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何となく、ジェリリな話。
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あとがき。
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 運命を感じたら、どうしますか?
 
 
 君だったら、どうするかな。
 実に興味深いね。
 
 
 まぁ、僕だったら間違いなく―――…。
 
 
 
 
 
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| Gear |  
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 この状況をどう表現したら良いだろう。
 癖のある黒髪を無造作に跳ねさせている少年は、
 うぅむ、と頭を捻った。
 今までこんな状況になった事があるかと問われれば、
 間違いなく生まれて初めての経験であると答えただろう。
 「この顔、本物?」
 紅い髪に、緑の瞳をした少女は不躾に目の前の少年に尋ねた。
 ただ尋ねただけなら、質問の内容は何にせよ、問題は無かっただろう。
 問題は、尋ねているこの状況である。
 「本物か、偽物かと尋ねられたのならば、多分、本物だと思うよ、Miss.エヴァンス。ところで、この手をどうにかしてもらえないかな?」
 名前を呼ばれた少女は、未だ不機嫌な面持ちのまま、少年の頬を両手で摘み上げていた。
 横に広げられた頬が、そろそろ痛みを伴ってきた気がする。
 「気に入らないわ」
 手を離し、リリー・エヴァンスは不愉快極まりないと言う様に、
 腰に手を当て、溜息を吐いた。
 授業を終えた教室は、多少なりともざわついていたし、
 彼らの喧騒を耳に留めるものも少なかった。
 今まで、何が起こったのか分からず、ぽかんと眺めていた彼の友人が、
 我に返って少女を睨みつける。
 もともと、目つきはあまり良い方とは言えない彼は、
 少し見間違えれば、不良の様である。
 「何だ、いきなり。ジェームズに文句があるってのか?」
 「やめなよ、シリウス」
 「退け、ピーター」
 おろおろと、小柄な少年がシリウスの手を掴む。
 けれど、リリーはそんな彼にも動じずに、逆に睨み返した。
 「大アリよ」
 「僕の顔が何か?これでも悪い方では無いと思うのだけれど」
 「ジェームズもせっつかない」
 呆れて、鳶色の髪をした少年がぽこり、と教科書でジェームズの頭を叩く。
 「言うなれば、その頭のくせっ毛の先っぽから、泥に汚れた靴のつま先までかしら」
 鼻で笑って、肩にかかっていた髪を手で払う。
 女王すら思わせる仕草に、ジェームズは大仰に驚いて見せた。
 「これは驚いた、全部じゃないか。なぁ、リーマス」
 最後に『Queen.エヴァンス』と付け足さなかっただけ、
 有難いとリーマスは心から思った。
 「そう、全部よ」
 苛ついた口調のまま、彼女は捲くし立てた。
 ほんの少しだけ、黙って聞いていたシリウスは、我慢の限界の様だ。
 自分の仲間内が侮辱されるなど、自分を侮辱されるよりも腹立たしい。
 彼はそういう人種である。
 「てめぇ、いい加減に」
 けれど、彼の言葉などロクに聞かずに、
 彼女はジェームズの眼鏡に指を突きつけた。
 「やることなすこと胡散臭い上に、表情まで白々しいのね」
 相変わらず、怒りもしない彼に腹を立てて、
 先程と同じ台詞を、もう1度憮然と言い放った。
 「気に入らないわ」
 「心外だね、Miss.エヴァンス。僕は君が嫌いではないのに」
 軽く言ってのけると、ぎろりと睨まれた。
 彼の中で、好き嫌いの感情など、そう違いは無い様に聞えた。
 好きだから嫌い、嫌いだから好き。
 けれど、好きであるのだから、結局は好きだし、
 嫌いであるけれども、心から嫌いにはなれない。
 ジェームズの中には、憎しみの対象など皆無に等しい。
 それは同時に、ヒトへの感傷と感情へ線を引いているものでもあったのかもしれない。
 「他を当たっていただけるかしら?私、貴方を好きではないの。失礼」
 言うだけ言って、リリーは踵を返し、教室を出て行った。
 不機嫌そうにシリウスは眉を顰める。
 彼女の後姿を、教室から出て行っても恨めしく睨んでいた。
 「何だぁ、あの女」
 「大丈夫、ジェームズ?」
 呆然とした彼の顔の前で、ピーターは何度か名を呼び、視界を閉ざしてみた。
 全く反応は無い。
 逆に恐ろしくなって、恐々ともう1度呼んでみた。
 「ジェームズ?」
 恍惚とした光の宿った瞳に、3人はぞくりと背筋が寒くなるのを覚える。
 こんな気味の悪いジェームズを見たことがあっただろうか。
 多少ではあるが、一番付き合いの長いシリウスですら、見たことはない。
 だから余計に気色が悪かった。
 この表現が、どんなに下手な例え方であったとしても、それ以外に表現方法が無い。
 「……イイ」
 彼の発言はたっぷりと沈黙を齎した後、
 友人3人に声を揃えさせると言う、何とも面白い効果を生んだ。
 「…は?」
 同時に、彼らはリリーへ哀れみともつかない感情を覚えた。
 
 
 
 
 一枚、二枚。
 傍らの木から、葉が散った。
 木陰のベンチに腰掛け、読書をしていたリリーは何気なく空を見上げた。
 「リリー!」
 「きゃあ!」
 瞬間、木から逆さまにぶら下がって、1人の少年が顔を出した。
 重力に逆らわず、ローブも髪の毛も逆さまである。
 驚きと怒りが込み上げてきて、彼女は金切り声で怒鳴った。
 「もう!何なの、ポッター!!」
 うんざりと、呼んでいた本を閉じて、傍らに置いた。
 こうなっては読書など、夢のまた夢だと理解している行動だ。
 ここ数日間の、彼の猛烈なアタックに、煩わしさすら感じていた。
 坊主憎けりゃ、袈裟まで憎いの要領で、関係ないはずの彼の友人すら恨めしく思える。
 「他人行儀に呼ばないでくれよ、リリー」
 身軽に枝から飛び降り、格好良く着地する。
 髪やローブには葉が付いたままだ。
 「貴方とは、赤の他人だったと思うのだけれど?ポッター」
 声を抑えて、嫌味の限り口を開けば、
 わざとらしく泣き真似をするジェームズが見える。
 「酷いね、こんなにも僕は好いていると言うのに」
 一体何度、この光景を繰り返したのか、考えるのも莫迦らしい。
 リリーは大きくため息を吐いた。
 「面白い冗談だわ。それと、馴れ馴れしくファーストネームで呼ばないで頂戴」
 「…分かった」
 あっちへ行けと手で示す彼女に、俯いて、彼は消え入りそうな声で返事をした。
 流石に犬の様な扱いはやり過ぎたかと、罪悪に駆られるが、
 ハッキリ言って、そんな感情はムダである。
 と、何度再認識しだだろう。
 「じゃあ、僕の事はジェームズと馴れ馴れしく呼んでおくれ」
 くらり、と眩暈に襲われた。
 「分かってないじゃない!」
 大声で叫んだ後、慌てて周りを気にする彼女も可愛い。
 本気でそう思っている辺り、末期症状だ。
 苛立って前髪を掻きあげる。
 本を手にして立ち上がり、ジェームズを上目遣いに睨んだ。
 「いい加減にして、ポッター」
 「ジェームズ」
 かなり嫌そうな表情を浮かべ、
 ここに拘っていては恐らく話を聞いてもらえない上に、
 話も進まないと判断したのだろう。
 リリーは視線を泳がせ、発声練習をした後に、
 彼に向かって溜息ついでに口を開いた。
 「ジェームズ」
 名前を呼ばれたことに、嬉しそうに笑う。
 何と扱い難い人物なのだと、思わず頭痛を覚えた。
 彼の友人をやっている3人を、崇め奉りたい気分だ。
 「何だい、リリー」
 やっと話を聞いてくれる彼に訴えた。
 一を聞いて、全く関係も脈絡も無い十を返すのが彼。
 まともに答えが返って来る、常人で無い事は百も承知である。
 「貴方の悪戯に構えるほど、私ヒマじゃあないのよ」
 「悪戯?」
 マヌケに口を開けて、リリーを見やるが、
 すでに彼女はジェームズなど眼中に無い。
 「そう、悪戯。貴方の所業を織らない人間なんて、この学校にはいないわ」
 彼女の台詞を聞き、悪戯っぽく笑う。
 感慨無量だと心から喜んでいるようでもあった。
 「それは嬉しいことだね」
 皮肉で言ったつもりが、全く皮肉になっていないことに顔を顰め、
 リリーは頬を膨らませる。
 吊り上がった眉は、忙しなく引きつっていた。
 必死に怒りを抑え込んでいるのが良く分かる。
 「ともかく、今度は何のお巫山けだか織らないけれど、これ以上私を巻き込まないで」
 「巫山けてなどいないさ、リリー」
 両腕を広げて、彼女に微笑んだ。
 彼の友人であれば、胡散臭いだの、芝居がかっているだの、文句をつけたに違いない。
 「僕は本気だよ。君が好きだ、愛してる」
 立て続けに愛の告白を並べる彼に、気恥ずかしさが渦を巻く。
 「それが巫山けていると言っているの」
 懸命に堪え、ジェームズから視線を逸らした。
 広げていた両腕を下ろし、うぅむ、と頭を掻く。
 癖のついた黒髪が、風に揺れた。
 「簡単に愛してるなんて言うヒトを信じられるものですか!」
 珍しく考え込んだ表情で、彼は口を開いた。
 「運命の出会いとは、突然訪れるものなのだよ」
 「意味が分からないわ」
 ふん、と鼻を鳴らして、完全にジェームズに背を向ける。
 先程までリリーが掛けていたベンチに、腰を下ろした。
 「例えば、君が僕の頬をつねり上げたあの瞬間に、恋に落ちる事だってある」
 軽く目を見開き、彼女は振り返る。
 座っている彼の顔を、まじまじと覗き込んだ。
 困惑と、不安の入り混じった顔だ、と思った。
 「貴方、マゾ?」
 大丈夫かしら、とぶつぶつ呟く彼女に、ジェームズは笑う。
 手を伸ばして、触れそうで触れない距離に置く。
 「君のドラゴンさえ射殺しそうな鋭い眼差し、スノウ・ホワイトだって羨むほどの白くて細い指、くるみ割り人形の兵隊の様に、真っ直ぐ前を見て進む歩き方…」
 「喧嘩売ってるの?」
 睨まれて、ジェームズは驚いた様子を見せ、両手を振った。
 「まさか!」
 本人には怒らせるつもりなど、毛頭無い。
 悪気が無いのは、一番性質が悪いと思う。
 リリーの目の前にいる男は、間違いなくここに分類されるだろう。
 「君の素晴らしさを挙げたら、キリが無いって話さ」
 さも当然の如く話す彼に、計り知れない恐怖を感じた。
 軽い頭痛を覚えて、こめかみを押さえる。
 「貴方の話にキリなんてあるのかしら」
 「そういう憎まれ口も素敵だよ、リリー」
 これは暫く解放されそうに無い。
 あまり外れたことの無い直感だ。
 リリーは諦め調子で、彼の隣に音を立てて座り込んだ。
 持っていた本をどさりと、ジェームズとの間に置く。
 「それはどうも。貴方は口から生まれてきたのね、きっと」
 ちら、と隣を見やれば、呆けたジェームズが、感心した様に頷いた。
 「僕の母からも同じ事を言われた事がある。君は博識だね」
 「貴方のお母様に同情するわ」
 一層、頭痛が増した。
 大体、とリリーは言う。
 「突然、そんな事言われても信じられないし、信じられるだけの要素が無いわ」
 一瞬だけ、ジェームズの口が閉じる。
 不可思議な間を置いて、彼は口を開いた。
 「…愛してる」
 「さっきも聞いたわ」
 「大好きだよ」
 「似たような台詞、いつも聞いてる」
 「君となら、アズカバンへ観光旅行だって喜んで」
 「どうぞお1人で」
 「愛してる」
 「だから!」
 彼の並べ立てられた愛を伝える台詞は、何度も何度も聞いてきたもの。
 声の調子だとか、雰囲気だとかを除外すれば、どれも似たようなものだ。
 本気か、そうでないかすら分からない言葉に、リリーは声を荒げた。
 だが、不気味なほど静かに、ジェームズがそれを遮る。
 「あと、何回言えばいい?」
 「は?」
 視線を合わせれば、真摯な眼差しで射抜かれた。
 おどけた様子も無く、真っ直ぐに、リリーだけを映す瞳。
 「あと何回愛の言葉を囁けば、信じてくれる?」
 呑まれかけて、彼女は何とか言葉を返す。
 声が震えているなんて、気のせいだ。
 「言葉なんて何とでも言えるわ」
 視線を逸らし、息をつかずに一気に言い連ねる。
 彼を、見ていられなかった。
 「君はひとつも返事をくれないから、僕は君に触れて愛を証明する事も出来ないんだ」
 触れそうで、触れられない距離。
 リリーに触れようとして、触れなかったのは、怖かったから。
 まだ、赦されていなかったから。
 「しなくて結構。返事なら、いくらだってしているでしょう?」
 彼女は極力、彼を見ずに口を開いた。
 いつも通り、憎まれ口を心がけて。
 ジェームズは小さく首を振った。
 「僕を避けてはいるけれど、君は僕に『嫌い』とは言わないよね。気持ちを返す言葉はひとつも貰ってない」
 息を呑んで、リリーは微かに目を見開く。
 ぎゅ、と拳を強く握った。
 「『嫌いだから、2度と近寄らないで』。そう言えば、僕はもう何もしない。リリーが望むなら」
 お互いに、お互いを見ずに会話をする。
 珍しい事もあるものだ、と彼らを織っている者なら評するであろう。
 「だけど、言わない」
 俯かせていた顔を上げて、空を見上げる。
 木漏れ日が綺羅綺羅と、眩しく降り注いだ。
 目を閉じて、風を感じる。
 「…貴方のそういうところ、好きじゃないわ」
 ぽつり、と呟く。
 「自画自賛は当たり前、何でも簡単にやってのける」
 彼女が俯いて、必死になって声を絞り出しているのが分かったから、
 ジェームズは何も気付かなかった。
 「そうかもね」
 軽口で返す彼に、重ねてリリーは文句を言う。
 「貴方が傍にいると、とても困るのよ」
 「僕の所為で?それは…嬉しいかもしれない」
 くすくすと微笑いながら、彼はリリーを覗き込む。
 冗談ではなく、自分の為に一喜一憂する彼女が嬉しくてたまらない。
 憮然として、彼女はジェームズを睨みつけた。
 「変わり者」
 「シリウスによく言われる」
 余裕のある笑みを浮かべている彼が、何とも腹立たしい。
 そんな事を言ったところで、彼を余計喜ばせるだけだと織っている。
 でも、と彼女は真正面からジェームズをねめつけた。
 
 
 
 「一番困るのは、貴方と喧嘩するのを嬉しいと思っている私自身だわ」
 
 
 
 涙が滲んでいる瞳を、無理矢理擦る。
 彼女の目元が紅くなった。
 それでも隠そうとする彼女の手を掴み、引き寄せる。
 ジェームズはいつもの、嫌味ったらしい笑みではなく、優しくふわりと微笑んだ。
 「リリーは、僕を嫌いじゃない」
 腹が立つのは、それ位ジェームズを見ていたと言うこと。
 だからこそ、ちょっとした表情に気付き、
 本当の顔を見せない彼に苛立った。
 それが悟られるのが嫌で、目の前の彼に高慢に微笑んで、へぇ、と零す。
 「自信過剰ね」
 「そうでもないよ。殊のほか、君に関しては」
 口にしている気弱な台詞とは裏腹に、彼は嬉しそうに笑った。
 不意に視線が絡み、心臓が高鳴る。
 掴んでいた手の甲に、唇を添えた。
 「僕は君が大好きだ。だから、一度だけで良いから」
 上目遣いに、リリーを見つめる。
 頬が熱くなっていくのが分かった。
 鼓動が、言うことを聞かないのも分かった。
 どうしようもなく。
 
 
 
 
 「僕に、君の気持ちを教えて?」
 
 
 
 
 ずっと、不相応だと目を背けていた事実を、
 彼に惹かれていく自分を、認識しなければならなくなった。
 リリーは、深くため息を吐く。
 「どうしても?」
 「どうしても」
 彼の掴んでいる手をすり抜け、くせっ毛の髪を1房引っ張る。
 顔を引き寄せて、額にキスをした。
 「羊皮紙何十枚分になるか分からないわよ?」
 一瞬、何が起こったのか把握出来なかったジェームズは、何度か瞬きを繰り返す。
 みるみるうちに、笑顔が広がり、リリーを思いっきり抱き締めた。
 
 
 
 
 「何百枚でも構わないよ」
 
 
 
 
 「上等だわ、覚悟なさい」
 
 
 
 
 
 良くある台詞ではあるが、第一印象は最悪だった。
 『気に入らない』と一蹴された。
 莫迦にされても怒りもしなかった。
 とんでもない奴だと思った。
 それが始まり。
 慌しくて甘ったるい、嬉しく楽しい、傷だらけの日常の。
 
 
 
 
 
 
 
 運命を感じたのなら、
 迷わず真っ直ぐに突っ走るね。
 僕の、莫迦で愛おしい親友の様に。
 
 
 
 玉砕上等。
 ぶつからなきゃ、得られない結果だから満足さ。
 
 
 
 
 こんな風に、毎日玉砕するのも悪くない。
 
 
 
 
 
 END
 
 |  |  仲悪そうって言うか、多分折り合い合わないだろうなぁ、とか。
 どんなに本気で言っても、軽く交わされそうで、女としては不安と言うか。
 どっちかと言うと、リーマスとかのが気が合いそう。
 でも、結局はジェームズじゃなきゃ駄目みたいな。
 私の考える2人は、ジェームズが『愛しているよ、リリー』って言ったら、
 極上の微笑みで『嫌いじゃないわ、ジェームズ』って返してくれそうな感じ。
 見ている方が、痛々しいと言うか、胃が悲鳴をあげそうと言うか。
 傍迷惑なカップルのような気がします。
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