Freedom



ぼんやりとした瞳で、天井を見上げる。
重たい瞼は、すぐにでも下りて来そうで。
小鳥の囀りが耳に届き、無理矢理に身体を起こした。
「…朝…」
ぽつりと呟くと、のろのろと悟空は着替えを始める。
ぼさぼさの髪を梳かし、結い紐を巻きつけた。
まだ夢現な状態で、ドアに手を掛ける。
「あれ?」

ガタ。

もう一度、引いてみる。

ガタガタ。

「…開かない」
何度押しても引いても、扉は開かなかった。
外から鍵をかけられているのだろうか。
力ずくであれば、壊して出られないこともないが、
むやみに物を壊すなと三蔵にきつく言われている。
ふぅ、とため息をつく。
三蔵は、先日から仕事で寺院を空けていた。
開けろと騒いだところで、誰も開けてはくれないだろう。
悟空はここに来た数日で、それを悟っていた。
「ま、いっか」
ぱ、と手を放すと、悟空は窓枠にもたれかかる。
頬杖をついて、外を見下ろした。


あの頃よりは、ずっと自由だ。


手を伸ばせば、大切なものに触れることが出来る。
しかし、それは同時に、触れて壊してしまうかもしれないという不安も伴った。
自由だと口では言えるけれど、果たしてソレは本当に望んでいた自由なのかと
疑いたくなるときもあった。
考えても考えても、答がでるはずもなく、
出ても出なくても、時は過ぎていく。
答を望んでいるわけでは、決してなくて、
見つからないなら、見つからないままでも構わなかった。
考えなんて、その時次第でいくらでも変わる。


いくつもの自由の中で、不自由を感じるわがままも、
生きていくうちで選ばなくてはならないこと。






段々と陽は昇って行き、ちょうど頭の真上に来たくらいだった。
時計もない悟空の自室では、陽の傾き具合で時間を織るしか術がない。
腹が減って来たが、彼らが食事を運んでくれるとは思えなかった。
慣れたとはいえ、辛いことには変わりない。
悟空は本日何度目かのため息を吐いた。


コン。


ふと、窓に何かがぶつかった気がした。
ぼんやりとして振り返る。


コン。


もう一度、何かがぶつかった。
首を傾げて、悟空は窓際に寄る。
そうして、また何かが目前でぶつかった。
「あ」
短く声を上げ、下を見やれば。


「八戒。悟浄」


見織った顔が眼下に映る。
ガタガタと、立て付けの悪い窓を押し上げ、悟空は顔を出した。
「どうしたんだ?」
「ソレ、こっちの台詞だったりするんダケド?」
「へ?」
呆れ果てた、と言うように悟浄は口をへの字に曲げた。
子どもっぽい表情をする男だと感じる。
苦笑しながら八戒も頷く。
「だって、僕達、悟空に会いに来たのに、いないって言われたんですよ?」
「実際、三蔵の頼まれごとのついでだけ…ってぇ!」
彼の語尾がイキナリ上がる。
手元を見やれば、思いっきりつねられていることが分かった。
「悟浄、何か言いました?」
にっこりと微笑って、八戒は悟浄に問い掛ける。
「…イイエ」
紅くなった手の甲をさすりながら、涙目で首を振る悟浄。
「で、悟空。本当に何やってるですか?」
「別に何も」
きょとん、と返す。
その答に、2人は怪訝そうに眉を顰める。
窓枠に手を掛けたまま、身を乗り出した。
「だって、入り口開かねぇんだもん。出られないよ」
言われて、2人はその意味を即座に理解する。
この寺院で、悟空が良く思われていないことなど、百も承知だ。
勿論、自分達も例外ではない。
最近は、三蔵の手伝いをしているということで、寺院への立ち入りは、
多少なりとも楽になったが。
『妖怪』である自分達を、寺院の中にいる『僧侶』という人間が快く思うはずもない。
常識的にも、実際にも、それは良く分かっていることだった。
「悟空」
八戒は、悟空に呼びかけた。
「何?」
風が吹いて、髪がなびくのが邪魔だったのか、片手で髪を抑えながら返事をする。
「ウチへ遊びにきませんか?」
大きな瞳を何度か瞬かせ、悟空は不思議そうな顔をする。
そうして、微笑った。



「今日はいい」



軽く、ゆっくりと首を振る。
「何で?」
いつもは来るなと言っても、来るくせに。
そんな意味合いを含んだ調子で、悟浄は尋ねた。
「三蔵に言ってないし」
「後で言えばいいだろ」
もう一度、悟空は首を振った。




「三蔵は俺がココにいると思ってる。だから、俺はココで待つよ」




飛び出そうと思えば、どこにでもいける。
入り口は1つだけではないと織っていた。
窓からでも飛び降りようと思えば、出ることができた。
なのに、そうしなかった。



そうする必要がないから。



そうする理由がないから。



「ココは、逃げ出せない牢の中じゃないから」



悟空は、ニコリと微笑った。





「だから、大丈夫なんだ」





諦めるように、八戒はため息を吐く。
「本当に、信じていいんですね?」
クスクスと笑いながら、悟空は首を縦に振った。
「ん」
八戒は悟浄と目を合わせて頷いた。
悟浄が持っていたバスケットを、悟空が受け取れる位置まで投げる。
「わ、っと」
思わず、手を伸ばしてソレを受け取る。
開いてみれば、香ばしい薫りのするラズベリーパイと、サンドイッチが入っていた。
はみ出しているボトルには、手作りと思われるフルーツジュース。
「いっしょに食べようと思って、持って来たんですけど」
バスケットを床に降ろして、八戒たちを見下ろした。
「貰っていいの?」
「えぇ。差し入れです」
悟空は、困ったような、嬉しいような、複雑な表情を浮かべて微笑んだ。



「ありがと」







帰っていく2人を見送りながら、悟空は思う。
追いかけようと思えば、あの背中に追いつくことが出来ると。
そうしないのは、外へ出る事の出来た余裕。
いつでも出来るという、過信。
崩れ去ることを畏れて、けれど、ソレに触れたい自分もいた。
普通通りの日常が、どんなに倖せか織っている。
本当は、毎日に感謝している。
ただ、ソレを口に出してしまえば、『また』壊れてしまいそうで。
憶えていないはずの記憶が、心の奥で警告を繰り返した。








護れなかった『誰か』を想って、泣きながら覚めた夜もあった。
言いようのない虚無感と、空白の時間が小さな幼子の身体を襲う。
どれだけの償いがその身に必要だと言うのだろう。
どれだけの報いがその身を貫けばよいと言うのだろう。
そこが、岩牢の中でない事を思い出すと、少しだけ楽になった。
頭に着けられている金鈷が、どんなものよりも重く感じもしたけれど。
自由など、どこにもないかもしれない不安と闘いながら。





「あぁ、そうだ」



バスケットを抱いたまま、悟空は顔を上げた。
「そっか。そうだよ」
何度もしきりに頷いた。
傾きかけた陽が、大地を橙色に染めながら、部屋にも差し込んでくる。





「それでも、俺は自由なんだ」





自由と言う名の不自由も。
不自由と言う名の自由も。
選ぶことが出来る。
描くことが出来る。
待つことも。
追いかけることも。
掴まえることも。
護ることも。




何もかも、自由なのだ。




生きている限り、ヒトは自由であり続けるし、
自由であることを、義務づけられているのかもしれない。
縛られることもまた、自由なのだ。







「俺は自由だから」





小さく体を丸めて、幼子は微かに呟く。





「だから、生きていられるんだね」







幾つもの枷に手足を繋がれ、翼を折られ、それでも尚、生きる。
みっともなくても。
情けなくても。
カッコ悪くても。
ソレはきっと、自由だからこそ。






自由だからこそ、あるべき姿のまま、ヒトは生きていくのかもしれない。







END



あとがき。

テーマは『自由』。
のはずなのだけれど・・・(汗)。
終いの方になると、哲学っぽくなってしまったわ☆


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