Feelings |
数日ジープを走らせ、次の町へ着いた。
久しぶりの宿での休息。
皆もジープも疲れていた為か、
珍しく三蔵が数日とどまると宣言した。
「良いんですか?三蔵」
「構わん」
あっさりと承諾されるその言葉を聞きながら、
八戒は荷物の整理をする。
彼としても、買い出しする物が多少あったので、
それは好都合だった。
数日間もジープで走っていたのなら、
それだけ消耗品であれ、食料であれ減ってしまう。
彼の適度な補充により、それが保たれているに過ぎない。
悟空も珍しく、宿に着くなりベッドに突っ伏して眠ってしまった。
夕食の時間になれば、嫌でも目が覚めるだろうが。
「んじゃ、俺出てくるわ」
「どこへ行くんです?」
自分の荷物の整理をすると、悟浄はさっさと部屋の扉へと向かった。
その背に向かって、八戒は分かっていながら尋ねる。
三蔵は興味もなさそうに、椅子にかけ新聞を広げていた。
悟浄の目に、その情景が映る程度まで顔だけこちらに向けると、
ニヤリと笑いながら口を開く。
「分かってんだろ♪」
「出発までには帰ってきて下さいね」
諦めたように八戒はため息を吐く。
彼が目をそらすと同時に、悟浄は扉を開いた。
カラン。
扉に付けられた鐘が鳴る。
ここはどこにでもある居酒屋。
夕刻である為、そこらのテーブルには、
仕事帰りと思われる男たちが大きな杯を持って酒を飲んでいる。
それを横目に見ながら、悟浄はカウンターに着いた。
八戒は、当然ナンパでもしにいくと考えていただろう。
無論、悟浄もそのつもりだった。
しかし、何となく一人になりたかった。
ほんの気まぐれだ。
(俺らしくねー…)
「何にするかね?」
カウンターの向こう側にいる店主が注文を聞いてくる。
それほど背が低くない、白髪の混じった頭の品のよさそうな老人である。
「適当に見繕ってくれる?」
「はいよ」
たばこを懐から取り出しながら、注文する。
ライターを探していたが、
どこを探しても見つからない。
ふと、荷物から取り出すのを忘れていたことを思い出す。
顔を上げ、店主に付け足した。
「それと、火が欲しいんだけど」
「マッチで良いかい?」
「あぁ、何でも良いよ」
ポーンと、投げられるマッチ箱を受け取る。
その中の一本を取り出し、箱の側面へ擦り付けた。
摩擦で火花が散り、小さな棒に火が灯る。
たばこの先にも火が灯る。
軽く手首を振ってその火を消すと、側にある灰皿の中へ放り込んだ。
「マッチってのも、良いモンだな」
箱を軽く宙に投げて、また受け取る。
そして、主人の手に戻した。
「そうだろう?ライターも便利で良いけど、昔の物には昔の物の良さが有るんだ。」
それを受け取りながら、主人の顔が和らぐ。
「へぇ、風情って奴?」
「ま、そんなもんだ」
彼はマッチを元の場所に戻すと、グラスに琥珀色の酒を注ぎ始めた。
「どうぞ。」
硝子の音が静かに響くと、そのグラスは悟浄の前に差し出された。
「サンキュ」
軽く礼を言い、吸っていたたばこを灰皿に押し付ける。
その手をグラスへと運んだ。
一口飲んで、グラスを振ってみる。
氷がカランとぶつかり合う音がした。
そうしている間にも、それは溶けていくのだろう。
照明を取り込んで、影には水面の揺らめきのような光が浮かび上がった。
その様子が何となく手持ちぶさたに見えたのだろうか。
後ろから声がかかる。
「ここ、良いか?」
「あ?」
顔を上げると、そこには体格の良い男が立っていた。
(…どこかで見たことある顔だな)
そう思いながら、悟浄は返事を返した。
「あぁ」
(どこでだっけ?)
「俺の顔に何かついてるか?」
彼の視線に気付いたのか、
男は人の良さそうな笑顔を向けた。
手にはいつのまにか、
悟浄と同じ酒の入ったグラスを持っている。
「あ…、いや」
バツの悪そうな顔をして、男から目をそらす。
「変な兄ちゃんだな」
笑いながら言う彼に、悟浄はすねたように口を開く。
「悪かったな、変で」
誰だか分からないので、どこかモヤモヤとしているのが分かった。
いきなり、悟浄の頭がぐしゃぐしゃと乱された。
「!?」
「そう、拗ねんなって!」
子どもに言い聞かせるように、彼は悟浄の目を見て話す。
「あ。」
その様子に、やっと思い付いた。
「何だ?」
「アンタ、俺の知ってる奴に似てるんだ」
その男は、不思議そうに悟浄を見た。
向こうは全く唐突に言われた事柄の為、呆けている。
(そっか、似てるんだ)
独角―――兄貴と。
何となく、雰囲気が。
そして、その容貌が。
昔、まだ一緒にいた頃の兄がここにいるような気がした。
(独角が年取ったらこんなカンジなんだろうな)
ふと浮かんだその考えがおかしくて、笑ってしまう。
「何だあ?」
「いや、悪ィ…あんまり似てるもんだから。そいつが年取ったらアンタみたいになるんだなあって」
「そりゃ、イイ男だろうな」
笑いながら話す悟浄に、その男は冗談めかして返答する。
ふと、悟浄の笑いが止まった。
「?」
彼は、そんな悟浄の顔をのぞき込んだ。
悟浄は持っていたグラスの酒を一気に飲み干す。
「まあ…な」
自嘲気味な笑みを浮かべると、
彼と目を合わせること無く言葉を紡いだ。
自分を救う為に、母親を殺した。
その手が、その時の血を忘れるはずが無い。
今の彼は、自分の存在をしっかりと持っている。
見失っていない。
だが、その奥にはあの頃の彼がいるだろう。
どこかで悔いている彼が。
悟浄は、そう思わずにはいられなかった。
どこかで負い目を感じている自分にも。
(馬鹿みてー)
―――今更、そんなこと思って何になるってんだ
よほど落ち込んでいるような表情に見えたのだろう。
男は悟浄の肩に手を乗せて、笑った。
「何で、アンタがそんなカオしてるんだよ」
「へ?」
自覚が無かったのか、悟浄は顔を上げて驚く。
彼の肩から手を放すと、彼は自分のグラスを持ち上げた。
氷のぶつかり合う音がする。
にぎやかな酒場であるというのに、
その音だけは妙に響いて聞こえた。
「…アンタ、本当に悪いことしたって思ったことあるか?」
「あ?悪いこと?」
突然の悟浄の質問に、男はまたもや面食らう。
聞くつもりはなかったらしく、
尋ねた悟浄自身も驚いている。
「あ、いや、何でもね…」
「悪いこと…か」
思い出すように口を開く彼に、
悟浄は顔を向けた。
「あるぜ。ずっと昔だけどよ」
「悪…」
そんな、内面的な野暮なことを聞こうとしたつもりはなかった為、
慌てて謝ろうとしかけた悟浄の言葉を遮って、
男は話し続ける。
「家族にも苦労かけた」
「……」
ふ、と笑い、男は悟浄の頭をもう一度乱す。
「〜だからっ!何してくれんだよ、アンタはッッ!」
髪型を崩されたことに、悟浄は本気で怒鳴る。
子ども扱いされたような気分にもなった。
「確かにアンタから見たらガキかもしんねーけど、俺、そんなガキじゃねーっての!」
「子どもだよ、お前は」
「はあ?」
面白そうに笑う彼に、悟浄は怒鳴る気力も失った。
「俺、女癖悪くってな。女房がいるってのに、他の女に手を出した。女房を泣かせてばかりだったよ。だがな」
「?」
「愛していたんだ。その気持ちに嘘はねえよ」
(いきなり、人の色恋バナシ聞かされても…)
アテられたような気分で、悟浄は頭をかく。
何となく手持ちぶさたで、置いていたたばこの箱を取りあげた。
たばこに火をつけようとして、ライターを忘れていたことを思い出す。
「マスター、火…」
言いかけて、隣にいた男がライターを差し出す。
顔を少しかがめて、たばこの先が火に近付き、紅く染まる。
「サンキュ」
無言で微笑んでいる彼に、悟浄は違和感を覚えた。
(………?)
――――何だ?
うっすらと浮かぶ、見知らぬ男の影。
(知ってる?)
隣にいる、見知らぬ女の影。
(俺、コイツら知ってる?)
懐かしい感情が、悟浄の中に生まれてくる。
「アンタ……?」
「泣かせるつもりはなかった。いつだって、幸せになって欲しいと願っていた」
男は立ちあがると、悟浄を見下ろした。
「もちろん、お前にもだ」
悟浄は彼と視線を合わせる為、見上げる。
「悟浄」
彼の目が見開かれる。
心臓の音が大きくなる。
物心ついたころには、もういなかった。
側には、義母と兄しかいなかった。
それなのに、
ぼんやりと覚えている。
懐かしい感じ。
「…まさか……」
しかし、言葉が続かない。
(アンタは…俺の……)
眩しい日差しが、窓から差し込んでくる。
太陽の昇り具合から見て、昼間に近いことが分かった。
起きたばかりの、ぼんやりしている頭の中を整理する。
「おや、起きたんですか」
テーブルに添えつけてある椅子にかけている八戒に気付く。
「まだ、寝ぼけてますね」
苦笑する彼の顔が見えた。
シーツを足で跳ね上げると、彼の前の椅子に腰掛ける。
「俺、いつ帰って来たっけ?」
「そんなことも覚えてないんですか?」
呆れたように、八戒は立ち上がる。
ポットに入っていたお茶を、カップに入れて悟浄に差し出す。
「ものすごく酔って帰って来たじゃないですか。昨日…いえ、今朝に近かったですね。はい、どうぞ。」
「サンキュ…って、何コレ」
普段飲んでいるお茶とは全く違う香りを放つそれを指差して、悟浄は八戒に尋ねた。
「二日酔いに効くハーブティーです。どうせ、頭痛いでしょう?」
「…耳も痛いんですケド」
言われて思い出す、頭を殴りつけられるような痛み。
頭を押さえて、うずくまる。
「ほら、言ったでしょう」
頭に触れて、思い出す。
「俺、一人だったよな?」
「え?えぇ、そうですけど?」
何故?と聞いているような言い方に、悟浄は言葉を濁す。
「いや」
(夢だよな、やっぱ)
「悟浄?」
「夢、見たんだよ。懐かしー夢をね」
笑いながらカップの中身を飲み干す彼を、
八戒は珍しいものでも見るように眺めた。
「随分、良い夢だったみたいですね」
「そ」
そう言われるほどに、彼の表情は穏やかだった。
彼は八戒の言葉を軽く肯定する。
悟浄はカップをテーブルに置くと、体重を椅子の背に預けた。
ギィと椅子の軋む音がする。
「……都合のイイ、ね」
いつも、生まれて来たことを呪っていた。
貴女を泣かせてばかりいた、自分を。
この世に産み落とす原因を作った父を恨んだ。
貴方が、人間なんかに手を出さなかったら。
それでも、どこかで父に会いたいと思ったこともあった。
だから、夢でも何でもイイ。
あの頃の俺に、笑ってくれたもう一人の人。
貴方に会えたから。
もう一度、小さな声で呟く。
「サンキュ」
そばにいる八戒も気付かぬほどの声で。
「父さん」
微笑んだ悟浄の瞳に写った空。
静かに、
蒼い空に向かって、風が吹いた。
END
あとがき |
悟浄殿、夢落ちバージョンです。しかし、何が言いたかったのか全く分かりせん!!(オイコラ)一度も出て来たことの無い、悟浄殿の父親を出すという、無謀なことをやらかしました。あはははは・・・はあ(溜め息)。うーん、不発ですね。 |