大地をあたたかく想う。
それは、彼が大地から生まれ出でたものであるからか。
妖かしでもなく、ヒトでもなく、さりとて神でもない。
降りしきる春の雪は、寝転がった少年へと積もり行く。
ずっと閉じていた瞳を開く。
「綺麗、だな」
手を空に向けて伸ばし、舞い散るものを掴み取る。
微かな温もり。


―――ありがとう
―――おや、此れは珍しい客人だ


幾度か瞬きを繰り返し、息を吐く。
くすくすと笑い声が聞こえた。
気のせいだったかもしれない。


―――御前は、大地の愛し子だね


幾つもの声が、重なり、消える。
声だったのかもしれない。
けれど、風だったのかもしれない。
「俺を、知ってるの?」
ぼんやりと尋ねる。
声無きものに尋ねるのがおかしなことだと思いながらも、
彼らが心無きものではないことを織っていた。
それは、彼にとって至極当然の理解。


―――知っているも、何も!


木々のざわめきが、一面を埋めた。
不思議と、心地よかった。
「俺、何も憶えてないんだ」
言いながら、言わなくても良かったのだと思った。
彼らは言わずとも、織っている。
彼の織らないことすらも。


―――生まれて直ぐに、天へと連れ去られた子
―――天の勝手で、囚われ続けた子


さめざめと泣くような風が吹く。
哀れんでいるのではない。
ただ、悲しみ、泣いている。
慈しみすら感じられた。
「俺は、誰…?」
寝返りを打つと、土の匂いが鼻についた。
けれど、嫌いではない。
己を生み、育んだ大地を傍に感じる。


―――御前は私達と同じもの
―――同じでありながら、違うもの


力無く開いていた手を握り締める。
指の触れ合う部分があたたかくなっていく。
「俺は、生き物じゃないの?」
確かにこの腕に、足に、身体にはありとあらゆる動物と同じ、
紅い血が脈打っていると言うのに。
紅い、と見えていることすら錯覚なのだろうか。
時々、思う。
自分だけ違うのでは無いかと、不安を覚える。


―――私達がまるで死んでいるかのような言い草だ


言の葉とは裏腹に、面白そうに笑っているかのような、独特の感覚。
彼だけが感じる、不可思議なもの。
大地に生きるものの声が聞こえるのは、呼吸をするのと同じくらいに当然のこと。
彼は彼らであったし、彼らは彼であった。
同じものと会話をするのは、自然であって不自然ではない。


―――私達にも死はある。死と再生は必ず廻り、ひとつの輪となり、どんなものにも訪れる


どんなものにも。
口の中で反芻する。
「俺、にも?」
まるで、待ち望んでいるようだ。
何処かから聞こえた。
寧ろ、自分の中からだったのかもしれない。
朝の来ない夜は無い。
雨の上がらぬ天気は無い。
けれど、ヒトでも妖かしでも神でもないこの身には、
死など訪れるのであろうか。
ただひとり、今も生き残っているではないか。
彼らは読み取ったかのように言う。


―――終わりは来る
―――安心おしよ、坊や
―――容れ物が壊れても、御前の魂だけは私達が守るから


何があったとしても。
魂が壊れなければ、輪廻へと還ることが出来る。
けれども。
「…俺、だけ?」
この魂は廻るのだろうか。
神に作られたものでなく、
何も無いところからぽつんと生まれた魂は、神の創った輪廻へと還ることが出来るのだろうか。


―――御前以外に守るべきものが、この地上にあるとでも


とても不思議そうに、当然のようにして彼らは声を揃えた。
目の前を舞う春の雪が数を増す。
美しさと儚さ。
同時に魅せるその雪は、幾度も幾度も廻り来る諦めの悪い輪廻を思わせた。
「じゃあ、大丈夫だ」
少年は身を起こし、淡く微笑んだ。
「お前らが俺を守ってくれるなら、俺は俺以外の大切なものを守ることが出来るから」
生きることを放棄したり、軽んじたりはしない。
けれど、その言葉の示す通りに。
今ココにある命を賭けて、護り抜くことが出来る。
今度こそ、失わない為に。


―――愚かな子だ
―――愚かで、愛おしい子だ
―――憶えておいで


立ち上がった彼の背に、一層強く風が吹く。
春の雪が吹雪となる。
風が、嵐になる。


―――私達は何時だって、御前だけの味方なのだからね


小さく、頷く。
手を伸ばし、風を抱き締めた。
「ありがとう」
「悟空、そろそろ行きますよー!」
遠くから少年を呼ぶ声が聞こえる。
悟空はくすぐったそうに微笑った。
「八戒が呼んでる。行かなきゃ」
辛いことも、悲しいこともたくさんあった。
数え切れない程の、寂しい想いもした。
それでも、生きているのだと。
それでも、生きていくのだと。
此処から立ち上がって、歩いていくのだと。
少年は、肩越しに振り返ると小さく手を振った。
「じゃあな」
春の雪が舞う。
あたたかな風に乗り、静かに、やわらかく穏やかに。
桜と名付けられたその大木は、季節が廻る度に蘇る。
死と再生を司るもの。
世の理を示し行くもの。


―――『悟空』とは、また粋な名を付けたものだ


彼が悲しいばかりでなかったことを、乞い願う。
過去にそのようなことを願っても仕方のないことではあるけれど、それでも。
彼は彼らと同じもの。
同じでありながら、違うもの。
心のままに動くことのできる体を持つ、穢れ無き無垢な魂。
彼だからこそ、大地は産み堕とした。
彼だからこそ、大地は赦した。
彼らは願う。




彼の幼子に幸多からんことを―――







あとがき。
こう、自然物と悟空の会話を書きたかったのですよ。
彼らが護るべきなのは決して人間ではなく、悟空の魂ただひとつ、みたいな。
ヒトを良しとも悪しとも思ってなくて、自分達の大切なものだけは分かっていると言うか。
即席駄文ですんで、その辺ご容赦を。

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