Cross |
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ヒトは誰しも十字架を背負って生きているモノ。 けれど、このカラダに流れる罪深い血の繋がりは、 どれほどのものを以ってしても、癒されることなど許されようはずもない。 蒸し暑い日差し。 ジリジリと照りつける太陽を睨みながら、ケインとミリィは木陰へと避難した。 早めに仕事を終え、ホテルへ戻る途中だった。 ベンチへと腰掛け、ミリィは手で首元を煽ぐ。 「私、思うんだけど」 「何をだ」 暑さにダウンして、ケインも肩で息をしている。 「そのマント、絶対…」 彼は、その言葉を視線だけで遮った。 毎度毎度、慣れたとも言える掛け合いは、すでに意味を成していない気がする。 「だって、見てる方も暑苦しいのよぉ?」 「何と言われようと、絶対に取らんからな」 「ハイハイ」 投げやりに返事をして、ふと、目の前の建物を見上げた。 高い塔のような造りの頂には、大きな十字架が掲げられている。 その少し下には、鐘が吊り下げられていた。 改めてしげしげと見やれば、真っ白な教会だった。 「うわー。今時、こんな建物残ってるんだ」 言われて、ケインも見上げる。 「あぁ」 持っていた書類で煽ぎながら、彼は納得したように頷く。 「この惑星は、16世紀くらいの地球のヨーロッパ近辺を模して造られているからな」 言われてみれば、街灯はアンティークのような細工がしてあったし、 足元もモザイクがかった煉瓦の造り。 石造りの、しかも赤みがかった煉瓦を幾重にも重ねて造られた家々。 河には船が行き来している。 塀の上では、猫が退屈そうに欠伸をしていた。 まるで、幼い頃読みふけった、グリム童話の世界のようだった。 「素敵ね」 「そうか?」 感心したように呟くミリィに、ケインは素っ気無く返事する。 そんな彼に、腹を立ててミリィはそっぽを向いた。 「もぅ、乙女心が分かんない奴ねっ!」 もう一度、真っ白に彩られたチャペルを見上げて、ため息を吐く。 ―――昔は、こんなトコロで結婚したいなんて夢見たものだけれど おもむろにケインが立ち上がる。 きょとんとして見上げた。 「何か飲み物買ってくる。何がイイ?」 「ミルクティー」 「OK」 彼の荷物を預かり、そのまま木陰で背中を見送る。 ざぁ、と涼しい風が通り過ぎた。 大きなため息を吐き、背もたれに寄りかかる。 ―――何も織らないままでいられたら良かったのに 過ぎ去った過去を、今でも引き摺っているわけではない。 ただ、時々ふと思うのだ。 自分の祖父、アルバート=ヴァン=スターゲイザーが行った所業を。 大事な者を奪われた者たちにすれば、血の繋がった者でさえ、憎しみの対象になる。 自分が、そうであったように。 何よりも、誰よりも、自分の血を呪ったように。 死んでしまおうと思ったことが、無いわけではなかった。 何もかも投げ出して、逃げ出して、そうして死んでしまおうと思ったことが。 それを誰かに言ったこともないし、言おうとも思わなかった。 同情はいらない。 哀れみもいらない。 共感してほしいとも思わない。 ならば、誰にも織られずに、心の中に押し込めるのが得策だと考えた。 優しい彼らに織られて、悲しませる真似は絶対にしたくなかった。 「私には、あの教会で花嫁になる資格なんて…ないよね」 ぽつり、と呟く。 真っ白な壁も、何もかもが眩しく思えた。 心の奥に、深々と刺さった十字架が抜けることなどありえるのだろうか。 塔の天辺に掲げられた十字架は、 祝福される者たちの罪咎を引き受けるためのモノなのかもしれない。 もし、そうだとしても、自分の罪咎は決して他の何かに背負えるほど、 軽いモノだとは思っていなかった。 途端、ひんやりとしたものが頬に当てられる。 「きゃ…!」 「何、ボーっとしてんだ」 笑いながら、ケインは缶をミリィに手渡す。 むぅとして飲み物を受け取った。 「考え事してたのよ」 指をひっかけて栓を立てる。 プシュ、と圧縮された空気が外へ飛び出した。 「ふぅん?」 ケインは一気に飲み干すように、冷たい液体を喉へと流し込む。 光を反射している、真っ白な建物を眺めて、彼は冗談交じりに尋ねた。 「お前も、あんなところで結婚式挙げたいとか思ったりするんだ?」 ミリィは、飲んでいた缶から口元を離し、曖昧に笑う。 「うん…そう、ね」 もし、許されるのならば、だけれども。 「ミリィ?」 不意に押し黙った彼女を、怪訝げに眺める。 もう一度、名前を呼ぶ。 「ミリィ?」 ば、と顔を上げて、彼女は笑う。 「ダメダメ!やっぱり、ムリだわっ」 きゃらきゃらと笑う目の前の少女は、どこから見ても不自然だ。 振られている手を掴んで、無理矢理コチラを向かせる。 そうすると、笑みは一瞬で消え去った。 残ったのは、不安げな瞳と、震える肩。 「ミリィ?」 うっすらと揺れる瞳は、今にも泣き出しそうで。 「だって、ムリだよ…」 「何がムリなんだ?」 力なく、うなだれる頭。 掴んだ腕から伝わる震え。 「私には…相応しくない…」 やっと搾り出すように紡がれた言葉に、ケインは首を傾げた。 「何を言って…?」 彼の手を振り払い、立ち上がる。 「私の十字架は、消えないもの」 震える声で、彼女は言う。 辺りにヒトがいないのが幸いした。 2人を不審に思う者もいない。 「この血で、一体何を贖えばいいのか分からない」 悔しげに、固められる拳に力が入る。 強く握りすぎたのか、つ、と一筋の血が流れた。 「あの真っ白なチャペルは、私には眩しすぎる」 傷付いたその手を差し出して、ミリィは嘲笑った。 「私に相応しいのは、罪咎の『紅』だわ」 しばらく黙って、彼女の台詞を聞いていたケイン。 差し出された手を取って、傷口を舐めた。 「ケイン?」 「十字架はヒトを戒めるものじゃない」 持っていたハンカチで、くるりと傷口を巻いた。 器用に応急処置をすると、両手でミリィの手を包み込む。 「ヒトの惑わされてしまいそうな『心』を戒めるものなんだ」 彼に取られた手を、じっと眺めた。 敵わないと思うのは、こういうトキ。 「そっちに行ってはいけないよ、って教える警告みたいなもの」 手を見つめられているのに気付き、そ、と放す。 「じゃあ、どうして私の中にはこんなにも重い十字架が刺さっているの?」 ミリィは、苦痛に顔を歪めて呟いた。 「お前が、そうあらなければならないと思っているからだよ」 彼女は目を見開く。 思わず、顔を上げた。 「私、は…」 今まで、分かっていて、けれど認めようとはしない想い。 ソレを言い当てられた気がした。 「そろそろ、許してもいいんじゃないか?」 優しく、柔らかく微笑む彼に、ミリィは息を呑む。 ―――誰が、誰を…? 軽く首を振ると、目頭が熱くなるのを感じた。 ―――違うわね 温かいものが、ずっと張り詰めていたものが、関を切って溢れ出す。 ―――『私が、私を許すトキ』を赦さなければならないんだわ 突然泣き出したミリィに、うろたえることもせずに、ケインは優しく抱きしめた。 「独りで背負うのは、もう終わりにしよう?」 宥めるように、背中を撫でる。 「ミリィ」 耳元で囁く。 「いつか…いつかでいいから」 「…何?」 涙を拭いながら、ミリィは彼を見上げた。 「あんな真っ白な教会で結婚式を挙げよう」 深く蒼い空に浮かび上がるような、真っ白な建物。 「真っ白なウエディングドレスが、きっと似合うから」 さぁ、と穏やかな風が流れる。 「そう、ね」 ケインの腕に、身を任せて頷いた。 「それも、いいかもね」 いつか。 いつかの、遠くて近い未来を思い描いて。 END |
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あとがき |
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久しぶりに書いたら、コレか―――!! どこまでシリアスぶっ通せば気が済むんじゃい。 十字架なんて、別に象徴なだけだとは思うんですけどねぇ。 |