今度こそ、護り抜く。

Gentle Break








ゴス、と鈍い音が響いたかと思うと、
頭上に激痛が走った。
いっそのこと、前のめりに倒れ込みたい衝動にかられたが、
寸での処で押し留める。
「こら」
共に降ってきた声に、涙目で振り返った。
「何すんだ、リーマス」
「何をするってのは、私の台詞かな、シリウス」
穏やかな笑みを向けたまま、リーマスは手にしていた分厚い本を、
もう片方の腕に積み上げた本の一番上に置いた。
先ほどの痛みから、どうやらそれで殴られたのは間違いないらしい。
普通は側面で叩くことを考えるが、
彼が先ほど行使したのは、間違いなく背表紙、しかもその角だ。
憮然と、描けていた椅子の背凭れに身体を捻って顔を埋める。
埃臭さと黴臭さが鼻をつく。
犬の姿であったのなら、これ以上に酷い臭いなのだろうと思った。
「分かっているようなら、どうにかしなさい。大人気ないにも程がある」
「だって、よぉ」
口を尖らせて、視線を合わせようとしない彼に、
リーマスは溜息を吐く。
まるで、昔と変わらない。
それは長所でもあり、短所でもある。
いつか、
彼らの友人がどうしようもなく莫迦で愛おしいと言っていたのを思い出した。
「折角ハリーと一緒に過ごせると思ったのにさぁ」
ぶちぶちと文句を垂れるシリウスを尻目に、持っていた本へと手を伸ばす。
びくり、と反射的に彼の身体が跳ねたのが分かった。
苦笑して、それを1冊彼の前に差し出す。
「大人しく本でも読んでいなさい。クリスマスには会えるかもしれないだろう?」
テーブルの上にどさりと本を置き、シリウスの向かい合わせに腰掛ける。
つい、と目を向ければ、白髪交じりの鳶色の髪が目に入った。
知り合い出なければ、誰も彼らを同年代とは思わないだろう。
「絶対、モリーが攫って行くんだぜ。どーせ、私はここから出られませんよー」
「僻まない、やさぐれない。その時にならないと分からないよ」
ぱらりとページを捲りながら、リーマスは手元の本へと視線を落とす。
所々、栞が挟んである処を見て、資料なのだろうと判断した。
ブラック家の書庫にあったものだろう。
「それとも、ハリーが学校生活を楽しむのが気に入らないとでも?喜んで然るべきだよ」
納得行かない顔で、それでも不承不承ながら頷いた。
「分かってる」
そのような彼の様子に、溜息を吐きながら苦笑する。
気付かれないようにしていたのだろうが、そう思っていたのは本人だけで、
ハリーはしっかりと彼の落胆振りに気付いていた。
楽しみであろう新しい学期の内容や、クィディッチの試合。
それらになるべく触れないようにして、会話を選んでいた。
彼の健気さに感心するやら、保護者の大人気の無さに呆れるやら。
「ハリーも大変だ。出かける寸前まで、君のことを気遣わなければならなかったんだから」
リーマスは読んでいた本を開いたまま、別の本を開く。
草臥れた鞄の中から、羊皮紙と羽ペンを取り出すと、さらさらと何かを綴った。
「学ぶのは、今のハリーには必要なことだよ」
手持ち無沙汰に、リーマスの持って来た本を手に取る。
読んだことがあったのか、中身をぱらぱらと見やるだけで、すぐに閉じる。
積もった埃を手で払うと、金字で打たれたタイトルが浮かぶ。
微かに眉を顰め、乱暴に放り出した。
「勉強だったら、私だって教えてやれる」
「そういうことを言っているんじゃないだろう?」
羽ペンの羽根でシリウスの額を払う。
伸びてきた前髪が目前に落ちてきた。
それを掻き上げると、ぶっきらぼうに口を開く。
「分かってますよ、ルーピン先生」
「あとは」
つ、とリーマスは傍の食器棚の窓枠に指を走らせる。
その指先は、白く汚れていた。
「掃除とか、ね?気分が晴れるかもしれないし」
「モリー母さんと一緒に?絶対、晴れねぇ」
ゴスガス、と先ほどよりも鈍い音が響く。
今度こそテーブルにつっぷして、声も無く身悶える。
「気分転換と言う言葉を織っているかい?」
「バックビークに乗って、空を駆け巡ること」
「もう一度殴られたいようだね」
「…冗談デス」
犬の姿であれば、耳を垂れて、尻尾を丸めていることだろう。
呆れに呆れて、重々しく溜息を吐く。
「君がこれじゃあ、どっちが保護者か分からないな」
「ジェームズだって、似たようなモンだったろ」
むっとして、反論する。
頬杖をついて、明後日の方向を見やった。
子どものような仕草に噴出しかけて、
リーマスは、こほん、とわざとらしく咳払いをする。
「ジェームズにはリリーがいたよ」
あぁ、と呟いて、彼は頷く。
「諌め役な」
リリーと言えば、ハリーの母親で、ジェームズの最愛の妻だったヒト。
序に言うと、彼らが最も頭の上がらなかった女性。
あのジェームズでさえ手懐けた手腕は、誰もが認めたことだろう。
「でも、君が保護者でいられるように、君にもいるじゃないか。モリーを筆頭として、私やダンブルドア、アーサーにムーディ…ハリーとか」
「私は子どもか?」
わざと驚いた顔をして、リーマスは目をぱちくりとさせる。
「違うの?」
苦虫を噛み潰したように、シリウスは渋い顔を浮かべた。
「まるで、先生に叱られているみたいだ」
「元、先生だけどね」
くすくすと笑いながら、もう1度羽ペンを羊皮紙に走らせる。
「リーマス」
不意に、真剣な声音で呼ばれて、彼は顔を上げた。
相変わらず、こちらを見ていない瞳。
頬杖をついたまま、椅子で船を漕いでいる。
「今は、大人しくしててやる」
おや、と思った。
何処までも少年のような彼が、誰かの為に自分を抑える日が来ようとは。
嬉しいと言うべきか、それとも、
やっとそこまで辿り着いたのかと苦笑するべきか。



「だけどな、ハリーが危険だって時は、誰が何と言おうと出て行くからな」



目の前の真剣な彼を見て、可笑しさを堪えきれずに微笑んだ。




「言わずもがな、でしょ」




僅かに目を細め、一瞬だけ笑みを消す。
彼に聞えるか、聞えないかの声で呟いた。





「君を止める術なんて、私は織らないよ」





―――だから





そうして、思う。




―――君が逝く時は、私がハリーを止めてあげる





それを、君が望むのであれば。









END




あとがき。

ハリポタ5巻、新学期突入直後。
単純に、この2人を書きたかっただけというか、ごにょごにょ。
大人気ないシリウスと、先生なリーマス。
ほんのすこし、腹黒使用で。

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