Keep It To Yourself
今まで、遊んでいた悟空がふと顔を上げた。
僧侶達は、悟空の動作で彼の帰りを知る。
―――やっと、お帰りになった
それは、安堵と共に不安も伴ったものだった。
彼と悟空が揃えば、怒鳴り声の響かぬ日がなかった試しがない。
それでも、悟空は彼の元へ飛んで行くのだ。
何故?
そう思わずにはいられない者が少なくはなかった。
表門の入り口を過ぎた辺りに彼はいた。
その容姿は勿論、周りの雰囲気も神々しい。
歩くたびに光を帯びる黄金の髪。
これで黙ってさえいれば、
寺の者達が言う、『徳の高い僧』に見えるのだろう。
しかし、本人にはそんな事など関係なかった。
"三蔵"の名がどんなものかは知っている。
彼らが、どんな目で自分を見ているかも知っていた。
その所為で自分が自分でなくなる事などない現実も。
自分を敬おうとする者達が、滑稽で仕方がなかった。
寺にいる僧は、殆どが自分よりも年上で、自分よりも
多くの知識、経験を持っている。
それにも関わらず、自分を上にあげようとする。
誰かと比べる事などないが、もし、そう考えると馬鹿馬鹿しい。
いや、考える事自体が馬鹿馬鹿しいのか。
「さんぞお――――ッッ!!」
元気いっぱいに三蔵に向かって走ってくる人影を、彼は
横に寄る事で回避した。
勢い余って、側の茂みに飛び込む。
周りの僧が、三蔵の御身を心配し慌てていた。
お構いなしの悟空は三蔵に非難の声を浴びせる。
「何で避けるんだよっ」
抱きつく気はなかったが、タックルを食らわせる気は充分にあった様だ。
「寄ってくるな、暑苦しい」
三蔵は、彼を見下ろした。
悟空が立ち上がろうと手を付いたその瞬間。
「・・・・」
「?」
黙って座り込む彼を一瞥すると、いつもと違う様子なのに気付く。
(まさか、あれくらいで傷付いたとか言うんじゃねーだろうな)
不思議に思って、彼は悟空の名前を呼ぶ。
「悟空?」
「・・・手首」
「あ?」
「ひねったみてえ」
突っ込んだ時にでも、変な手のつき方をしたのだろう。
右の手首が少し赤く腫れ上がっていた。
三蔵は、苛つきながら髪をかきあげた。
「〜たくッッ!!」
ご丁寧に舌打ち付きで。
「こっち来い、バカ猿!」
悟空は、三蔵に左手を引っ張られた拍子に立ち上がった。
(あ、そっか。左手使って立てば良かったんだ)
彼につかまれたままの左手が目に入った。
(ま、いっか)
大人と同じに成長した手。
自分とは違う大きな手。
あの時、差しのべてくれた救いの手。
悟空は自分の右手を見つめてみた。
痛くて上手く動かす事は出来ないが、握って開いてみる。
俺にも、誰かの為にこの手を使う事が出来るかな。
三蔵みたいに、誰かを救う事が出来るのかな。
しかし、三蔵に悟空を救ったという観念はないだろう。
師匠を失ったあの瞬間、誰も救う事など出来ないと痛感した。
もっとも、それは本人のみの思い込みに過ぎない。
現に、今ここに彼に救われている者がいるのだから。
葉が悟空の髪や服に沢山ついている。
悟空はそれを吹いたり、頭を振ったりして落としながら三蔵の後に続いた。
つまり、廊下は葉だらけと言う事だが。
ドン!
目の前に置かれた救急箱に悟空は目を見張った。
「これ・・・」
「食い物にでも見えるのか、お前は」
冷たく言い放つ三蔵に、彼は反論した。
「救急箱だろ、それくらい知ってるよ!苦い薬とか、甘い薬とか入ってるヤツ!!」
「・・・結局、味覚だけかよ」
うんざりと、ため息をつきその箱のふたを開く。
「手、だせ」
チョイと指を引いただけで、手を出すように促した。
悟空は言われるがままに手を差し出す。
「え、何?三蔵が手当てしてくれんの?」
驚いた声を出す悟空を、三蔵は睨み付ける。
見た限り、嫌そうなのは明白だ。
誰が好き好んでこんな事をやるか、そう態度が言っているようだった。
「文句があるなら自分でやるか?」
ブンブンと首を振り、悟空はおとなしく手を三蔵のそばに固定する。
慣れた手つきで、悟空の手首に湿布を貼り、その周りを包帯で巻いていく。
彼の幼い頃は、自分で手当てしなければ誰もやってはくれない。
光明三蔵に頼めば、彼にいらぬ心配をかけてしまう。
朱泱に頼むのも、何だか気恥ずかしい。
他の僧に、頼むなどこちらが御免だ。
結局自分でやるしかなかった。
泱
「お前を拾ってきたのは俺だからな。俺が飼育せにゃならんようだ」
「飼育って何だよ!!」
思わず突っ込みを入れたが、手を捕まれている所為で上手く動く事が出来ない。
「動くな」
悟空の手首を持っている手の力を少し強める。
「い゛ッ!!」
悟空とて、好きで三蔵に手当てしてもらっている訳ではない。
自分でやるとしても、どれだけ不器用かは知っている。
寺の僧に頼むなど、死ぬほど嫌だ。
だったら、三蔵にやってもらうほかない。
くすぐったくもある。
いつもは厳しい三蔵が、こうして手当てしてくれているのだから。
「・・・・何、ニヤけてるんだ」
「へ?」
知らず知らずのうちに、顔が笑っている。
それを不愉快に感じた様だ。
頬を、左手で抑えた。
「俺、笑ってた?」
「・・・『笑っている』が正しいな」
現在進行形だ。
呆れている三蔵を尻目に、人なつっこい笑顔を浮かべる悟空。
「へへっ」
「ほらよ」
包帯をとめて、悟空の手を解放する。
悟空は、その手首をじぃっと見つめた。
綺麗に巻いてあるのにも、驚いた様だ。
「上手いんだな、三蔵」
「こんなもん、上手くったって何にもならねーだろ」
救急箱に余った包帯を巻き直して片付ける。
湿布は小さく切ったので、余りを元の袋に戻した。
テキパキと片付ける様子を、無言で眺めている。
「だいたい、お前はそんなに不器用なのに怪我した時はどうしていたんだ」
「ん〜、誰かがやってくれたんだけど・・・。覚えてねーや」
本気で悩んでいるらしく、頭を抱え込んでうなっている。
(そういや、記憶がないとか言っていたな)
思い出したように、その事実に気付く。
ペシッと、悟空の頭を三蔵ははじくように叩いて行く。
「・・・悪ぃ」
「へ?何が?」
心底意外そうな顔を見せる悟空。
悟空から離れ、三蔵は扉に向かって歩き出した。
「お前の少ないノーミソでアレコレ考えさせたからな」
「〜ッ!」
反論しようとしても、言葉が出てこない。
ふと、出て行こうとしている彼を見て、悟空が問い掛ける。
「あれ、どこ行くんだよ?三蔵」
「報告に行かなきゃならねーんだよ」
あ、そっか、と悟空は気付いた様に手を打つ。
が、三蔵はその後に付け加えた。
「報告に行った後、また出る。今日は帰らない」
「え〜ッ!何でだよっ、遊んでくれてもいーじゃんっ!!」
「誰が遊ぶか!俺だって、好きで行くんじゃねえんだよ」
しょぼんと、落ち込む悟空を見て一つため息をつく。
「何も、ここにずっといる事はないだろう。八戒達のところにでも行けばいい」
もしかすると、八戒しかいないかもしれないが。
「・・・いいの?」
呆けた顔をした悟空に、素っ気無く返事をする。
「勝手にしろ」
「やっりぃ♪」
いそいそとリュックに荷物を詰め始める。
入れているのは、殆どおやつ類の様だ。
その様子を確かめると、三蔵は静かに扉を開けて部屋を出た。
(落ち込んだり、喜んだり、まるで百面相だな)
三蔵は、悟空を内心でそう評価すると歩みを進めた。
「はっか―――いッ!」
家の外から、大声で悟空が叫ぶ。
彼はまだ昼を少し過ぎたくらいだったので休んでいた様だ。
「悟空?」
家の奥から声がし、扉を開いて八戒が顔を見せる。
中を見ると、珍しく悟浄もいた。
中途半端に伸びている髪を後ろでまとめて結んでいる。
横の髪は間に合わないらしく、結ばずにおろしたままだ。
「どうしたんです?」
八戒は悟空に目線を合わせるために腰をかがめた。
悟空の荷物が目に入る。
「家出・・・じゃないですよね」
「遊びに来た!今日泊めてよ」
「構いませんよ」
「俺が構うっての!だいたい、いきなり来て飯の用意誰がすると思ってんだよ?」
どうもないがしろにされている悟浄が叫んだ。
八戒は振り向いて、笑顔で『正論』を述べる。
「悟浄、家事一切をやっているのは僕ですよ」
「そりゃ、そーだけど」
「だったら、悟浄に迷惑はかかりませんよね」
「まーな」
「何にも問題ないじゃないですか」
「・・・・・・」
八戒に言葉でかなう訳がない。
無言で了承する悟浄。
「さ、どうぞ悟空」
扉から少し避けて道を開ける。
「お邪魔しまーす」
「へぇ、そんな言葉知ってるんだ」
意外そうな声を上げる悟浄。
悟空はテーブルに着いた。
たばこを灰皿に押し付けて、斜めにしていた身体を正面に戻し、
悟空と向かい合わせに座る。
「三蔵が誰かの家に入る時は言えって」
「教育が行き届いていますねえ」
笑いながら、ミルクを差し出す。
悟空が受け取って礼を言う。
「ありがと」
八戒がその言葉を聞いて、笑顔を浮かべる。
気付いた様に、悟浄が口を開く。
「オイ」
「何?」
「それ、どうした?」
自分の右手首を持ち上げて、指差す。
その言葉に八戒も気付く。
「おや、大丈夫ですか?」
「うん」
「綺麗に手当てしてあんな。自分でやったのか?」
悟浄は八戒から受け取ったコーヒーに口をつける。
「ううん」
「それじゃあ、誰が?」
八戒は、悟空の隣に腰かけた。
自分のコーヒーカップをテーブルに置く。
「三蔵」
いきなり、コーヒーを吹き出す悟浄に悟空が文句を言った。
「うわ!!何してんだよ、悟浄ッ!汚ねえなッッ!!」
「布巾を持ってきましょうかね」
悟浄がむせている間に、八戒が椅子を立つ。
「大丈夫ですか、悟浄」
布巾でテーブルを拭くと、彼の背中を叩く。
まだ少しむせているが、何とか話せるまでは落ち着いた様だ。
「さ・・・三蔵が!?マジで言ってんの、それ!!」
「他に誰がやるんだよ。俺、寺の奴等にやってもらうのはやだもん」
「しかし上手ですねえ。三蔵にこんな特技があったなんて知りませんでした」
悟空の手をじぃっと眺める。
彼にも少々意外だった様だ。
「だろっ!?三蔵、あれでも家事、何でも出来るんだぜ!」
ぱあっと表情を明るくする悟空を見て、彼らは顔を見合わせて笑顔を浮かべた。
「すっかり、『お父さん』ですね、三蔵」
「っていうか、『お母さん』じゃねえの?」
「あはは。でも、昔、寺にいた頃には何でも自分でやらなきゃいけなかったんじゃないですか?お寺って、そういうところですから。」
言われてみれば、その通りである。
賄い婦など寺にいる訳がない。
そういう、掃除、炊飯、洗濯も修行のうちなのだろう。
「へ?何言ってんの?」
「え?」
八戒は疑問符付きで聞き返す。
「三蔵は三蔵だろ」
さっきの『お父さん』『お母さん』発言への言葉だった。
悟浄と八戒は、再び顔を見合わせ笑い出す。
悟空が、何故笑われているのか分からず、顔を真っ赤にして反論する。
「何だよ〜ッ!」
「いえ、そうですね。悟空の言う通りですよ」
「三蔵様は三蔵様だよな」
それでも、笑いの止まらない二人を眺めながら、自然と悟空も一緒に笑顔になる。
「あったりまえだろ」
いつだったかな。
いつかも触れた事がある太陽の光。
あったかくて、不器用で、強い太陽。
それに、誰にも言わねえけど、あいつらと一緒にいると懐かしい気がするんだ。
そんな感じがするのは、俺の気のせいかもしれねえ。
だから・・・誰にも言わないでくれな?
END
あとがき
題名・・・腐ってますね。和訳は"ヒミツにしてね"です。最後の悟空殿の台詞は
御覧になられている方にということで。(笑)昔の子どもっぽい、悟空殿の方が
可愛らしいですね。今は可愛い+カッコイイなのです。私の書くものは、どこか
暗いです。明るくしようと書き始めるのですが、どこで、どうなったのか・・・。
三蔵殿の優しさは、不器用ですが見ていて温かくなれる、そんなモノだと思う
のです。他の3人もそれに応えているようで、雰囲気が大好きなのです。
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