空から墜ちた、月を喰べた。
From.飛鳥井綾子さま






それは不思議な事でもなんでもなかった。



たまたまその日はりんごが安くて、


たまたま時間があったので作る気になった。


それがたまたま あいつが来るのと重なった。


だってあいつはいつも連絡なんかして来ないんだから、
これがたまたまでなくて 何だって言うの?


───そう。

普段より【たまたま】が、重なっただけなのだ。



りんごの特売は、夕食の買い物をしてた市場で
おばさんに声をかけられた知った事だし、

カナン達とのお茶会に行ったのだって、彼女達に
「休みなんでしょ?」と強引に誘われたから。

あいつが帰ってきたのは、偶然としか言いようがない。







「あたし見ちゃった!ユアが町を
男の子と歩いてるのっ」


「うそ−!どこで!?」


きゃあきゃあと、ブロンドの少女が瞳を輝かせて
はしゃいでいる。いつの世でも、少女たちには
そういった情報には事欠かない。


女の子ばかりが集まれば、自然の流れだろう。




「駅前に新しくできたカフェあるじゃない?
ちょうど中から出て来たユアを見かけてさ。
警備員してるヴォールと手ぇ繋いでたのっ」


「うわぁ、ユアったら良い相手見つけたわね〜」


「すっごいラブラブでさ。声かけらんなかったわ」


呆れたようにひとつため息を着いた少女が、
先程から黙ったままのウィンリィをふと見つめた。



「ウィンリィは?」

「・・・え?」

ハッと我に返ったウィンリィが、手元で
いじっていたストローを指先から離す。


「だからぁ!ウィンリィは彼い・・・」


「ななな、何を言うのよカナン!別にあたしと
エドはそんなんじゃなくってね・・・!」


真っ赤なカオでブンブンと両手を振るウィンリィを、
鉄工所の娘のカナンはきょとんとして見つめた。


あれ?と、そんな友人の表情に ウィンリィは
自分が余計な事を言ったらしい事を悟る。


───案の定、カナンはにんまりと これ以上ない
満面の笑顔でウィンリィの方に身を乗り出して来た。



「あたしは、ただ単に彼いるの?って聞こうとした
だけなんだけどなぁ?・・・そっか、エドワードか!
確か、故郷が同じで昔から仲良いんだっけ?」


「ち、違・・・っ」


「うそ、エドワ−ドって錬金術師の!?」


そこに参戦して来たのは、同席していた少女達である。



「お似合いっちゃお似合いか〜。エドワードか
アルフォンスかなぁって端から見てて思ったしね。
何かさ、あんた達って自然な感じするんだよね」


「うんうん、アルフォンスも良いけど
ウィンリィにはエドワードかもね」


「だから違うんだってばぁ〜!」


「そんな真っ赤なカオして、説得力ないわよ?
ウィンリィ。もういい加減観念しなって」


「・・・ッ」


「エドワードって国家資格持ってるんでしょう?
こういうのも玉の輿って言うのかなぁ?」


さ〜?と、周りの少女達がお互いのカオを見合わせる。



「ちょ!別にあたしはあいつと結婚するなんて・・・」


「じゃあさ、将来の結婚相手って気にならない?
ウィンリィは結婚して子供生まれても、当然今の仕事
続けたいでしょ?だったら、ダンナになる人は
それに理解を示してくれる人じゃないとダメだよね」


「は?」


「エドワードなら理解あるじゃん」


「あいつって奥さん、家庭に閉じ込めるタイプかな?」


「え−、イメージつかないけど・・・意外と、
おまえは家を守ってればいいんだ!みたいな
古いタイプとか?」



この町の女の子達は、基本的に合理的で発展的な
考え方をしている。その職業柄男性の多い土地で
屈強な男に囲まれて育った彼女達は、芯が強い。

工業の町として栄え、アメストリス有数の
商業都市として栄えたラッシュバレ−という
土地ならではの生活環境なのだろう。



「アルフォンスは理解ある旦那になりそうだよね。
家事も子育ても分担してくれそうじゃない?」


「エドワードもさ、あいつって他のやつより
絶対見識広いじゃん。旦那は外、妻は家っていう
保守的な考えはしてなさそうだけど」


「わかんないわよ〜?いざ自分の事になったら。
結婚して変わるヤツだっているんだから・・・
ウィンリィも気をつけなよ−?」



「だから!エドとは何でもないって・・・」




───ウィンリィ、面白い事教えてあげる」



にんまり という擬音にそれはもうピッタリの表情が
カナンの顔に浮かんだのを、ウィンリィは確かに見た。
悲しいかな、彼女と視線ががっちりかみ合ってしまう。



ああまた振り回される・・・


そんな諦めにも似た想いが、少女をうなだれさせた。




───なんでメモなんかしちゃったんだろう。


なんであたし、引き出し開けてるわけ?



何かを期待してるわけじゃない。

背中を押してもらいたいわけじゃない。


でも、見えたものが もしちらちらと今
胸を占めている存在じゃなかったら
───・・・



そんな事ぐるぐる考えてるあたしの横には、
りんごがお皿に1つ、ぽつんとドレッサーの上に
三日月型をして 転んでる。



      

              パチン・・・





部屋の電気のスイッチを切ると、窓から月だけが見える。


紺色の空にぽっかり浮かんだ、りんごと同じ三日月型。


ウィンリィの手には、いつ買ったのか忘れたまま
引き出しにしまわれていた蝋燭と、マッチがある。

ため息を1つついてマッチに火を付けると、
部屋の中がほんのりと見えて来た。


「・・・別に、カナンが言った事 
信じたわけじゃないからね。うん」


誰に言い訳するわけでもなく、独りでに零れる声に
返事をするのは 微かな呼気に形を変える蝋燭の灯りだけ。



「えっと、それから・・・」

ドレッサーの椅子に腰をかけて、ウィンリィが蝋燭で
手元を照らした。片手に持ったメモを読むためだ。


そのまま、静かに水色のメモ用紙を置くと
その手がりんごを乗せた皿を引き寄せた。


「鏡を見ながらりんごを食べる・・・んだよね」


蝋燭の蝋蜜が熱されて、とろりと熔けてゆく。


ウィンリィはそれに急かされるように、
皿にあったりんごをぎゅっと掴んだ。


みずみずしい金色の果物の味が、口の中に広がる
───はずだ。一口でもかじっていれば。



「・・・だから、あたしはおまじないとか
別に信じてないんだってば」


一体誰に言い訳しているんだか。


この場でこのりんごを全部食べたって、
何があるわけでもないのに。


結局、りんごを食べたら蝋燭を消して 
ベッドに横になって寝るだけなんだから。



「よし。色が変わっちゃうし、さっさと食べる!」



───って)



「なんでこんな緊張してんのあたしっ」



結果なんてあるはずない。

ただ、りんごを食べるだけの事なのに
───




「ん?」


ぽうっと、鏡に映った肩越し 微かに丸い明かりが
見えた気がした。目の錯覚かと瞼をこするが、やっぱり
月明かりみたいな淡く丸い光が ふわふわと空中で
浮いているのが視界からどうしたって消えない。


途端に思い出して、ウィンリィが固まった。

───昼間の、あのシーンがザァッと蘇る。





『ね、ロマンチックでしょ?』



そう、得意顔で微笑んだカナンに・・・



『ロマンチックというか・・・むしろ
どっちかと言うとホラーみたいなんだけど』


なんて、ため息ついた自分自身を。





             ドクン・・・ドクン・・・





「そ、そうだ!電気・・・ッ」


身体が強張っていて、しなやかに動かない。


ロボットのような硬い動きで、ウィンリィが
ドレッサーの端を掴みながら 華奢な椅子から
すっかりへっぴりになった腰をあげようとした。


部屋が明るくなれば
───て。




「スイッチ、あの幽霊(?)のすぐ横−!!!」




(万事休す!!!)





「・・・誰が幽霊だ誰が」


「・・・へ?」



   

               パチン・・・
 




パッ と一気に視界が開ける。


眩しい。



「何で部屋、真っ暗にしてたんだ?
てっきり寝たかと・・・ておい!」

「へ?」

「おまえ何泣いてんだよ」


暗闇から現れたエドワードの言葉に、手を眦に
やってみると 小さな粒が指の腹に乗っていた。



「そんな怖いなら、電気つけりゃ良いだろうが」

「・・・エド?」

「おぅ」


反って来たのはやはり、エドワードの憮然とした声。




───じゃあ、さっきの幽霊もどきは・・・)



「なんだぁ。はあぁぁ・・・」

「あのな。幽霊に間違われたオレのが
ため息つきてぇんだけど。何なんだ一体」

「あはは。ごめんごめん」


ポリポリ とこめかみを掻きながら、
ウィンリィが椅子から立ち上がった。


「何やってたんだよ。電気消して、真っ暗にして」

「え?」



カツン と、指先に皿があたる。

空っぽになった、白い小さな皿。



「蝋燭まで?おまえなぁ、そんでビビってたら
世話ねぇだろが。1人で百物語でもする気かよ」


呆れたようなエドワードの声が、
頭をすっと音も無く通り抜けてく。



手元には、りんごが入ってた空っぽの皿。



『蝋燭に火を付けて、暗い部屋に入って』


目の前には、ガーフィールさんが譲ってくれた
綺麗な造りの真っ白なドレッサー。


『鏡の前に座って、りんごを食べるの』



そしたら・・・



「ウィンリィ?」



『未来のフィアンセが、鏡に映るんだって!』




「き。」

「き?」



「きゃああああ!!」




            ドタドタバタガタタン!!





「どうしたのウィンリィ!」

「ウィンリィちゃん、何事っ」


バン!と、それまで停滞していた空気が動いて
風が入ってきた。真っ赤になった頬を醒ますのに、
ちょうど良い冷たい風だ。


部屋の扉が開かれて、立て続けにアルフォンスと
師匠のガーフィ−ルが駆け付けて来た。

呆然と部屋に立ち尽くすエドワードと、その足元に
へたり込むように蹲っているウィンリィを見て 
二人がクワッと目を剥く。



「ウィンリィ大丈夫!?兄さんに何かされたの!?」

「まあ!エドワード君ったらケダモノなんだからっ」

「無理矢理だなんて、男として最低なんだよ!?」


タッグを組んで無敵な2人の剣幕に、
口を挟む隙を見つけられないエドワードが
グヌヌ・・・と唸っている。



反論したい。


それはもう、心の底からきっちりと。


別段、やましい事なんてエドワードとしては
これっぽっちも身に覚えがないのだから。


ただ、ウィンリィがまた無理をして徹夜していないか
休む前に一度、様子を見ておこうと思っただけで。

だから反論したいのは山々なのだが
───


弟を包む温度のない鋼鉄よりも遥かに冷淡な
アルフォンスの視線が 恐ろしいのである。

ウィンリィはウィンリィで、アワアワしていて
誤解を解く援護は全く頼めそうにないし。



「「責任、取りな(さい)よ?」」




もし今、剥いたりんごの皮を投げたら
───・・・



ふわふわの縁取りをしたイニシャルが、

空からルビ−のような赤を添えて落ちてくるかもしれない。                        



                    

                        <終わり>




カンシャのキモチ。
いつもお世話になっている飛鳥井綾子さまから頂きました。
まっ先に、エドったら夜中にほんとに何しに来たのって浮かびましたごめん。
どきどきしたり、ワケもなく嬉しかったり、妙に腹立たしかったりって思春期エドウィンの醍醐味!
いえー!責任取らせろー!(笑)
そして、あわあわしてるウィンリィがドツボにはまりそうなくらい超絶可愛いんですけど!
しかもおまじないとか可愛いなぁもう。
おまじないの内容見た瞬間『寝る前に食べたら太るぜ』とか考えた時点でアウトだ、エドと同列だよ絶望した!
胸キュンエドウィンが拝みたい方は
『箱庭のお茶会』さまにれっつらごー!
ありがとうございました!!

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