●○好きと想うこと、好きと思うこと。○●



どうやって切り出そう。
考え出したのは、もうずっと前のことです。
自分が臆病なのは分かっています。
考えれば考えるほど、ぐるぐると思考が渦巻いて、身動き出来なくなるのです。
「ねぇ、どう思う?カルシファー」
「オイラ、ハウルの唐突さには大分慣れたと思うんだけどね。だからって、主語が無い質問には答えようが無いだろ」
暖炉の中で炎が揺らめきます。
先程の声は、どうやら竈の中からのようでした。
じっと見つめていると、目のようなものと口のようなものが浮かび上がります。
ぱちり。
カルシファーが抱き抱えている薪が爆ぜました。
「あぁ、どうして分からないんだ!僕が悩むことなんて、ひとつしかないだろう?」
いかにも哀れっぽく嘆くハウルに、カルシファーは仰々しく溜息を吐きました。
慣れたと言うのは嘘ではありません。
けれど、その度に煩わしいと思うのも本当でした。
「心当たりが多過ぎて、一体どれなんだか皆目見当も付かないよ」
眠たげに欠伸をひとつ噛み殺します。
ハウルに付き合っている暇は無いんだと、体いっぱいで表現しているようです。
むしろそのつもりです。
「カルシファー!」
腹を立てて、ハウルは暖炉に頭を突っ込みます。
黒く、美しい髪がハウルの肩からさらりと流れました。
耳元で揺れる装飾は、より一層きらきらしています。
「一体、今日は何で喧嘩しているの?」
呆れた声で、傍を通りかかった少女が2人を眺めました。
籠いっぱいの洗濯物を手にしています。
短く切り揃えられた髪は、光に透ける銀色です。
「ソフィー」
母親を見つけた子どものように、ハウルの顔はぱぁっと明るくなりました。
「ソフィー、夕飯の支度になったら起こして」
「えぇ、分かったわ」
くすくすと笑いながら、ソフィーはカルシファーにおやすみを言いました。
面白くないのはハウルです。
大切な大切な恋人が目の前にいると言うのに、
話していたのは自分ではなく、炎の悪魔です。
「僕が最初にソフィーを呼んだのに」
頬を膨らませて、後ろからぎゅっと抱きしめます。
ソフィーはほんの少し驚いたようでしたが、何とか洗濯籠は落とさずにすみました。
「はいはい、ごめんなさいね」
大きな子どものようだわ、とソフィーは思いました。
そうして、あっと声を上げます。
ハウルは後ろからソフィーを覗き込みました。
「ねぇ、ハウル。ベッドを大きく出来ないかしら?」
彼と視線を合わせ、尋ねます。
「え?」
ハウルはとても驚きました。
もしかしたら、ソフィーも同じなのかもしれない、そう思えたのです。
「…それって、君と僕が一緒に眠れるくらいの?」
「そう!」
ソフィーは嬉しそうにハウルを見上げました。
洗濯籠を持ったまま、くるりと振り返ります。
ハウルは絶対そうなのだと、疑いませんでした。
ハウルがずっと悩んでいたこと、それはソフィーのこと。
正しくは、ソフィーと自分のこと。
呪いが解けて、悪魔との契約も解かれました。
全て終わったのに、それでも、ハウルの動く城には家族がいます。
最初はハウルとカルシファーだけでした。
そこへマルクルが加わり、ソフィーが訪れ、
元・荒地の魔女のおばあちゃんとヒンが居座りました。
毎日が賑やかで楽しくて、倖せでした。
でも、何かが違うのです。
マルクル達を好きと思う気持ちと、ソフィーを好きと想う気持ちはほんの少し違うのです。
ハウルがそれに気付いた時には、もうとっくに魔法にかかっていたのでしょう。
ずっと一緒にいたい、ハウルは思いました。
だから、悩んでいたのです。
もし失敗したのなら、一緒にいられなくなることが分かっていたから、
ずっと悩んでいたのです。
ハウルが切り出せないのは、ソフィーへのプロポーズでした。
それも、ソフィーの言葉で悩みなど吹っ飛んでしまいました。
ただ、ハウルはたったひとつ忘れていたのです。



「マルクルとおばあちゃんとヒンとカルシファーも眠れるくらいの!」



「ソ、フィー…?」



ぽかんとした彼に、ソフィーは矢継ぎ早に捲くし立てました。
「皆で眠れたら、とっても素敵だと思わない?」
そう、ソフィーはとても優しいのです。
と言うよりも、鈍感なのです。
甘言や睦言よりも、『皆で楽しく』が大好きなのです。
ハウルは肩の力が抜けて行くのが分かりました。
脱力とも言います。
やっとのことで一言、口にすることが出来ました。
「…カルシファーが一緒だと燃えちゃうでしょ」
「まぁ、無理だって言うの?貴方だったら簡単でしょう?」
「簡単とか、難しいとか、そういうんじゃなくてね、ソフィー。そんな大勢だったら眠れるものも眠れないよ」
「どうして、そんな意地悪を言うの?もう良いわ、ハウルの莫迦!!」
ソフィーは洗濯籠を抱えて、外へ行ってしまいました。
莫迦と言われたショックよりも、
またもやタイミングを逃したショックの方が大きいようです。
項垂れたまま、眠っているはずのカルシファーに呼びかけました。
「カルシファー、泣いてもいいかな…」
何とも気の毒そうな視線を向け、ご自由に、とカルシファーは答えました。







END



あとがき。
ごめんなさい。
いや、色々と。彼らの日常ってこんな感じだと楽しい。

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