Even If Miracle




小さく、小さく祈ってた。
けれど、心のソコから叫びたいくらいに願ってた。



ソレが望みに変わることなど、一度もなかったけれども。




手の届く場所に来ることなど、なかったけれども。





全ては過去の幻影の中に。







ホラ、『奇蹟』は起きない。










ぼんやりと、目を開く。
見慣れぬ天井に、何度か目を瞬かせた。
「悟空?」
呼ばれて見やれば、八戒の穏やかな顔。
「目が覚めたんですね」
そう言って、眠っていた悟空の額に触れる。
熱を計っているようだ。
「大分、熱もさがったようですし」
今だ、朦朧とした意識の中で彼は思考を巡らせた。


確か、いつも通り妖怪の攻撃を受けた。
ちょっと避け損ねて、1つ浅くも無く、深くも無い傷を受けたのを覚えている。
宿に着いた頃には、その傷が熱を持ってしまったようで、
今に至ると言うワケだ。
絶対安静、とまでは行かないが、少しは大人しくして欲しいという八戒の為に、
部屋割りも、悟浄と三蔵、悟空と八戒になった。


「何か、食べたいものありますか?」
悟空はふるふると、頭を振った。
「え?何もいらないんですか?」
驚いた表情の彼に、コクリと頷く。
目はとろん、と眠たげだ。
「食うよりも、寝てた方がいい」
「そう、ですか」
少し心配げな八戒だったが、仕方無しに頷いた。
このままでは、食べながら眠ってしまいそうな気がしたのだ。
悟空は、目を閉じて眠りに入ろうとする。
「お腹が空いたら、言って下さいね?」
宿に備え付けの時計を見やれば、まだ5時を少し過ぎたところ。
言えば、宿の者に何か作ってもらえるだろう。
軽く、悟空が頷くと、八戒は椅子をベッドの脇に引き摺ってくる。
どうやら、傍について看病するつもりのようだ。
それが気になったのか、悟空は再び目を開く。
「八戒、休んでていいよ?」
「貴方もね、悟空」
笑いながら、荷物を漁って文庫本を取り出した。
「僕はここで本を読んでいるだけですから」
パラパラとページをめくる。
どこかに栞でもはさんでいたのだろう。
途中から読み始めた。
「…ありがと」
しかし、目を閉じて眠ろうとするが、不思議な感覚に襲われ、中々眠りにつけない。
浅い眠りの中をうろうろとして、何かが掴めそうな感覚。
うっすらと目を開くと、八戒と目が合った。
「まだ、眠れませんか?」
「…違う…と思う」
「え?」
「眠りたいんだけど…ヘンな感じがする」
ぽつりと呟く彼の視線は、どこを捉えるでもなく、宙を彷徨っていた。
「ヘンな、感じ?」
こくりと頷く。
八戒には彼が言わんとしていることが掴めない。
「懐かしい…夢を見たんだ」
八戒が聞いていても、いなくても、構わない声音で続ける。
「全然覚えてないけど、懐かしい夢」
手を天井に伸ばして、何かを掴もうとする。
だが、力が抜けたのか、ぱたりとベッドの上にその腕は落下した。
「捕まえようとすると、すり抜けて」
くすり、と笑う。
「何もかもが分からなくなった」
真っ暗なんだ、そう言うと、悟空は八戒の視線に合わせる。




「覚えているのは」





未だ、ぼんやりとする視点が、どこか壊れているように錯覚させる。
否、ソウなのかもしれない。





「『奇蹟』なんて起きなかったってコト」







突然、真剣な瞳を向けられ、八戒はたじろぐ。
あまりにもソレは、いつもの彼と違っていた。
時折見せる、大人びた、それでいて冷たい印象を感じるモノ。
無邪気とはかけ離れた表情。
「悟空…」
「織ってた?『奇蹟』なんて、起きないんだよ」
自嘲気味に笑う悟空は、すぐ傍にいるはずなのに、とても遠く感じた。
軽く頷いて、八戒は彼に悲しげな笑みを向ける。
「…織ってます」
彼は浮かべていた笑みを消して、八戒を見上げた。
「織っていますよ」
「じゃあ、何で?何で皆は『奇蹟』を願うの?」
幼さを残した口元から零れる言葉は、感情を持たないまま。
冷たく、冷たく響く。
熱の所為もあるかもしれない。
無邪気さだけではない、悟空がここにいる。
「ヒトは弱いから」
読んでいた本を閉じて、膝の上に置く。
優しい瞳で、悟空を見つめた。
「分かっていても、織っていても、『奇蹟』を願ってしまうんです」
おかしい、そう言いたげな彼を遮るようにして、
八戒は口を開いた。
「じゃあ、悟空。貴方は織っていますか?」
かすかに揺れる、黄金の瞳。
何かに驚くような、何かを恐れるような、そんな揺らぎ。






「『奇蹟』は起きるものではなく、起こすものだということを」






八戒の台詞に、わずかに目を見開く。
「起こす…?」
搾り出すような声が、非道く痛々しく思えた。
「僕は、ソレをよく織っていますよ」
にこ、と彼は悟空に笑いかける。
「だって、貴方がたくさんの『奇蹟』を起こしてくれたんですから」


とても些細な出来事も、宝物にしてくれた。
何気ない日常さえも、色付き、輝き始めた。
見慣れた蒼い空が、美しく思えた。
ココにある何もかもが、当然であり、必然だと気付かせてくれた。



そう。
きっとそれは、君のチカラ。
きっとそれは、君の輝き。





「僕は、貴方に感謝しているんですよ、悟空」






聞くのも辛い表情で、悟空は声が掠れるのを感じた。
「そんなの、ヘンだよ…っ」
「何がです?」
穏やかに、八戒は尋ねる。
「俺、何も出来なかった…なのに、『奇蹟』なんて…ッッ!!」
起こせるはずが無い。
小さく呟いた。


とても護りたいものがあった。
そうして、護れずに失ったことは覚えている。
ただ、それが何なのか。
どうしても思い出せないんだ。
思い出せない自分が悔しくて、歯痒くて。
いつも思う。


あの時、どうして『奇蹟』が起こらなかったんだろう、と。







「だったら、これから起こせばいいじゃないですか」




至極簡単な答えだと言うように、八戒は笑う。
「貴方の言う、起きて欲しかった『奇蹟』が何なのか。僕には分かりません」
元々、大きな瞳がさらに見開かれる。
涙で潤んだそれは、光を帯びた。
「けれど、その時の思いを繰り返したくないというのなら」
す、と下に向けられた指。



「今、この時点から歩き出せばいい」



気付いた真実に、向かい合うことが出来る貴方だから。



「『奇蹟』を起こしていけばいい」



必ず、真っ直ぐに進んでいける貴方だから。



「だって、貴方は『生きて』いるんですよ?」




誰よりも気高く、強い心を持った貴方だから。








「大丈夫ですよ」
やわらかく微笑んだ彼に、悟空は強く頷いた。
「…ん…」
やっとのことで、目を閉じて眠りに入る。
「ね、八戒」
「何ですか?」

『奇蹟』を起こす必要など、永遠に来なければ良いけれど。

それでも、願ってしまうその時には。



「『奇蹟』よりも、何よりも、強い自分でいなきゃ駄目だよね」





微笑う悟空に、八戒はつられて微笑んだ。
規則正しい寝息が耳に届くようになると、ひとりごちた。



「貴方はそうやって、いつも僕達に『奇蹟』を見せてくれるんですね」



強く、強く。
『奇蹟』の必要性など無くなるくらい、強く。
そこまで強くなれたなら、貴方はもう一度、微笑ってくれるのだろうか。
名を、呼んでくれるのだろうか。


名も知らぬ、護りたかった誰か。






さぁ、『奇蹟』を起こしに行こう。








END
あとがき。
ハッピーバースデイ、みかん汁!プレゼントの小説です。
悟空殿がメインで、語りとなれば、相手は八戒殿でしょう!(笑)
これは、対のお話。
『Never〜』と比べてみてください。
悟空殿の考え方の違い。結構極端にしてみましたが。
でも、こっちは最後は希望が残せるぶんまだマシかも。