Hellow,Dear |
観光用宇宙船のターミナル。 ルリは、新婚旅行へと出かけようとする2人を見送りに来ていた。 「ルリちゃん、たくさんたくさんお土産買ってくるからねーvv」 淡いピンクのワンピースを纏い、ユリカはルリを抱きしめた。 やっとのことで、結婚まで行き着けたアキトとユリカ。 本当の家族のように接してくれた2人を、彼女は心から祝福していた。 ただ、感情を表に出すのが苦手で、あの時も上手く笑えていたか分からない。 「じゃあ、行って来るよ」 アキトも優しく微笑んで、ルリの頭を撫でた。 「はい、お気をつけて」 見上げて、精一杯の笑顔で見送った。 「いってらっしゃい、アキトさん、ユリカさん」 夏の昼下がり。 蜩の声が、庭で喧しく聞える。 「あ」 銀髪の少女は小さく声を上げた。 「ストレートフラッシュです」 淡々と告げられる台詞に、相手をしていた少女も声をあげる。 「またぁっ?!」 銀髪に黄金の瞳をした少女が、手にしていたトランプをテーブルに広げた。 「ルリ、強いんだもん。もう一回勝負!!」 「構いませんけど…。ユキナさん、16戦中16敗ですよ?」 「なんのっ!まだまだこれからぁッッ!!」 ユキナは尚もルリに喰いかかる。 ここは、ユキナの保護者である、ミナトの家である。 質素ではあるが、落ち着いた趣のある造りだ。 ふと、背後でドアの閉まる音がした。 「?」 2人は玄関の方を見やる。 何かの集金にしても、声がかからないのはおかしい。 誰か知り合いだとしても、そんな無礼な人間はいない。 「ミナトさん?」 「あれ?今日、帰り遅くなるって言ってたのに」 教職についているミナトは、夏休みでも出勤だ。 だから、こんな時間に帰って来ることは殆どない。 珍しいことだった。 「どうか、したんですか?」 ルリは彼女に語りかけるが、返事も無い。 「ミナトさん?」 振り向いたルリの両肩を掴み、ミナトは俯いたまま口を開く。 長い髪が邪魔で、その表情までは覗えない。 「…って…」 「え?」 微かにしか届かなかった台詞は、衝撃を与えるには十分で。 自分の耳を疑いたくなった。 離れていたユキナにはよく聞えなかったようだ。 「へ?何?」 きょとんとしたまま、ミナトを見つめる。 「アキトくん達が…………死んだ、って…ッッ!!」 ミナトさんの声が、よく聞えない。 ねぇ。 今、何て言ったの…? 「そ…んな…のって…」 ユキナも驚愕の色を隠せない。 思わず、ルリを見やる。 「…すみません、ミナトさん」 虚ろなその瞳は、最早ミナトを捕らえてはいない。 「よく、聞えなかったので…もう一度言って下さいませんか?」 ざわざわと、人ごみが鬱陶しい。 手にした遺影は、どうしてこんなにも重たいのだろうか。 遺影の中の2人は微笑っているのに、どうして私は笑えないのだろうか。 あちらこちらから、批難や罵りの声が耳に入る。 「あの子、泣きもしないで」 「今まで世話して貰っていたくせに…」 「やっぱり、ヒトとしての感情なんてないのよ」 しかし、そんな声さえも今の彼女には届かない。 「んだとぉっ?!もっかい言ってみろ、テメェらッッ!!!」 ショートヘアだった髪を散切りにして、葬儀場に現れたキョーコ。 思いを断ち切ろうとした、彼女のなりの決意の表れだったのかもしれない。 あまりの台詞の数々に、怒りを隠そうともせず叫ぶ。 「いいんです、キョーコさん」 彼女の背中を引っ張って、ルリは呟く。 「いいってお前…っっ!」 「いいんです」 俯いたまま、ルリは顔を上げない。 泣いていないことは分かっていた。 けれどそれは、突然の出来事に対応出来ていないだけだということも分かっていた。 「ルリ…」 歯を食いしばり、目元を腕で擦る。 「…仕方の無いことなんて、ひとつも無いんだぜ」 言って、幼い少女を抱きしめる。 拭いた涙が、また零れてくる。 泣こうとしない少女に語りかけた言葉は、どれほどの意味をもっていたのだろう。 キョーコのぬくもりを感じながら、ルリは漠然と感じた。 あぁ、私は泣くこともできないのか。 葬儀が終わり、黒い集団の中ぽつりと残されるルリ。 銀の髪と、黄金の瞳はひときわ目立つ。 「ルリちゃん、これからどうする?」 ミナトは、まだ涙を浮かべた瞳のまま、ルリと視線を合わせる。 「ひとまずウチに…」 「ミナトさん」 その台詞を遮り、ルリは顔を上げた。 「今日は、アキトさんたちと一緒にいたいんです」 愛しい人を失った時、傍にあるのは絶望だった。 皆がいようとも構わずに、大人気無く泣きじゃくった。 遺骸にしがみついて、離れようとしなかった。 感情が爆発して、抑えが効かなかったのを憶えている。 けれど、この少女はそうする術を織らない。 ミナトは軽く頷いて、ルリを抱きしめた。 「そう…。分かったわ」 微笑んで、一層強く抱きしめる。 「ありがとうございます」 ぎこちなく、ルリも微笑んだ。 古いアパートがアキトたちの家だった。 歩くだけで軋む音が聞えそうなくらいだ。 「ただいま戻りました」 部屋は、はっきり言って3人で暮らすなんて到底無理な広さ。 元々、1人暮らしをしていたアキトのもとに、ユリカとルリが転がり込んできたのだ。 それも無理からぬ話である。 実際ルリは、ユリカに引き摺られてきたという形ではあったが。 靴を脱いで、部屋に上がる。 電気も点けずに、薄暗い空間に佇む。 そうして、畳の上に座った。 聞き慣れた声が、すぐそばで響く。 『お帰りなさい、ルリちゃん』 『お帰り』 2人は優しくルリを出迎えた。 この瞬間が好きだった。 ココに帰って来ても良いのだと、思わせてくれた。 『…何ですか、その頭は』 『えへへv可愛い?ルリちゃんもやってあげるね』 ヒトの話を聞いていない彼女に、可笑しそうにため息を吐く。 ユリカの頭は幾つものリボンで結い上げられていた。 『見て見て、アキトぉ』 逆らいきれずに、ユリカの遊びに付き合うルリ。 まんざら、厭でもなさそうだったが。 『じゃ〜ん、可愛いでしょっ?』 自慢げに、ルリを見せる。 『うん。可愛いよ、ルリちゃん。が、お前は歳を考えろ』 新聞を見ていたアキトは顔を上げて、微笑んだ。 『えぇー?何でぇ?私だって可愛いでしょっ?』 『そういう問題じゃないだろぉが』 批難じみた声を出しながら、ユリカは不服そうにアキトに食って掛かる。 一方ルリは恥ずかしそうに俯きながら礼を言った。 『あ…ありがとう、ございます』 珍しい様子が、微笑ましく思えて、アキトもユリカも嬉しそうに笑った。 「私は、あの時『いってらっしゃい』と言ったんです」 ぽつり、と呟く。 「お2人は、いつも私を迎えてくださるのに」 膝の上の手が、強く握り締められた。 「私には『おかえりなさい』も言わせてくれないんですか…?」 強く握り締めた手の甲に、大きな雫が落ちる。 ひとつ、またひとつと。 「私は、『さよなら』を言う為に、貴方がたを見送ったんじゃありません…ッッ」 嗚咽交じりの声は、誰にも届かないけれど。 1人で泣いていることを、決して他の誰も織らないけれど。 それでいい。 構わない。 弱い自分など見せたくない。 だけど。 今だけ、泣かせてください。 貴方達を想って、泣かせてください。 「…っふ…」 すぐに、微笑える私に戻りますから。 「…あ…ぁ…っっ」 体を折って、泣きじゃくる。 歳相応の少女のように、悲しみをこらえずに。 大切な誰かを失うことが、こんなにも痛いなんて知らなかった。 泣き出したことで、恐怖がじわじわと襲ってくる。 闇夜の中は、暗く、冷たくて。 尚一層、2人がいないことを思い知らされた。 決して1人ではないと織っていたけれど、1人だけ取り残された感覚が覆う。 流れる涙は温かくて、抱きしめた心は冷たかった。 そうして、時は流れた。 「艦長!今からですか?」 幼さを残した声が、背後から聞える。 「はい」 ルリは振り返った。 長く伸びた銀髪が揺らめく。 電子の妖精とはよく言ったものだ。 成長した少女は、美しく気高く微笑んだ。 「じゃあ、一緒に行きましょうよ」 ハリー達はルリの隣りに並んだ。 笑いながら、日々の戯言をぶつけ合う。 あまりにも穏やかな風景に、ルリは無意識に微笑んだ。 居場所があった。 けれど、それはある日簡単に崩れてしまった。 探していたわけではないけれど、見つけた。 あの時のように、心地良い場所。 ――――アキトさん、ユリカさん 天井のずっと上。 空がある場所を見上げて、ルリは目を閉じた。 ――――私、自分の居場所、見つけました END |
あとがき。 |
結構昔に、ノートに走り書きした漫画タイプを小説にしたもの。 るろうにに続き、これもです。 ルリちゃん好きなのですよ〜vvあの、しれっとした性格がスキv しかも、電子の妖精ですよっ!! 良い呼び名だわっ♪ |