聖なる夜に神様が

願いを叶えてくれるのならば

この真っ白な雪で

どうかどうか

私を浄化してください



あの人を汚したくないから―――





eternal  pledge









「ファラー、ちょっと留守番頼むな。」

元より穏やかな静けさに包まれた村は
ここ数日降り続けた雪により、更なる静寂に包まれていた。
普段は夕焼けに赤く染められる時間だというのに、それをも雪が吸収してしまったのか。
あたりは銀世界が広がるばかり。
家々からは暖かい光と、今日という聖夜を祝う声。
その中にたたずむ一軒から、ドアを開けると共に家の中へと呼びかける青年が現れる。
この家の主でもある彼は、まだ少年らしさが残っていた。

「え?どこか行くの?そろそろ暗くなるのに…」

応じて答えた声は彼の最愛の人のもの。
よく通る高い声と、ダークグリーンの左右にはねた髪が、
彼女の元来の元気さを表しているかのようだ。
そして彼女もまた、少女らしさをどこか残していて、
夫婦である二人は、いまだ初々しい雰囲気に包まれていた。

「ああ、キール達をそのへんまで迎えに行ってくる。
暗くなって森に迷い込まれても大変だしな。」
「そういえば遅いよね、二人とも。
もう着いてもいい頃なのに…。私も行こうか?」
「いや、お前はここにいろよ。
この前倒れたばっかだろ?あんま無理すんなよ。」

あの旅から数年。
4人は再会はしたものの、今では遠い世界に住む者同士。
そう滅多に会えるものでもない。
そんな中、聖夜だけは共に祝おう、という提案の元、
毎年互いの世界を交互に訪ねるということになっていた。
今年はキールとメルディがインフェリアに来る番。
リッドとファラは二人を迎えるべく、朝からてんやわんやで大忙しだった。

そしてリッドが言う、ファラが倒れたというのはつい先日のこと。
冬仕度のため、秋に収穫した作物を蔵へと運ぶ際、突然彼女は意識を失ったのだ。
軽い貧血とのことだったが、猟に出かけていたリッドが大慌てで事情を聞き、
酷く心配をしたのは言うまでもない。

「もう大丈夫だって言ってるのに。
心配性だなぁ、リッドは。」
「お前が楽観的すぎなの。頼むから心配させるなって。」

さも子供をなだめるかのように、頭を撫でながら言う彼に少々ムッとするものの、
数日前の彼の狼狽ぶりに、流石に反省したのか、ファラは大人しく従うことにした。
それに何より、触れる手があまりに暖かくて、
心配してくれているのが痛い程わかり、そして嬉しかったから。

「ん…。気をつけてね。」
「おう。じゃ、行ってくる。」

ホッとしたのか、軽く微笑んでから、
リッドは踵を返す。
遠くなる背中に向かって、「早くしないとご飯冷めちゃうからねー!」と叫んでみると、
軽く手をあげてくれたのがわかった。


一人きりになった家の中でファラは椅子に腰かけ、軽くため息をついた。
本当はやはりリッドについて行きたかったのだ。
キール達が心配だということもあるが、何より一人になりたくはなかった。
一人になることで、また頭の中が嫌な想いで溢れかえる。
自分という弱さに屈してしまいそうになる。
考えても考えても仕方のないこと。
消えることのない罪は、癒されてもなお彼女の中からなくなることはない。
それでも

「それでも…傍にいたいよ…」


零れ落ちるかのように呟かれたその言葉は、誰の耳にも届くことはなく、
そのまま静寂の中に溶けていった。













「ごめんなー。メルディ達遅くて迷惑かけたよ。
キール、忘れ物がしたって途中で引き返すがいけなかったよ。」
「うううるさい…っ///仕方ないだろう!
あれがないと…その…落ちつかないんだっ!」
「バイバー。キール、そんな大事なもの忘れたか?
おまぬけさんだなー。」
「ぐっ……」

彼等が遅れた理由は、何のことはないただの"忘れ物"だった。
そして繰り広げられる言葉の応酬にリッドは呆れ、ファラは苦笑するしかなかった。

「なんてゆーか…、お前ら相変らずだな…」
「何がだ?」
「夫婦漫才。」
「なっ……!?///」
「はいなー!メルディ、キールが奥方!
リョーサイケンポウ目指して日々特訓中だよぅ!」
「それを言うなら良妻賢母だ。そして誰が母だ、誰が。」
「そういうところが漫才だっての…」

かつての仲間が揃えば、外の静けさなどはどこかへ消え去り、
自然と家の中は明るさに包まれる。
それは旅をしていた時と少しも変わらないやすらぎ。
嬉しくて、心地よくて、言葉が途切れることなどありえない。
それぞれが夫婦として新たなスタートをきっても、あの時の気持ちは今も変わらず。
4人でいる時は、ありのままの自分でいられる。
誰もが言わずともわかっていることだ。

「ハイハイ、リッドも茶化すのはそこまで。
ホラ、料理運ぶから手伝って。」
「あいよー。」
「…相変らずなのはお前らも同じか。」
「…放っとけ///」

ぶっきらぼうな言葉を残し、幼なじみであった彼は、
もう一人の幼なじみの元に向かった。
その光景に昔を重ね、キールは思わず破顔する。




「なぁなぁ、キール。」
「ん、なんだ?」
「ファラが顔色、なんだか悪くないか?」
「ファラは元々色白だからな。」
「ちがうよー。キール、セレスティアン見慣れてきたせいか?
ファラが顔色、あんなんじゃなかったよう。」
「まぁ…、言われてみれば少し青いかもな。」
「ん〜、ファラどこか悪いか?」
「…大方、リッドが無理させてるんだろ。
放っておいてもなるようになるさ。リッドが放っておかないのも事実だしな。」
「む〜、キールが言うことメルディ時々わからないな。」

結われた髪にじゃれつくかのように、彼女の肩に体を預け尻尾を機嫌よく振るクィッキーに
メルディは「クィッキーがわかるか?」と尋ねる。
その様子があまりに無邪気で、キールは顔を手で被うと同時に、
わかられても困るけどな…と、心の中で呟いた。




「で、これを運べばいいのか?」
「うん。あ、そっちのは私が運ぶからいいよ。」
「いいよ、俺が運んでおく。
お前はそっちのグラスを持ってきてくれ。」
「え?なんで?まだ持てるから大丈夫だよ。」

リッドが指し示すのは空っぽのグラス4つ。
他の大きな皿に盛られた料理類は、全てリッドによって運ぶことを制限された。
キョトンと大きな瞳を向けてくる彼女に、リッドは盛大なため息を漏らす。

「あ〜の〜なぁ〜。…お前、鏡見てみろよ。
そんな青白い顔されて、『大丈夫』が通用すると思うか?」
「え”!?そ、そんなに青い…?」
「それはそれは真っ青です。」
「おっかしいなぁ〜…」

本気で自覚していなかったのか、彼女の返す反応は以外と明るい。
それはそれで、自分の限界というものを感じまいとしているようで、
リッドは不安でならない。
数日前の、彼女が倒れたことを聞いた時、
自分の中から一瞬にして血がひいてしまうような、
そんな凍てついた感覚を、忘れるにはまだ記憶が新しすぎた。

「昔から言ってるだろ?お前は無茶しすぎ。
もうちょっと自分を大事にしなさい。」
「む〜…なんか、最近子供扱いしてない?」
「ファーラ」
「……はい。」
「よく出来ました。んじゃ、先にこれ運んどくから。
お前はゆっくり来いよ?」
「……リッド?」
「ん?」
「あの…ね…」
「うん。」
「……ううん、何でもないよ。…ごめん。」

「変なやつ。」と首をかしげて、けれど別にそれで気分を害したわけでもなく、
リッドは大皿を抱えた状態で、器用にドアを開け、キール達の元に向かう。


「…バカだなぁ、私。」


一人になったキッチンで、そう呟く彼女の表情は見えなかった。
閉じられたドアの向こうで、彼がその呟きを聞き逃すはずはなかったけれど。



リッドは本日、何度目かのため息をつく。
もちろん考えているのは、最愛の人のこと。
ファラがずっと何かを言いたそうにしているのはわかっていた。
それが先日の倒れた日からずっと続いていることも。
そしてたった今落とされた、自信を自嘲する言葉も。
何があったのか、何を言おうとしているのか、
わからない自分が情けない。
何より、ファラの中で自分は頼りにされていないのでは、
かつてのレイスのように彼女の痛みを癒すことは、自分にはまだ不可能なのかと、
考えれば考えるほど、悩みは尽きない。
先程、ファラが何かを言おうとした時、
リッドは内心では喜びが隠せずにいた。
けれど、彼女からその答えを得ることはできず、
結局自分はまた逃げてしまった。
問いただす勇気すら持てなかったのだ。

「いい加減…俺も猾いよな…」

その言葉は誰に向けたものでもなく、
自分だけに、自分を叱咤するかのように呟かれた。













カチャリ、という音にリッドは目を覚ました。
元より気配に敏感であるリッドは、どんなに深い眠りについていても、
それを見逃すことはなかった。
先程とはうってかわって、再び降りた静寂の中、
4人はそれぞれ床につき、聖夜を静かに祝いながら眠りについた。
まるで旅の途中のキャンプのように、
彼等は一つの部屋で暖炉を囲んで眠っていた。
夜目をきかせ、周囲を見回せば一つだけぬくもりを失った毛布。
瞬時に窓の外を見やれば、やんでいたように思えた雪が、再び降っていた。

「…っの、バカ!」

弾かれたようにリッドは立ち上がり、上着をはおって外へと飛び出す。
そこにはまだ真新しい足跡。
自分より少し小さめのそれは、間違いなく彼女のもの。
それらを辿るように、見失わないように、リッドは無我夢中で走った。
そして辿り着いた先には、雪に反射して光る湖。
そこにたたずむ探し求めた人は、上着も着ず、ただ雪に体を預けていた。
立ち尽くすファラはあまりにも小さい。
その小ささに、リッドは心が痛む。
まただ。また苦しめてしまったのだ、と。

「……ファラ」

荒れた息を押さえ、リッドはおそるおそる声に出す。
それは震えていて、本当に音となって外に出たかはわからないような気になる。
ゆっくり振り向くファラの瞳は、涙で溢れかえっていた。

「リッド…」

反応を返してくれたことに安堵し、そっと近付こうとする。が、

「こないで!」

思ってもみない彼女の声に、リッドの体がビクリと動く。
差し出そうとした手も行き場を失い、瞳は驚愕と哀しみに満ちていた。
その様子を直視し、ファラの涙は増えるばかり。

「ちがう、ちがうの…っ、ごめん…っ!」

傷つけたいんじゃない。
哀しませたいんじゃない。
そんな想いがはがゆくて、涙を余計に溢れさせる。

「…がいっ…お願い…だよ…っ、こっちに来ないで…っ。
優しくしないで…っ!」

言葉がうまく出て来ない。
涙が邪魔をしているのか、自分の中に押しこめた想いが邪魔をしているのか。

「私には…、リッドを縛る権利なんてない…っ、
リッドを汚すだけ!傷つけるだけっ!!
そんな私に…、リッドの傍にいる資格ないの…っ!!」

言い切ったところで、息が乱れる。
白い息が寒さを象徴しているにも関わらず、不思議とそれを感じない。
だって、今自分は全てを捨ててしまったのだから。
目の前の最愛の人の表情を伺うことなど適わない。
微動だにできなくなった彼を、そうさせてしまったのは自分。
自分は彼を傷つけることしかできないのか。
彼はこんなにも、与え続けてくれたというのに。

「なんでそんな風に考える。」

突然落とされた静かな、それでいて冷たすぎる声に思わずドキリとする。
今、目の前にいるのは彼のはずなのに、
その声は一体誰の物か、そう思わずにはいられない声。
それは怒りの感情だった。

「理由なんてない…。私は…いつだってリッドを縛って、傷つける。
昔も、今も。これからだってきっと…っ!」
「縛って、傷つけられた覚えはない。」
「でも…っ!結婚してから私は前以上にリッドを縛ってる!
現に…っ。」
「現に?」

ファラが思わず言い淀む。
これは言ってはいけないこと。
これ以上、彼を縛るものを増やしてはいけない。
腹部に添えられた手をぐっと力ませる。
それ以上続けられないファラに、救いは思わぬところから訪れた。


「子供が出来たことで、さらに俺を縛る…か?」


零された声に、驚きで思わず顔をあげる。
目に映るリッドは、相変らず静かで、
けれど、その瞳はいつもの優しい彼のものだった。

「ど…して…?」

声にならない。
涙の流れた跡が、今さらながら寒さを強調してくる。

「…気付かないわけないだろ?」


「俺が…喜ばないと思った?」

そんなことはありえなかった。
彼ならきっと喜ぶ。喜んでくれる。
でもそうやって、自分はまたリッドを縛る鎖を増やすのだ。

「なぁ、ファラ。」




「お前の願いを言ってみろよ。」




「全部聞いてやるから。」




静かに、静かに告げられた言葉が、
とまったはずの涙を思い出させる。


「リッドを…」

「うん。」

「リッドを…傷つけたくない。」

「うん。」

「汚したくない。」

「うん。」

「縛りたくない。」

「うん。」

「………っ」

「全部言うんだ、ファラ。」

ぶんぶんっと首を左右に振る。
これ以上の願いはきっと言ってはいけない。
頭がわかっていても心が言う事をきかない。
痛くて痛くて悲鳴をあげる。
心がまるで鋭利な刃物で引き裂かれるかのようだ。

「ファーラ」

その聞き慣れた暖かい呼びかけが最後の引き金。


「…傍に…っ」


「うん。」



「傍に…いたい…っ」







「おいで。」








返ってきた言葉に、再びファラの瞳が大きく瞬く。
数歩先には最愛の人が、右手で上着の裾を広げている。
彼の足がこちらに進むことはなく、その場に立ったまま。
選ぶのは自分。


「おいで。」


足が言う事をきかない。
手が言う事をきかない。
涙も、どうしてこんなにも流れるのか。
どうして―――
自分はまたこの場所に戻っているのだろう。
このぬくもりに包まれているのだろう。

「ったく、わかってんじゃんか。」

自分の腕の中で体を小さくしながら嗚咽をこぼす彼女を、
リッドは強く抱きしめる。
もう二度と離さないというかのように、その力はいつもより強く。

「傷つけたくない?上等じゃねぇか。
俺はそんなにヤワじゃない。ファラも知ってんだろ?」


「汚したくない?いいじゃんか。
二人で汚れて汚れて、最後に白くなればいい。」


「縛りたくない?俺を縛れるのはお前の特権。
お前を縛れるのも俺の特権。そうだろ?」


愛しそうにファラの髪を梳きながら、
リッドは彼女の耳元で囁く。


「それと、最後の願いは…。
『俺も同じ。』って答えでいいか?」

ハッ、としたように顔をあげるファラ。
その表情に思わず笑みをこぼし、今度は彼女の目を見て言葉にする。



「俺の傍に、ずっといてください。」


以前その言葉を聞いたのは、数カ月前に村の教会で。
二人きりで誓った、言葉。

変わらない言葉。
変わらない彼。
変わらない…自分の想い。

悲鳴をあげていた心が暖かくなる。
やっと言える素直な言葉。



「ハイ…」


涙ながらに微笑んだ彼女の姿に、リッドは愛しさをつのらせる。
そしてどちらからともなく、唇を重ねた。
全身がすっかり冷えてしまったというのに、
その唇と心だけは、どこまでも暖かかった。



「なぁ、ファラ。」

「なぁに?」

「名前…考えなくちゃな」

「うん…。神様のプレゼントだもんね。」

「うーん…、ちょっと違うな。」

「リッド?」

「この子は、俺からファラへの、
そしてファラから俺への、聖夜のプレゼント…だろ?」

「…うんっ……うん!」


泣きじゃくるファラの瞼に唇を落とし、
もう一度唇を重ねる。


「プレゼントをありがとう、ファラ。」

「プレゼントをありがとう、リッド。」





聖なる夜も
暖かい朝も
雨の昼下がりも

ずっとあなたの傍にいることを誓います。


ここが私の場所だから。


ここがあなたの場所だから。






<fin>
カンシャのキモチ。
『AQUATIC UTOPIA』の蒼莱萌葱様より頂きました。
クリスマスに頂いていたのですが、今頃・・・どうよ、自分(滝汗)。
スミマセン!
切ないリファラに、もう、ひたすら感動ですよっ!
不安定なファラを支えるリッドの傍は、やっぱりファラの特等席だと思うのです。
甘えたくて、愛おしくて、大切だからこそ、
傍には居られない、居てはいけないと思いつめて。


しかし、やることやってたんですね、リッド(下世話な)。
ありがとうございましたvv

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