けるかぶ






がらんどうとした城の廊下。
旅の間を考えれば、何と静かな場所なのだろうとひとりごちる。
ふと、背後から声を掛けられた。
「兄上、御子達は?」
何かの書類を手にした弟
――ヴラッドが怪訝そうに彼の周りを眺める。
普段、誰かしら煩いくらいに彼に付いて回っている子ども達が、
ひとりも見当たらない。
――ヴァルムは、にこりと微笑った。
「帰した」
あまりにも簡潔に、そして何でも無いことのように戻ってきた返事に軽く目を見張る。
つい最近まで子どもの形をしていたヴァルムは、
子どもと同じように微笑う。
子どもらしくない所と言えば、執着心の無い、何事にも深く関わらない心。
そのはず、だった。
「……何故」
「何故?」
とぼけて、否、本気だったのかもしれない。
彼は首を傾げる。
そんな彼の様子に苛立ちを覚え、嫌味交じりに口を開いた。
「あんなにも執着していたくせに」
子ども染みた口調に、ヴァルムは苦笑した。
再会した時には見上げた彼の頭が、今では見下ろすことが出来る。
「だからだ」
王たる者の証である腕から頬に掛けてに伝う紋章は、
まるで絡み付く蔦のよう。
いつか誰かが気持ち悪いと言っていたその手で、
ヴラッドが持っていた書類を受け取った。
謁見のリストだ。
「彼らには、彼らが生きなければならない場所がある」
ぺらり、と捲れば、一日の予定と会議の日程。
他国との会見の時期調整、城下の視察。
戴冠式まで日も少ない。
慌しいながらも、今までの空白を埋めるが如く敷き詰められた公務。
その後の予定計画を大臣から受け取ってきたのだろう。
「俺にも、ある。王として、やらなければならないこと。学ばねばならないこと」
目を通すだけでも頭が痛くなる。
そうして、気が遠くなる。
長い、長い時を今、この瞬間から既に歩き始めている。
きっと此処はスタートライン。
やっと足を踏み出したほんの始まり。
「だから、帰した」
ひとつ溜息をついて、顔を上げる。
ヴラッドと目が合うと、もう一度微笑った。
「分からない」
「だろうな」
至極当然のようにして、彼は頷く。
それが癪に障る。
「…兄う…王、貴方はそうして生きていかれるおつもりか」


初めて護ろうとしたもの、
愛そうとしたもの、
それら全てを手放しても尚、想い続ける道を。


「あぁ」


何の迷いも無く返される言の葉。
彼は長く続く廊下で、足を一歩踏み出した。




―――俺は、君達のものだ




その言葉に偽りなどあろうはずもない。
唯一、彼が想いを紡いだもの。
そうして、そ、と心に浮かぶ言の葉を、
ヴァルムは音に乗せずに飲み込んだ。









END



あとがき。
賢者SS。
ほんとーにもやむセンセの描かれる漫画はやわらかくて大好きです。
のらりくらりなヴァルムが一番書き難いよ。


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