If....  






ふと、思ったんだ。


『もしも、あの時俺があいつらを止めることが出来ていたら』って。


未来が少しでも変わっていただろうか、と。
別に、ここにある現状に不満があるわけじゃない。
むしろ、楽しくさえ思う。
だから、『もしも』。
絶対にありえない、『もしも』。

あの時、俺が止めることが出来ていたのなら、
あいつも、あいつらも死なずに済んだんじゃなかろうか。
止めることが出来ないことを、痛いほど知っていたとしても。



『行って来い』



それが、どんなに傲慢だったとしても。
背中を押したのは、俺だから。











「金蝉」


呼び止められて、振り向く。
金糸の長い髪が、動きに合わせて揺れた。
いつになく真剣な面持ちで、観世音菩薩がそこにいた。
「どこに行くつもりだ」
静かな廊下に、低い声が響く。
男とも女とも取れる、低い声。
無言で、彼は観世音から目をそらし、進行方向へと体を戻した。
「金蝉」
名を呼ぶと、その足取りは止まる。
「お前がそうしても、もう…戻らない」
金蝉から瞳だけをそらし、そう、呟く。
静寂が、空間を支配する。
周りが闇であっても納得出来る、吸い込まれそうな静。



「知っている」



押し殺した声で、答えた。
ぎゅ、と強く握られた拳。
口惜しげな背中。
こんなにも大きな背中が、こんなにも小さく見えるものなのか。
ため息をつき、観世音は腕を組む。
止めることが出来ないなど分かっていた。
分かりきっていた。
数少ない、心通じた友人を失おうとしている。
じっとしていられるわけがない。
傍観者のままで終わりたくない。
もうすでに、自分は闘いの中に身を投じた。
チェス盤上の駒のひとつなのだ。
ただ違うのは、自分の意思で動けること。
攻めることも、護ることも、退くことも。



護られるのだけは、絶対にゴメンだ。



ふ、と観世音が笑みを浮かべる。
瞳を閉じて、ゆっくりと口を開いた。
「変わったな」
いつか言った、あの時の台詞をもう一度。
「変わったよ、お前は」
金蝉は、抑えきれずに呟いた。
「…どこがだ」
振り向き、怒鳴る。
その表情は、苦渋に満ちていた。

「あの頃の俺と、どこが変わったって言うんだよ?!」

何もやろうとしないで、ただ黙って眺めているだけ。
傍観の日々。
何かが起きても、そ知らぬフリして関わろうとはしなかった。
なのに、変わらぬ日常に飽き飽きしていて、退屈で死んでしまいそうだった。



今だってそうだ。
何もやろうとしなかったから、こんなことになった。
天蓬達を無理矢理にでも止めていれば、こんな騒ぎは起こらなかった。
あの時、情に流されずに下界へ返していれば、標的が悟空になどなりえなかった。
全ては後の祭り。
全てが終わろうとしている今、動いたところで何になる。
遅すぎたんだ。

自問自答を繰り返す。


天蓬元帥。
捲簾大将。
ナタク太子。
伸びた毒牙が次に狙うのは、異端なる存在。
禁忌の瞳を持つ子ども。
大地の愛し子。



御名を、『悟空』。





す、と上げられた腕。
金蝉の胸元を指さす。



「ソコが、だ」



疑問の表情を浮かべて、金蝉は自分を見下ろす。
「お前のソコにあるのは、以前のお前が持っていなかったもの」
穏やかに、けれど不敵に観世音は口の端を持ち上げた。
そして、と続ける。
「生きていく為に必要不可欠なモノさ」
観世音の指さしたのは、金蝉の『ココロ』。

空っぽだったソコには、今、何が詰まってる?

見開かれた瞳。
気付いていなかったのか、と観世音は苦笑する。
だが、その笑みはすぐに止まる。
真剣な面持ちへと変化した。
それを合図のように、金蝉は再び、観世音に背を向けた。
「金蝉」
その背に向かって、声をかける。




「死にに行くつもりか?」




聞こえてきたのは、嘲笑の声。
まさか、と。




「生きる為に行くんだよ」





己の、心のままに。
自分自身を、生きるために。
生き抜くために。


生き様を、貫く為に。


観世音は声を上げて笑う。
「上等」
歩み寄り、金蝉の髪を掴んで口付けをする。
金糸がその手を滑り落ちた。
名残惜しげに、観世音は手を握り締める。



拳に固めたまま、トン、とその背中を押した。









「行って来い」













観世音はそう言って、金蝉に背を向けた。
Good look、とでも言う様に、片手を上げて。

どんな結果になったとしても、ココにいるから。














自分の考えに、自嘲気味に笑う。

過去に『もしも』なんてありえない。
廻り始めた歯車を、止めることなど出来なかった。
ただの傲慢だと言われればそれまでだが、
クソ面白くもない余興が開かれようとしていても、何もしなかった。
それが、あいつらの生き様を邪魔するようで、無粋に思えたから。
他人から見れば、死へと向かう道を自ら歩もうとしていたとしても、
あいつらは死ぬ為じゃなく、生きる為に歩いていた。
未来へと思いを託して。
だから。
残る者として―――



俺は見届けることを選んだんだ。



廻り行く輪廻の中で、待っていた。
あいつらが再び地上に降り立つのを。
あいつらの魂魄が地上を選んだ。
鎖に繋がれた翼を持つ者がいる天界ではなく、翼をもがれた者がいる地上を。
あのどこまでも広がる大地の傍を。
羽根のない天使が、どこまで飛ぶことが出来るのか。
今度こそ、見届ける為に。


神であることより、ヒトであることを選んだあいつらを。


「何も出来ない神よりも、何でも出来るヒトでありたい、か」


肘を突いて、観世音は呟く。
ナタクの椅子の隣に、胡座をかいて直に座り込んだ。
蓮の花が広がる水面は、風が渡る毎に揺れる。

目を閉じて、笑う。
「ナタク、お前はどっちがイイ?」
太陽の光が水面に反射して、ナタクを照らした。
光の加減で、笑ったような気がした。
観世音はそんなナタクを見ると、す、と視線をそらす。
水面には旅を続ける三蔵一行の姿。





そこには、『もしも』ではない世界が広がっていた。










END


あと
がき

さあて。
何を良い訳しやしょうか(爆)。2時間程度で仕上げたモノデス。
観世音菩薩様メイン、金蝉殿オプション、でしょうかしら。
話の流れは、『Lost My Memory』の後の金蝉殿と観世音菩薩様バージョンです。
あっちは悟空殿の視点のつもりで書きましたから。