱい傷つくんだろ?」 金蝉に殴られて痛いとか、そんなレベルじゃない。 「そんなのが日常だったら…痛いよ。苦しいよ」 心が悲鳴をあげている。 誰も気付かない。 誰にも聞こえない。 もう嫌だと、こんなにも血を流しているのに。 「そんなの…変だよ…っ」 悟空はポロポロと涙をこぼす。 何故、他人のことで泣けるのだろうか? だが、それが悪いことだとは思わなかった。 ――――この天界で生きていくには、悟空は優しすぎる 優しささえも蝕んでしまう世界。 それが天界。 それが、現状。 分かっていたはずなのに、溶け込めないこの世界に嫌悪を覚える。 突然、ポンポンと自分の頭を撫でる手に顔を上げた。 「こ…ん…ぜ…?」 「何がおかしくて、何が正しいのかは自分で考えろ」 「……?」 「考えて、悩んで、苦しんで」 紫暗の瞳に、悟空のカオが映る。 「それで耐え切れなくなったのなら、泣きついて来い」 「金蝉?」 絶対に、逃がしてはやらないけれど。 逃げてんじゃねーよ、と殴り倒してやるけれど。 「自分の意思を簡単に放棄するんじゃねぇ」 流されるな。 やっとのことで、彼の言っている意味が分かり、 悟空は微笑む。 「うんっ!」 逃げ道が無いのは苦しいから、 絶対に逃げられない逃げ道になってやる。 それでも、悟空は泣きついて来たりはしないと分かっているから。 そこまで弱くないと、知っているから。 「分かったなら、さっさと寝ろ」 金蝉は、悟空の額を小突くと、自分は早々に寝入る。 金蝉の寝顔を見て、小さく呟く。 「ありがと、金蝉」 絶対に、泣きついたりしないから。 絶対に、自分で答えを出して見せるから。 いつか1人で歩けるようになったら、俺が金蝉の逃げ道になってあげるから。 それまでは。 「おやすみなさい」 お互いがお互いの、逃げられない逃げ道になっていることも知らずに。 次に会ったときに、ナタクに謝ろう。 そう、思ってた。 だけど、『次』はなかった。 何にもなくなってた。 ナタクも。 ケン兄ちゃんも。 天ちゃんも。 金蝉も。 嬉しいはずの約束も。 みんな、なくなった。 『なぁにやってんだよ』 『ほらほら、前を見ないと転んでしまいますよ』 『さっさと来い、チビ猿〜』 『置いて行くぞ』 『悟空』 嗚呼、声が聞こえる。 誰かの呼ぶ声が聞こえる。 『待ってよっ!』 言いたいのに、声が出ない。 目が覚めれば、きっと全てを忘れてしまうから。 だから、お願い。 どうか、俺を起こさないで。 夢の中にいさせて。 もう、泣きながら目が覚めるのは嫌だ。 あの、暗い闇の中で。 END |
あとがき。 |
11223Hitの、カナ様へ捧げるキリリク小説ですv 天界編で、悟空が中心で、ナタクも出てきて。 しかし、クリアしてるのかどうだか妖しいものですな!!(汗) こんなんですみませんっ!!! 何か、全然痛くない……。 逃げ道なんて、どこにでもあるんです。 でも、ここが逃げ道だって言われると、そこしかないように思えるんですよね。 先入観って不思議☆(死) 誰も、そこにしかないなんて言ってないのに。 だから、わざと提示させたんです、金蝉に。 ここに、逃げ道がある。って。 逃げられないんですけどっ!! それに、悟空は絶対に逃げないと思うんです。 真正面から向き合って、それを突破していくような。 だがなあ。 金蝉、子どもを殴り倒すってのも何だか、幼児虐待みたいでやだなあ(笑)。 (↑お前が書いたんだろ―が。) |