ハロウィンの夜、貴方がくれたものは今もここに残ってる   


ころんと転がったキャンディに、遠い貴方を思い出す。
月の綺麗な夜だった。





ジャコランの悪戯





心無し、街が賑やかしいのを感じる。
浮き足立っているのか、そこらの店から軽快なメロディが漏れ出していた。
同じくらいの歳の子どもが、少年の脇を走り抜けて行く。
ぼんやりとそれを見送っていると、店先に重ねられているジャコランタンが目に入った。
そうしてようやっと、少年は街の喧騒の理由を織る。
「今日はハロウィンなんだね、マナ」
隣を歩いていた男を見上げて、少年は呼びかけた。
「そうだよ、アレン」
旅をしていると、日付の感覚が無くなりがちだが、
マナがそれを忘れることは無かった。
勿論、アレンと出会った日のことも決して忘れることは無い。
毎年、ほんの少しだけいつもと違うささやかな料理を食べて、
寄り添うように一緒に眠る。
この日だけはマナが、
いつもなら時々しか聞かせてくれない異国の物語を眠るまで聞かせてくれた。
アレンはマナのそんなところが好きだった。
吐く息が白い。
冬将軍は、もうそこまで来ている。
薄闇が、ゆっくりと街を覆い始めた。
今日の仕事はこれからだ。
旅芸人などやっていても、このようなお祭り騒ぎには引く手数多。
稼げるときに稼いでおかないと、彼らが生活していくには厳しい。
時折すれ違うウィッチやヴァンパイアにくすりと笑みを漏らす。
安宿に荷物を置くと、マナとアレンは依頼された場所へと足を向けた。
「アレン、お前も行って来ると良い」
ピエロの衣装に袖を通していたアレンは、ぱちくりと瞬きを繰り返す。
滑稽なメイクに、後は紅い大きな鼻をくっつければ出来上がりだ。
ぽす、と帽子を被せてくれたマナを見上げる。
「何言ってるの、マナ。今からお仕事なんだよ?」
小首を傾げて苦笑するアレンに、マナは分かっているよとばかりに頷く。
しっかりと手袋に包まれた左手をそっと両手で包んだ。
びくり、とアレンは身を引く。
手袋の中は、血の色にも似た紅い手。
十字架が埋め込まれた、醜い腕。
アレンが捨てられた理由。
「アレン、今日は街中怪物だらけだ」
マナは優しくアレンを抱き締めた。
小さな身体は、すっぽりとマナの腕に収まってしまう。
「お前はいつか、自分を化け物だと言ったね」
「…うん」
「お前は化け物じゃないのだと、私は酷く怒ったね」
「うん」
忘れるものか。
絶対に忘れるものか、とアレンは胸中で呟く。
マナが初めてだった。
アレンを想い、涙を流してくれたのも。
アレンの為に、怒りを露わにしてくれたのも。
畏怖や恐怖をぶつけられ、罵られたことはあっても、
少年の為に腹を立ててくれた者など無かった。
だけど、とマナは囁く。


「だけど今日だけは、お前が自分を化け物だと思うことを許そう」


ぽんぽんと背中を撫でられた。
あたたかいぬくもり。
溢れそうになる涙を、アレンはぐっと堪えた。
確かに甘い菓子は魅力的だ。
お世辞にも良い暮らしをしているとは言えない生活の中で、
菓子を口に出来るのは半年に数回あるか無いか、
運が良ければ数ヶ月に1回程度。
それで、良い。
「今の僕はピエロだよ。ほらマナ、行こう。お客さんが待ってるよ」
泣きそうになった顔を無理矢理に笑顔にして、アレンはマナの手を引いた。
夜の街は賑やかで、橙色の灯りがそこかしこに溢れ返る。
どこか家の扉の前でTrick or treat!と聞こえれば、
優しい笑顔と菓子が姿を見せた。
ジャコランタンが、通りかかるアレンに手を振る。
ひょいっと大きなボールに飛び乗って、
同じくピエロの扮装をしたマナからピンと小さなボールを受け取り、
1つの輪を描くようにして投げては受け取る。
逆立ちしたままフラフープを足に引っ掛け、
それでボールとピンを弾いてマナへと返す。
全て返されれば今度は片足立ち。
マナの周りをくるりと1周しながら、彼と交互にボールとピンを受け取り、投げる。
空中で1回転して、飛んでいたものを全て集めて玉の上へと着地する。
空へと向かって放り投げれば、それらはキャンディへと姿を変えた。
わぁ、と周りから歓声が上がる。
ゆっくりと丁寧にお辞儀をすると、コインや紙幣が飛んできた。
子ども達が2人を囲んで、これをやって、あれをやってとせがむ。
2人は笑って顔を見合わせた。


夜は、更けていく。


深夜の12時を回ろうかと言う時間、漸く仕事が終わり、宿へと戻る。
街の喧騒はまだあちらこちらで燻っているが、
そろそろ寝静まることだろう。
扉を開けて中へ入る。
ランプに火を灯して、マナは振り返った。
「アレン?」
部屋に入ろうとしないアレンを不思議そうに見やる。
帰りに、見知らぬヒトがくれたジャコランタンを抱えた少年は、俯いたまま顔を上げようとはしない。
もう1度名を呼ぼうとしたとき、アレンはジャコランタンをすぽりと頭に被せた。


「…僕は化け物だけど、ハロウィンが過ぎても帰れないから」


ハロウィンは、魂の還る日。


「僕の帰る場所は、マナの所だけだから」


彷徨う魂は、引き寄せられるようにぬくもりを求める。


「マナ、お菓子なんて要らない」


何も要らない。


「マナが居ればそれで良い」


甘い菓子にも、楽しそうな喧騒にも、縁など無くて構わない。
マナに出会わなければ、そのようなものを目にすることすら無かったのだから。
叶わぬ夢を、夢とすら思わなかったのだから。
「莫迦だね、アレン」
マナは床に膝を付いて表情の見えないアレンへと口を開く。
「他の子ども達は何て言っていた?」
こん、とジャコランタンの額を小突く。


「Trick or treatって言ってご覧」


マナはアレンの被ったジャコランタンをそっと持ち上げた。


「Trick...or...tre..at...」


か細い声で、アレンは紡ぐ。
堪え切れなかった涙が、ぼろぼろと頬を伝った。
「よく出来ました」
頭を撫でられ、手のひらに何か小さなものが載せられる。
涙で滲んでよく見えないが、色鮮やかな包み紙からは甘いオレンジの香りがした。
「キャンディ2つで申し訳無いけれど」
そう言って、マナは苦笑する。
菓子を買う余裕など無いのは百も承知だ。
たった2つのキャンディ。
アレンは胸がいっぱいになって、言葉に出来ない。
勢い良く左右に首を振った。
手の甲でごしごしと涙を拭う。
「さぁ、ハロウィンは終わりだ」
帰っておいで、とマナはアレンへと腕を広げる。
彼の傍に置かれたジャコランタンが足にぶつかり、ことん、と転がった。
父の腕に飛び込み、アレンはぎゅうっとしがみ付く。
そんな少年の様子に微笑み、マナもまたアレンを抱き締めた。


「お帰り、アレン」
「…ただいま、マナ」


ハロウィンが終わる。
役目を終えた灯りがひとつ、またひとつと姿を消して行く。
夜空の星々は、それらを見送るように一層強く瞬いた。



end





あとがき。


ハロウィンSS。
マナとアレンが書きたかったんです。
マナはアレンに甘いと良いよ。
親ばかだと良いよ。



ブラウザの戻るでお戻り下さい