Farewell





昔。
ばあちゃんが俺を置いて逝った日。
何で。
どうしてって思った。
何も出来なかった自分が悔しくて。
護ってくれなかった全てが歯痒くて。



でもさ。
今なら分かるよ。
あの時の、ばあちゃんの気持ちが。




瞬く無数の星々が、スクリーンに映し出される。
ゆっくりと航海を続ける白い船。
無限に広がる『宇宙』という名の海は、近くにあるのに、どこまでも遠い。
コクピットのシートにもたれかかりながら、ケインはため息を吐いた。
眉間には皺が寄っていて、いかにも深刻そうな面持ちだ。

「怖い顔になってる」

背後から、苦笑する少女の声が聞える。
キャナル・ヴォルフィード。
この船、『ソードブレイカー』のメインコンピュータシステムだ。
ただのホログラフィではない。
ヒトと見紛う程の精密な造り。
現代では追いつかないほどの、発達した技術。
ロストテクノロジーの成せる業だ。
そうして、ソレによって作られた宇宙船。
ロストシップ、『ソードブレイカー』、否、『ヴォルフィード』なのだ。

「…キャナルか」

振り向きもせずに、ケインは呟いた。
「まだ、眠らないの?」
どこか悲しげな声音は、彼を慮ってのことか。
いつもの元気な彼女ではなく、どこか大人びた感のする行動。
少し離れて、その位置から動かない。
「もう、『夜』の時間なのに」
「たまにはいいだろ」
浮かぬままの表情で、彼は返す。
「そうね」
キャナルは、小さく頷いた。
「考えは纏まったようね」
ややあって、呟くように確認した。
一瞬、重ねていた手を握る力が強まった。
ギュ、と自分で自分の手を抑える。




―――…あぁ」




彼もまた、しばしの沈黙の後に口を開く。
「本当にいいの?」
コツ。
キャナルの歩く音が響く。
「あぁ」
ケインはシートから立ち上がり、キャナルの傍らを通り過ぎた。
「どうしても、それしかないの?」
電子音が届いた後、ドアが左右に開く。
「あぁ」
不意に、ケインは立ち止まる。
相変わらず、彼女と視線を合わせない。
「…本当に?」
「しつこいぞ」
背中合わせのまま、2人は口を開く。
「ミリィ、泣いちゃうよ?」
キャナルは歩みを進め、ミリィの座るシートへと寄りかかった。



「泣かねぇよ」



チラ、と視線をケインの背中へと向ける。
「アイツは泣かない」
「…そうね」
目を伏せ、肯定する。
「ミリィは、泣かないわ」
きつく、眉根を寄せた。
シートを掴む手も、織らず力が入る。
「それでも…?」
しかし、今度は無言でコクピットを後にするケイン。
ドアの閉まる音が、空しく響く。





「貴方は、彼女のその痛みを織っているのに」





ゆっくりと瞼をあげていく。





「そうさせたのは…私、ね」






静かな空間に響く呟きは、誰の耳にも届かなかった。


歩き慣れた廊下を進む。
少々重たげな金属の壁。
触れると、冷たさが伝わってきた。
見慣れた部屋の扉の前に立つと、ケインはノックしようとして手をあげた。
だが、途中で止まり、腕は降ろされる。
俯き、じ、とその手を見つめた。
パシュ。
微かな音がして、扉が開く。
中では、気持ちよさそうに眠る少女が1人。
時折、寝返りを打っては、黄金の髪が艶を帯びる。
彼女を起こすこともせずに、部屋へと足を踏み入れた。
いつもの彼ならば、こんなことはしない。
部屋に入ることも珍しいのだ。
ケインはベッドの脇まで歩いて、傅いた。


―――ゴメン


彼女の寝顔に謝る。
心の中の呟きは、決してミリィには届きはしないけれど。



―――今なら、ばあちゃんの気持ちが分かる気がする。



す、と眠る少女の頬に優しく触れた。



―――大切、なんだ



眠っているにも関わらず、ミリィはにこ、と微笑んだ。
よい夢でも見ているのだろうか。





「だから、ゴメン…ミリィ」





許して欲しいなんて思わない。
分かって欲しいなんて、言わない。
ただ、ここにあるぬくもりだけは信じて欲しい。





「…ぅ…ん…」





そうして、ケインは眠り姫へとキスを落とした。








辺りに響く、エンジン音。
ミリィは毒づきながら、勢い良く振り返った。
しかし、そこで見たのは良く織った船。
半ば放心状態で宙を見上げた。




「…何よ……それ…」





アイツは泣かない。
どんなことがあろうとも、泣きはしない。
それは彼女の強さであり、脆さ。
泣くことの出来ない痛みに気付いたその時に、俺は何も出来なかった。
もし、何か出来たとしても、それは単なる同情にしか過ぎなかっただろう。
分かっていても、俺はこうすることを選んだ。
いつか、ばあちゃんが選んだように。
大切な者を護る為に。


置いて行かれる辛さは織っている。
けれど、どうして気付かなかったのだろうか。
それほど想われていたということに。
いつか。
本当にいつかでいい。
お前がそれに気付いてくれたら。






俺はきっと微笑えると思うんだ。




END
あとがき。
名付けて!
『ケインがミリィの寝込みを襲うハナシ』!!(名付けてない)
ほんの一瞬ですけどねっ。
この時はまだ、ミリィと二度と会うことなどないと思っているケインです。
でも、でもね。
これってやっぱり、自己満足だと思う。
護りたいから、大切だからって、一方的過ぎて。
相手の気持ちはまるで無視してるようで。
大切なヒトであればあるほど、共に闘いたいと思うのが心情でしょう?
置いていかれて、一人だけ無事でも、嬉しくとも何ともないと思うのですよ。