Once
いつまでも てをつないで いられるようなきがしていた
なにもかもがきらめいて がむしゃらにゆめをおいかけた
きみがいなくなることを はじめてこわいとおもった
ひとをあいするということに きがついたいつかのメリークリスマス
ぽつり、ぽつりと夜の街に灯りが燈っていく。
それぞれの家のドアにはリースが飾られていた。
幻想的に、橙色のランプの灯が夕闇に浮かび上がる。
悟能は走りながら、目的地を目指した。
「すみません、待ってください!」
『OPEN』の看板が『CLOSE』に裏返されようとしている寸前、
彼はその店に駆け込んだ。
「あぁ、いいよ。何か急ぎなのかい?」
「ありがとうございます」
息を切らしながら、悟能は礼を言う。
店の主人は快く、ドアを開き店に入れてくれた。
中では、オルゴールだろうか、何かの音色が聞こえてくる。
「何が欲しいんだい?」
レジスタの机に寄りかかりながら、
主人は煙管に火をつける。
「あの椅子が欲しいんですけど」
悟能が指さした先にあるのはひとつの椅子。
アンティークな作りで、細かい細工が施してある。
繋がった一本の線で出来ているかと思えば、
彼方此方に伸びていて、どこかで違う線が交わっている。
でもやはり、それは同じ線で違う線にも見えた。
「あぁ。お前さん、この前来ていたお客さんだね」
その椅子を見て、主人は思い出したように口を開いた。
さほど大きくないこの町。
一度来ただけでも、店の主人が客を覚えているなど良くあることだ。
「綺麗な人と来ていただろう?」
『ねぇ、悟能。あの椅子いいなあ』
花喃は、店にある一つの椅子を指さす。
『え?どれ?』
どれを指されたか分からず、
悟能は持っていた紅茶の缶を持ちながら視線を向けた。
『ほら、あれ』
もう、と花喃は軽く頬を膨らませ、先程より強く指さす。
『そうかな』
『悟能!こういうときは、そうだね、って返すのが普通でしょっ!!』
自分の感覚と違う彼女に、悟能は正直な返事を返したが、
どうやら失敗だったようだ。
一応、笑いながら謝った。
「奥さんかい?」
「え?」
唐突な言葉に、悟能は思わず聞き返してしまう。
普通ならば、顔を紅くして戸惑ったりしてしまうのだろうが、
悟能は違った。
少し悲しそうな顔をして、にこりと笑った。
なんと言えばいいのだろう。
『恋人』でもある。
だが。
『双子の姉』でもある。
その事実を、店の主人が知るはずもなく。
知っているはずがないのに、どうしても悟能はそれを咎められている気がした。
それは、罪の意識。
逃げることの出来ない、戒めの鎖。
逃れることなど許されない、血脈。
誰が予想などしただろう。
禁忌の恋が生まれることを。
変える事の出来ない、この真実を。
いつか、報われる日が来ると信じて。
いつか、罰が与えられる日が来ると信じて。
そうして。
いつか、そんな日が来ることを心のどこかで望んでいた。
同じくらい。
いつか、喜びも悲しみも全て、許される日が来るといいと望んでいた。
「彼女は」
握る拳の力が強くなる。
「僕の」
自嘲気味に歪められた唇。
「恋人です」
決して許されるはずのない。
愛する、ヒト。
「そうかい」
主人はヒトの良さそうな笑みを浮かべて頷いた。
ずきり、と胸が痛んだ。
知らず知らずのうちに、悟能は笑っていた。
見ていて痛々しいほどの、儚い微笑み。
誰も気付くはずがない、小さな感情のカケラだったけれど。
雪がちらつき始めた帰り道。
悟能は歩みを少しだけ速めた。
先ほど買った椅子を大事そうに抱えて、思わず微笑む。
花喃はどんな顔をするだろうか。
嬉しそうな顔をする?
驚いた顔をする?
それとも、無駄遣いだって怒るかな?
考えただけで、倖せな気持ちが溢れてくる。
今は、
今だけは、
この身に流れる血を忘れても構いませんか?
我らを創り給うた、万能で無能な『神』よ。
罪深き我らを、ほんのひととき見逃してください。
ただいま、そう言うと中からドアが開かれる。
ふわり、と夕食の良い香りが漂ってくる。
「お帰りなさい、悟能」
柔らかく笑う花喃を、今すぐに抱きしめたい衝動にかられる。
「なあに、その大荷物」
驚いた表情をしているのに、どこか呆れたような表情。
「いいわ、早く中に入って。寒かったでしょう?」
「雪も降ってきたよ」
「本当?じゃあ、ホワイトクリスマスね」
彼女は楽しそうに振り返り、エプロンで手を拭く。
ソファに腰掛けているように伝え、自分は忙しそうにキッチンへと戻ろうとした。
「花喃」
「何?」
そんな彼女に呼びかけ、持っていたものを床に下ろす。
「開けてみて」
微笑んで、彼女の手を引いた。
「今?」
不思議そうに首を傾げたが、言われるがままにしゅるりとリボンを解く。
瞬間。
彼女からこぼれた微笑み。
「悟能、これ!」
「プレゼントだよ」
悟能は優しく、花喃を抱きしめた。
何も言わず、彼女は悟能の背中に腕を回す。
静かに目を閉じる。
「ありがとう」
嬉しかった。
自分の欲しがったものを覚えていてくれたこと。
自分を喜ばせようとしたことが、何よりも分かったこと。
彼の優しい笑みも、抱擁も、何もかも。
彼の背中に回されていた手が、悟能の手を掴む。
「花喃?」
両手で悟能の手を包むと、淡く微笑んだ。
「ずっと、こうしていられるといいね」
ぽつり、と温かい涙がこぼれた。
「こうやって、手をつないでいられるといいね」
少女のような仕草が、愛しくて、
悟能は彼女を抱きしめていた腕の力を強めた。
壊れてしまいそうな、
消えてしまいそうな、
そんな儚い存在である彼女を。
本当は、希薄な存在であるのは自分だったのかもしれないけれど。
「そうだね」
微笑んで、彼女の瞼にキスを落とす。
そうして、導かれるように重ねられる唇。
窓の外の雪は、降り止むことを知らないのか、
ふわり、ふわりと舞っていた。
「離れることなんて、ないよ」
食卓に飾られたキャンドルの灯が、紅く揺らめく。
何故だか分からないけれど。
そう言った後、悟能は涙が流れた。
まるで。
これから起こることを予見したかの如く。
温かい涙の訳は、今でもわからない。
閉じられていた双眸が開かれる。
八戒は空を見上げた。
「雪、ですか」
頬に触れた、冷たい感覚。
腰掛けていたベンチにも、舞い降りる、羽根と見紛うもの。
小さな結晶は、触れてしまうとすぐに水へと戻る。
クスリと笑うと、八戒は大量な荷物を眺めた。
中のものは殆ど食料のようだ。
「悟空、育ち盛りですからねえ」
誰にともなく呟く。
足りるだろうかと、思わず真剣に考え込む。
ふと、誰かの影が通り過ぎる。
何気なく顔を上げると、その誰かは家路を急いでいるように見えた。
どことなく倖せそうに見えるのは気のせいだろうか。
ただ、あの頃の自分がそこに見えた気がした。
倖せそうにプレゼントを抱えて。
「……」
その後姿を見送って、八戒は持っていた時計を見た。
だが、すぐにそれをしまいこむ。
「これは、壊れていたんだっけ」
しまいこまれたのは、ヒビの入った懐中時計。
もう時を刻むことのない、永遠の時間を閉じ込めた呪物。
顔を上げて、大広場にある時計を見上げる。
時間はすでに4時を回っている。
ベンチから立ち上がり、荷物を抱えた。
「急いで帰らないと、間に合いません」
雪がちらつき始めた帰り道。
八戒は歩みを少しだけ速めた。
『帰る場所』のドアを開いても、もう夕食の香りなんてしないけれど。
それでも。
どこか心地よい『帰る場所』が、ここにある。
だから、何度でも言える。
「ただいま帰りました」
クリスマスツリーの飾り付けを地道にやっている悟浄に、
後ろから声をかけて、帰りを告げる。
「おぉ、おかえり。ゴクローサマ」
クリスマスキャンドルの灯が、紅く揺らめた。
今更だけど。
あの時の僕は、君がいなくなることが何よりも怖かった。
抱きしめていたあの体が、するりとすり抜けてしまう気がして。
でもそれは、人を愛するということで。
改めて、君を愛しているということに気がついたんだ。
忙しそうに夕食の支度をするのは、八戒の役割で。
でも、そんな自分が嫌いではなかった。
名前を呼んでくれる仲間がいて。
おかえりと言ってくれる人がいて。
ここに自分がいることを確かめることが出来たんだ。
いつまでも てをつないで いられるようなきがしていた
なにもかもがきらめいて がむしゃらにゆめをおいかけた
よろこびも かなしみも ぜんぶ わかちあうひがくること
おもって ほほえみあっている いろあせたいつかのメリークリスマス
END
あとがき。 |
分かってます!分かってますとも!! どれだけ季節はずれだか!! 分かってますが、書きたい衝動にかられてしまったのです。 えらく懐かしい曲ですが。 B'zの『いつかのメリークリスマス』ですね。 モチーフも何も、こんな悟能殿が思い浮かびました。 |