白銀の子供達
From.陵飛鳥さま






リゼンブールは自然豊かな土地だ。土地の大部分が丘陵に囲まれ、その草原は羊達の血肉となり上質の羊毛を造りだす。そんな土地だったが、毎年積雪は意外に多い。勿論北部などには劣るが、それでもイーストシティなどに比べたら雲泥の差だろう。

そうして今年もまた、空からの結晶が落ちてくる。

 

「エド、アル、早く!」
「ウィンリィ、あんまり急ぐと転ぶよ〜!」
「大丈夫!」
青空の下。ファー付きのブラウンのコートに身を包んだ彼女は振り返って呼び、その声に注意した鎧姿の少年、アルフォンスに元気良く答えて再び走っていく。その横を彼女の愛犬、デンが追う。そんな彼女を見て心の中で笑った弟の横で口を尖らせたのは兄―エドワードだ。
「何をあいつ、あんなはしゃいでやがるんだ…!」
「そんなこと言って兄さん、実は可愛いと思ってるだろ?」
「思ってない!!」
即効の返事と寒さだけではない耳までの赤さが肯定しているも同然だった。

いつものことながら機械鎧の不調のため兄弟が帰郷したのは二日前。彼女は新年早々深夜まで掛かって直してくれたのだが、今朝になって出発しようとしたところ、昨夜からの積雪のため列車は止まってしまっていた。元々降車する人が少ない上にこの時期は特に激減する。除雪が完了するのも明日まで掛かるだろう。

だったら雪遊びに行こう!そう提案したのは彼女だった。

半ば押し切られるようにして連れて来られた兄弟は先に行く嬉しそうな彼女の後姿を見つめる。先に口を開いたのは未だ不機嫌そうな兄だった。
「大体、あいつの荷物なのに何で俺達が持たなきゃいけないんだよ…!」
「何が入ってるんだろうね、これ?」
エドが背に背負い、アルが片手で持っているのは何やら布に包まれた四角い物体だ。それは彼の顔よりも大きく、だが見た目よりも軽い。何かと彼女に訊いても、笑って答えてくれなかったのだ。

暫く歩いて、先を行く彼女が立ち止まっていることに気付いた。彼女は振り返り、笑顔を浮かべる。
「エド、アル、ほらこっち!!」
「わーってるよ!叫ぶな!!」
悪態を吐きながらも悪意が全くない兄の返事に弟は苦笑する。兄弟は促されるまま、彼女の立っている場所までやってきた。そして。
「わあ…!」
思わずアルは感嘆の声を漏らした。
そこに広がるのはまるでパノラマのような雪原。誰の足跡もない真っ白なキャンバスの奥には地平線が見渡せる。その先に見える粉雪によって彩られた山々。そうしてその上には真っ青な空が広がり、太陽はまた雪を反射し、光を放つ。
幼い頃にここで育ち、見慣れた兄弟でも何度見ても感嘆してしまう、それはまさに空からの結晶が生んだ奇跡だった。
「よくこんなとこあったね」
「もう少し時間が経ったら子供達の遊び場になるから、なかなかここまでのものは見れないんだけどね」
「だからお前、早く行こうって騒いでたのか…!」
確かにまだ日も照りだして間もない。出発できないと知って二度寝したところを叩き起こされたことが彼の機嫌を損ねた理由の一つだったが、ここまでの景色を見ることが出来ればそれも納得がいくというものだ。
「さてと、じゃあ本題やりましょ。荷物下ろして!」
「本題?」
「何やるの?ウィンリィ」
不思議そうな二人に彼女は悪戯でも仕掛けるかのように嬉しそうに微笑んだ。包みを解く。
そこから現れたものは、何やら鉄製らしい物体。蓋のない箱をひっくり返した状態というのが一番近いだろうか。だがその四方を囲む面のうちの一面は外側に反り返っていて、底の角ばった部分は削られ、丸く整えられている。それがエドとアルの抱えた分、合わせて二つ。
「何だこれ?」
「あ、もしかしてソリ?」
「アル、正解!」
人差し指を立てて、ウィンリィは楽しそうに話し出す。
「これ最近開発された新しい素材なのよ。まだ開発段階だから機械鎧には使えないんだけど、丈夫なのにすごく軽くてね。試しに貰えたから、何かに使えないかなと思って。昔みたいにソリ遊び出来ないかなと思って作ってみたんだ」
こうして雪が積もると彼女の父親が作ってくれたソリで遊んだのもまた消えぬ思い出だ。彼女は作りながらそんな思い出に耽っていたのだろう。そうまで寂しい想いをさせていたという思いと、帰郷を楽しみにしていた気持ちを知れば彼女の遊びに付き合わざるを得ない。兄弟は目配せして微笑む。何のかんの言いながら、こうしたことを兄弟もまた楽しんでいるのだ。
「でもお前、これ二つしかないぞ?」
そこで発したエドの疑問も尤もなものだった。それは二つ。しかもエドやウィンリィなら乗れるだろうが、どう見てもアルは乗れる大きさではない。
「いいよ、僕は。二人だけで楽しんできて」
「そういう訳にも…」
「違うわよ」
兄弟の会話を遮ったのはウィンリィの台詞だった。兄弟の視線を一点に受け、彼女は得意げに胸を張る。
「それ、私とエドのじゃないもの」
「…は?」
「どういう…」
「アル、ちょっと片足上げてくれない?」
呆然とする兄弟の前でウィンリィが指示する。アルは訳が判らないながらも片足を上げると、ウィンリィはソリの一つを持ち、アルの足元に置く。ソリの真ん中には何やら金具が取り付けられていた。彼女が足を置くように言うとアルは足を下ろす。その足に金具を取り付け、もう片方の足も同じようにする。
「アル、スノーバージョンの出来上がり!」
「わあ!!」
アルは嬉しそうに雪の上を歩く。その重さも深い積雪の上ではびくともしなかった。ソリの丸みのお陰でそれは滑るように動き出す。
「すごい!滑れるよウィンリィ!」
「さすがね、アルだったらすぐに慣れると思ってたけど」
頷きご満悦の彼女は明らかに機械鎧オタクの顔だ。それにげんなりとしながら、エドは後ろでぼやく。
「それはいいとして、俺達はどうすんだ?」
「あ、そうだよ!ウィンリィ達が…!」
はしゃいでいたアルも止まり、彼女を見る。皆で遊べなければ意味がないではないか。彼らに対し、彼女は申し訳なさそうに手を合わせる。
「それがね、材料がそれしかなくて…」
「そうなの?」
「しょうがねえ。その辺の樹を錬金術で…」
そう言い掛けた彼の頭にスパナが飛ぶ。頭に瘤を作って彼は怒鳴る。
「何すんだよ!!」
「何でもかんでも錬金術に頼るんじゃない!それに樹切ったら駄目でしょ?」
彼女の正論に彼は言い返すことも出来ない。納得出来ないながらもぼやく。
「だったらどうするんだよ?」
「それなんだけどね。アルに頼みがあるんだけど」
ウィンリィはそう言って笑った。



「わあ、すごいすごい!!」
「おい!あんま騒ぐな!」
「しっかり?まっててよ、ウィンリィ!」
真っ白なキャンバスに舞い上がる雪煙。丘を高速で滑り降りるのは大きな鋼色の影―アルだ。その背中に?まってウィンリィははしゃいだ笑い声を漏らす。そんな彼女の隣には呆れたようなエドもまた、弟の腕の出っ張りを掴んでいる。アルの隣を片足機械鎧のデンが同じ速度で駆け下りていく。
彼女の提案――それは『アルの背中に乗れば三人楽しめるよね?』ということだった。アルは二の語も告げずに嬉しそうに同意し、渋っていたエドは二人に説得されて、結局二人がアルの背中に?まることになったのだ。
「お前、はしゃぐのはいいけど足!直接当たらないように気をつけろよ!!」
「判ってるわよ!エドうるさい!!」
「おまっ……!」
心配したのに即座に反論されて、彼は思わず眉間に皺を作る。
彼女は膝ほどのブーツこそ履いているものの、スカートは短く、その間から覗く足にはタイツさえ履いていない。鉄製のアルに足が触れたらそれこそ凍傷は免れない。一応心配した彼が滑る前に錬金術でコーティングはしているものの、それでも万全ではないのだ。

(ったく、意味もなく騒ぎやがって)

嬉しそうに声を上げる隣の幼馴染を見ながら、エドは呆れる。幼馴染も今年で十六になる。なのに雪遊びなんて、そんな子供じみたことでこんなに騒ぎ立てなくてもいいではないか。彼女は機械鎧に向き合っている時はまるで同い年の自分よりずっと大人びて見えることもあるのだ。なのにこんな姿は昔、故郷で遊びまわっていた頃と全く変わっていないような錯覚を起こさせる。
「ねえ、エド、アル!やっぱりこうやって皆で雪遊び出来るのって楽しいよね!」
笑顔の彼女から紡がれた言葉に、彼は茫然自失にその横顔を見つめた。『うん、そうだね!』と嬉しそうに同意した弟の言葉さえ遠くに聴こえる。

思えば母の没後は人体練成に挑戦するために、ほとんど彼女とこうして雪遊びすることはなかった。何度も繰り返しソリに乗り、雪合戦に興じたのはまだ母がいた頃――五歳頃までだっただろうか。無理矢理誘われ、遊びに行くことはあっても、ほんの一握りに過ぎないのだ。
そうして運命の――人体練成のあの日。まだ十一だった。家を焼いて決意の元旅立った自分達と同じように、彼女も決意してくれた。ずっとサポートすると。

そうして長い間、どれだけの我慢を強いてきたことだろう。雪遊びをしたい。そんな小さな願いさえ、どうして叶えてあげられなかったのだろう?

(なのにお前は、そうやって笑うんだな)

胸が騒ぐ。嬉しそうに子供のようにはしゃぐ彼女に、どうしようもない想いが身体の奥から湧き上がる。

ふと見ると、彼女は弟の身体にしがみついているものの、いつ落ちてもおかしくない状況だった。それが彼女にとってはまたスリルがあって面白いのだろうが。
彼はこっそりと彼女を見て、自身の左手を弟から離した。

(落ちたら危ないから支えるだけだ。何も意味なんてねえからな)

誰とも付かない言い訳を心中で繰り返しながら、彼女の背中の後ろを腕が通っていく。心臓が早鐘のように鳴り響き、それは雪を切る音さえも聴こえないほどに彼の耳の奥を占めていた。顔が寒さのせいだけではなく、自然と赤くなる。

そして彼女の肩に白い手袋の端が届いた、その時。
「きゃー、楽しいー!!」
「うおおっ!?」
突然方向を変えたアルに引っ張られ、彼は慌てて弟の腕の出っ張りを掴んだ。何とか持ちこたえるが元々不利な体制だったのだ。半分投げ出された格好で彼は歯を食いしばる。その直後。

ドサッ!!

聴こえてきた音にウィンリィは首を傾げる。同時にアルがスピードを緩め、停止する。彼女は後ろに跳びながら降りると、振り返る。そこに出来たシュプールと、数メートル先の穴。彼女はその光景を暫く見つめ、やがてぽつりと漏らす。
「……エド、格好悪い」
「うるせえっ!!」
穴の中から現れた彼は全身雪まみれだった。金の髪にさえ雪を絡めて、彼はそもそもこうなった原因―弟に矛先を向ける。
「アルっ、てめえ何で急に曲がるんだよ!?」
「え?だって兄さんが落ちるなんて思わないじゃないか。そんな軟じゃないでしょ?何か別のことに熱中してたなら話は別だけど」
白々しい弟の台詞にエドは絶句する。弟は確実に兄が何をしようとしていたのか気付いている。しかし、彼女のいるここで真実を話す訳にはいかないのだ。葛藤を繰り返す兄に弟は内心ニヤニヤと笑いながらも質問する。
「で、兄さん。何で落ちたの?」
「…へ?何でってその……!」
思わぬ質問に彼は動揺し、上手く言葉を紡ぐことさえ出来ない。ふと視界に入るのは弟の前にいる、不思議そうな表情でこちらを見る彼女。

あの幼馴染の肩を抱こうとしたなんて。

(言えるかぁっ!!)

戻れるなら数分前に戻ってその時の自分を撲殺したい。穴があったら即座に入りたいような感情に苛まされながらも目の前の現実の穴に入ることも出来ず、彼は怒りと恥ずかしさが綯い交ぜになった顔色を隠すように怒鳴り散らす。
「熱中なんてしてねえっ!お前が前触れもなくするからだろ!!」
「でもウィンリィは大丈夫だったよ。ねえ、ウィンリィ?」
「そうよ。自分の運動神経のなさをアルに責任転嫁するなんて女々しいわよ、エド」
「お前は黙ってろ!!」
彼の叫び声に彼女は眉を顰める。負けずに怒鳴り返す。
「何よその言い方!大体ね、あんた理不尽なことでアルを怒りすぎなのよ!落ちたのだってあんた自身のせいじゃない!」
「俺のせいじゃねえ!お前のせいだ!!」
「今度は私に責任転嫁?だからあんたはいつまで経ってもチビなのよ」
「チビ言うな!子供のお前に言われたくねえ!!」
「私の何処が子供だって言うのよ!!」

 

「おにいちゃんたちなにしてるの?」
雪の上に座り込むアルに問い掛けてくるのは五歳ほどの少年だった。周囲には何人かの子供達。雪遊びに興じるために出てきた彼らは、呆然と目の前で繰り広げられる自分達よりも随分大きな少年少女の口喧嘩を呆然と見つめている。そんな少年に、アルは優しく教えてあげた。
「覚えておきな。ああいうのは痴話喧嘩って言うんだよ」
「ちわげんか?」
「お父さんお母さんに意味を訊いてごらん」
「うん!」
少年は嬉しそうに応えて踵を返す。これで新年早々国家錬金術師の少年とその整備師が痴話喧嘩をしていたという噂はリゼンブール中に広がることだろう。それを確信しながら、アルはもう一度視線を戻す。そこで懲りもせずに言い合いを繰り返す兄と幼馴染。
あそこで素直に肩を抱いて支えたかったと一言言えば、この関係も少しは変わると思うのだが、どうやらそれも無理そうだ。
「今年も相変わらずだなあ」
呑気な呟きは当人達に聴こえることもなく、白銀の中に消えていく。



< 完 >




カンシャのキモチ。
陵飛鳥さまから頂きました寒中見舞いです。
えぇ、がっつりと遠慮なく頂きました!
思春期エドウィン〜vv
鋼カレンダーネタですよっっ。
幼馴染3人が仲良くて素敵!
ウィンリィはいつでもふたりのこと考えてて、どっちが先とか無くて、
ほんとにいい子だなぁと再認識。
いや、エド同様ややアルを構う傾向にありますが(笑)。
2人にとって可愛い弟だから仕方がないよね!
その内ほんとにきょうだいになれば良い。
アル様が爽やかに黒くて素敵です。
てか黒!黒いよアル!!(爆笑)
そしてエドが落ちた時、ウィンリィのスカートの中が見えたとか邪なこと考えてほんとすみません。
だってエドなんだもの、疑いようがないもの、私悪くない。
ほのぼの思春期エドウィンがお好きな方は是非飛鳥姉さまのサイト
『風の塒』さままでどうぞ!
ありがとうございましたー!!

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