The First Love
吠登城のある一室。
猫のような少女が悪戦苦闘している。
「八百鼡ちゃあん!これどうなってるの〜?」
八百鼡が顔を上げると、李厘が使っている毛糸が絡まっている。
八百鼡は苦笑しながら毛糸をほどいていく。
この八百鼡の部屋には、ソファが置いてあり、
テーブルを挟んで八百鼡と李厘は向かい合わせに座っていた。
李厘のすぐ隣には淡い紫の毛糸が山のように積んである。
失敗した時のことも考慮した結果だろうか。
「李厘様、御手伝いしましょうか?」
「ううん、いい。自分でやりたいの」
そんな李厘に、八百鼡は優しく微笑んだ。
事の起こりは数日前。
李厘は、八百鼡の部屋へ両手いっぱいに毛糸を持って訪ねてきた。
「八百鼡ちゃん、あの、あのね・・・」
「はい?」
彼女は赤い顔をして、持っていた毛糸に顔を埋めた。
「膝掛けの編み方・・・教えてくれないかな」
あまりに唐突なことで、八百鼡は一瞬目が点になってしまう。
「あの、マフラーではなくて、ですか?」
「だって、アイツがマフラーなんか着けるとは思えないし・・・」
彼女は目線を逸らして呟いた。
「”アイツ”?」
怪訝な表情を浮かべる八百鼡に、考える暇を与えないように、
李厘は叫ぶ。
「何でもない!ね、教えてくれる?」
「はい、よろしいですよ」
八百鼡は笑顔で頷くと、彼女を部屋へ招き入れた。
そして、今に至る。
李厘の様子を見る限りあと数ヶ月はかかりそうだ。
しかし、手伝おうとすれば、李厘は嫌がる。
(何か、良い方法はないかしら)
間接的に手伝える方法は。
八百鼡は、思い付いたようにパンッと両手を合わせた。
「そうです!」
せわしなく部屋を出ていく彼女に、李厘は気付いていない。
今、目の前にある毛糸、編み棒とにらめっこするのに一生懸命なようだ。
しばらくして、彼女の不在に気付き、あたりをきょろきょろと見回した。
「八百鼡ちゃん?」
遠くから、走ってくる足音が響く。
この城は、普段から静かなので少しの音でも良く聞こえる。
ただし、牛魔王のそばだけは別だ。
蘇生実験のための機械が、止まることなく稼動している。
何をどういう風に行っているかを知っているのは、玉面公主ただ一人かもしれない。
八百鼡は、入り口の壁に息を切らしながらもたれかかった。
「申し訳ありません、李厘様っ」
「それ・・・」
李厘が肩越しに振りかえると、八百鼡は息を整え歩き出す。
八百鼡の抱えていたそれは、ワインレッドの毛糸玉。
元の向かい合わせの位置に座ると、八百鼡は笑ってみせた。
「えぇ、私も何か編もうと思いまして」
一緒に編んでいれば、どうすれば良いのか見せながら教えられる。
李厘でも、同じようにするくらいはできるはずだ。
そう考えてのことだった。
八百鼡の心のうちを知ってか知らずか、彼女は意地悪そうな笑みを浮かべる。
「それ、御兄ちゃんの髪と同じ色だ♪」
「り、李厘様っ!」
毛糸玉をテーブルに置き、八百鼡は頬を両手で押さえる。
紅潮している顔は隠しようが無い。
図星だったようだ。
「李厘様こそ、どなたに差し上げるんですか?」
「え・・・」
話題を振られた李厘は、表情を強張らせた。
思わず、編んでいたもの膝の上に落とす。
そして、八百鼡と同じようにみるみると顔が紅潮していく。
(珍しい反応・・・)
しかし、そんな李厘を微笑ましく思ってしまう。
八百鼡は笑顔を浮かべて話し掛ける。
「好きな方に、ですか?」
「えっと・・・好き、とかじゃなくて、そのっ・・・」
膝にあるものを拾い上げ、しどろもどろに口を開いた。
途中で、編みかけの膝掛けに顔をうずめてしまう。
(八百鼡ちゃんなら分かるのかな)
李厘は、目の前の女性へ真っ直ぐに視線を合わせた。
「あのね、あったかくって、楽しくって、それでねっ、それで、ずっと、ね・・・」
言ってよいものかどうか分からず、膝の上にある手元に目を落とす。
「李厘様?」
意を決したように、また視線を八百鼡に合わせる。
「一緒にいたいって思ったの」
―――それが、許されるはずはないと分かっていても
心がきゅって、苦しい時もある。
でもね、つらいけど嫌じゃないんだ。
心がわくわくして、どきどきするの。
考えるだけであったかくなる。
楽しくなる。
「これって何なのかな、八百鼡ちゃん」
八百鼡は微笑みながら、李厘の手を取った。
それを李厘の胸の位置までもってくる。
「それは、李厘様の”ここ”にあるのです。李厘様が御自分で御気付きにならなければならないのですよ」
一人一人が抱いている、違う思い。
だれもが経験するかもしれない、でも、同じ形は存在し得ない。
「答えは、李厘様の中にありますよ」
そう言って、彼女はもう一度優しく微笑んだ。
宿の外は雪がちらちらと舞い始めている。
窓辺に立っていた八戒は軽くため息をついた。
「しばらくやみそうにありませんねえ」
彼らの乗るジープにはホロがついていないため、
寒さで凍えてしまうだろう。
ここに宿があったのは、何よりも幸いなことだった。
寒いため、というか主人が用意してくれたのだが、今日は大部屋を取っている。
部屋の中央にはストーブが焚いてあり、そのすぐそばにテーブルが置いてある。
ベッドは4つ入って左側の壁に並んでいる。
三蔵はいつものごとく新聞を広げ、テーブルについている。
悟浄と悟空はジープと遊んでいるため、ベッドに腰掛けていた。
もう一度、窓の外を見やり八戒は一人ごちた。
「西に行くにつれて、温かくなるはずなんですけど」
(これも桃源郷に広がる異変の一つなんでしょうか)
妖怪の凶暴化だけでなく、異常気象もそれに含まれているのだろうか。
考えてもしょうがないと思ったのか、八戒はストーブの近くに移動した。
座ろうと、椅子に手をかけたそのときである。
部屋のドアをノックする音が聞こえた。
一同はそちらに顔を向ける。
八戒が、椅子にかけていた手を放しドアに近づいた。
顔を確認できる程度にドアを開いて応答する。
「はい。え?えぇ・・・これを?はい、分かりました」
彼は静かにドアを閉めると、おかしそうに笑いながら三蔵に持っていた物を差し出した。
さっき受け取った物のようだ。
黄色の包装紙で可愛くラッピングされていて、オレンジのリボンが飾ってある。
「貴方にだそうですよ、三蔵」
「あ?」
「開けてみたらいかがですか?」
三蔵は訳が分からず、言われるがままに包みを開く。
残りの2人も三蔵のそばによってきて、後ろからそれを眺める。
八戒は丁度彼らの後ろに立って、相変わらず笑っている。
中にあったのは、淡い紫の膝掛け。
所々に苦労の跡が見えるが、全体的に見れば綺麗に仕上がっている。
「へえ、寒かったから丁度良いじゃん」
「何で三蔵だけなんだよ〜っ!」
悟空は、自分より高い位置にいる八戒を見上げた。
「さあ、どうしてでしょう。ねえ、三蔵?」
わざと、意味ありげに微笑む八戒から三蔵は目をそらす。
「知るか」
三蔵は、元の位置にそれを戻すと、
たばこをとりだし、火を付けた。
「いらねえんなら、俺に頂戴」
すかさず、悟浄の手にハリセンが振り下ろされる。
彼に容赦と言う言葉はないのだろうか。
「ってえ〜ッ!何すんだよ、この超鬼畜生臭坊主!!」
「誰がいらんと言った」
「それじゃあ、いるんですね?」
彼の意地悪な問いかけに、三蔵は面倒くさそうに顔を背けた。
照れているような気がしないでもないが、彼の場合、不愛想なので
表情が読み取りにくい。
彼らのように、気の置ける仲間だったら読み取ることも可能だが。
三蔵は、吸いかけのたばこを灰皿に押し付け立ちあがった。
ゆっくりと窓辺に移動する。
窓の外は、一面の銀世界。
舞う雪は、まるで花びらのようだ。
八戒は、三蔵の隣に立ち、彼に聞こえるくらいの声で話し掛けた。
「今度、御礼を言わなければなりませんね」
「・・・そうだな」
彼は、窓の外を見やったまま、そう口を開いた。
「李厘様、御自分で直接御渡しになればよろしいのに」
宿屋の主人に頼んできたのは八百鼡である。
「だって、なんか・・・やなんだもん」
顔を赤くして目をそらす李厘の肩を、八百鼡は優しく抱いた。
「すぐに分かりますよ、その気持ちが何なのか」
「うん」
城のバルコニーの柵に軽く体重を預けて、李厘は頷く。
そこから見える景色は、絶景とは言えない。
陽の光も届かない、薄暗いところ。
(そういや、アイツの髪、太陽みたいだったな)
太陽の光。
そう例えたのは誰だったか。
きっと、誰にとっても彼は太陽なのだろう。
あったかくてね、楽しくてね、ずっと一緒にいたいと思った。
でもね、それが許されると思うほど、オイラ馬鹿じゃないよ。
苦しい時もあるけど、それも楽しいんだ。
皆も、こんな風に感じているのかな。
好きって、八百鼡ちゃんたちが好きとは違うのかな。
皆と一緒にいたいって思うのとは違うのかな。
八百鼡ちゃんは、オイラの中に答えがあるって言ってた。
それが分かった時、その時、笑顔でいたいって思う。
一番綺麗なオイラでいたいって思う。
それは、わがままなのかなあ。
END
あとがき
書いていて恥ずかしいと言うか、何と言うか、ですね(笑)。
私自身、恋とか可愛らしいものしたことが無いので、想像するしかないのですが。
ここに書いているのは一般論かもしれませんねえ。
最近、恋愛物しか書いてない気がするのは気のせいでしょうか。
恋なんて、分からないのが普通だと思うのです。
いつのまにか好きになっていた、それが大半なのではないでしょうか。
理由なんて、形なんて気にすることはないのだと思います。
どれだけ好きかって言われても、ものさしで測ることの出来るものではないでしょう?
タイトルは”初恋”です。
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