君の姿を追い続ける僕を追いかける君の心






ジェームズは唸っていた。
今、目の前に居る親友兼悪友の前でも、
テーブルに突っ伏して動こうとしない。
これではお洒落な内装のカフェも楽しめない。
「煩い」
黒髪で整った顔立ちをしたシリウスが、
胡乱げに向かい側に掛けたジェームズを睨みつけた。
良家の子息であろうはずの彼だが、
ケーキを突いていたフォークを咥えたまま話す辺り、
テーブルマナーもすっかりと薄れてしまったようだ。
ふわりと漂う紅茶の芳しい香りが鼻腔を擽っても、
ジェームズはうんうんと唸っているだけだった。
唐突に、バン、とテーブルを叩いて立ち上がる。
「聞いてくれよ、シリウス!」
「だから、今こうして聞いてるだろが。良いから座れ」
「あぁああ、何でこんなムサ苦しい奴とお茶しながらケーキを突かなきゃならないんだ!」
そっくりそのまま返してやるとあからさまに書かれた顔で、
シリウスは溜息を吐いた。
それはもう深々と。
先程からこの繰り返しなのだ。
いい加減、蜘蛛の糸より細いのではないかと思われる、
シリウスの堪忍袋の緒が切れそうな予感は気のせいでは無いだろう。
「〜っ、ジェームズ!」
がばっと顔を上げたかと思うと、ジェームズはぱちくりと目を瞬かせた。
「何だい?いきなり大声を出さないでくれ、吃驚するじゃないか」
だったら、今の今まで彼が口にしていたのは何だと言うのか。
本当に驚いているのかいないのか、読み取れない表情のジェームズに脱力する。
兎も角、彼がそれに関心を払っているのかと訊ねられたら間違いなく否、であろう。
「俺は今、お前に呼び出されて顔つき合わせて茶に付き合ってる。用件は何だ、俺だって暇じゃあ無い」
「あまりにも親友に対して冷たい態度じゃないか、パッドフット。愛を感じないよ!」
「感じなくて良い!」
はぐらかすつもりは無いのだろうが、
どうにも彼と話していると話がどうでも良い方向へと逸れていく。
とうに慣れているはずのシリウスですら、時々頭痛がするほどだ。
「…で?」
「うん?」
「用件」
「あぁ!」
そうだった、僕としたことが!
声を大にして叫び、大げさに身振り手振りで苦悩を表現すると、
ジェームズはテーブルを挟んでシリウスに詰め寄った。
まばらな店内の客が何事かとこちらを振り返るが、
学生時代の彼の奇行ぶりでその視線には慣れてしまっている自分が厭だ。




「女の子の口説き方を教えてくれ!」




時間にして数十秒。
意味を反芻し、やっとのことで理解したシリウスは重たげに口を開いた。
「…………リリーに殺されたいのか、お前?」
自分で言った台詞にも関わらず、シリウスの背筋を冷たいものがすぅっと流れる。
リリーは優しい。
誰にでも分け隔てなく、思いやりがあって、明るくて、誰からも好かれていた。
それは確かに事実だ。
事実なのではあるが
―――怒らせると怖い。
言い表せない凄みと迫力と威圧感が、
学生時代いたずら仕掛け人と自称する彼らをも黙らせた。
そのリリーにジェームズがぞっこんなのは周知の事実。
やっとのことで付き合いだした彼らが卒業した今も健在なことも織っている。
織っているからこそ、ジェームズをじろりと睨む。
「断る!断固拒否する!お前に加担して、あいつを敵に回すのだけは御免だ!!」
顔を蒼くして捲くし立てるシリウスに、ジェームズはへ?と間抜けな声で首を傾げた。
「敵?何を言ってるんだ、シリウス」
「お前、浮気するつもりだったんじゃないのか?」
「浮気?!」
素っ頓狂に叫び、
ジェームズは手元のティーカップが騒々しい音を立てるのも気付かないくらいに息巻いた。
「莫迦だ莫迦だとは思っていたけれど、よもや此処までとは思いもしなかったよ!君にfoolの称号を捧げたいね!!」
「喧しい!」
「女の子なんて、リリー以外に一体誰を指すって言うんだ!燃えるような紅い髪、エメラルドのような緑の瞳、僕に向かって微笑んでくれるあの女神のような神々しさ!!あぁ、何て素敵なんだ、僕のリリー…!!」
「…最後の微笑みは間違いなく毒吐いている時だろ」
聞き慣れた、と言うよりも、
耳にタコが出来るほどに何万回聞いたか分からない彼の恋人を賞賛する言葉の羅列。
恍惚とした表情でうっとりと彼のヒトを思い浮かべるジェームズに、
うんざりした様子でシリウスは項垂れる。
これが始まると長い。
十分は経ったと思われる頃、漸くジェームズは本題を切り出した。
「リリーに、プロポーズしようと思うんだ」
ふぅん、と頬杖を着いて適当に相槌を打っていたシリウスは、
頬を載せていた手のひらから頭をずるりと滑らせた。
「は、あ?!」
「君が驚くのも無理は無い。けれどね、僕も」
「じゃなくて!」
ばん、と今度はシリウスが立ち上がる。
「まだしてなかったのか!?」
「君は一体僕を何だと思ってるんだ」
心外だとばかりに頬を膨らませ、腕を組む。
「…何って、リリー莫迦」
そうだとも!と胸を張って言い切る親友を前に、
シリウスは本当にどうしてやろうかと唸る。
「いつもみたいに言えば良いだろうが」
「何故か聞き流されるんだ!」
「…だろうな」
普段の彼の様子をまざまざと思い出せば、リリーの気持ちが分からないでもない。
ひとつ、溜息を吐いた。
「こーいうのは、リーマスに相談すれば良いんじゃ」
「そのリーマスが『僕よりも女好きなシリウスに相談した方が良いよ』と助言をくれたワケなのだよ」
(野郎、逃げやがったな!!)
そして、一体いつ自分が女好きなどと呼ばわれる行動をとったと言うのだ、
と此処には居ないリーマスを忌々しく思う。
もしもの時の被害を被りたくない彼の気持ちが手に取るように分かる。
最初こそ、内気でおっとりとした大人しい性格かと思っていたが、
長年付き合うに連れ、結構な良い性格なのだと思い知らされるに至った。
「そして、愛しのリリーはリーマスとお茶をすると言い残して、僕はお前の顔見ながらお茶に付き合っていると言う訳さ」
全く、やれやれとジェームズは目の前のティーカップを手に頬杖をついた。
「オ・レ・が!付き合ってやってるんだろーが!!」
噛み付くシリウスを微塵ほどにも意に介さず、ジェームズはまたもや溜息を吐いた。
彼の失礼は今に始まったことじゃない。
「にしてもお前、よく付いて行かなかったな」
ジェームズは、ん、と手をひらひらさせた。
「行こうとしたら、一服盛られてね。実はまだ手の痺れが取れないんだ」
一体何を盛られたんだ。
シリウスは寸での所で飲み込む。
そういえば、リリーは魔法薬学に抜きん出ていた。
スラグホーン教授が素晴らしい才能だと褒め称えていた気がする。
触らぬ神に祟りなし。
彼は訊ねることを諦めた。
ついでにさ、とジェームズは声のトーンを落とした。
「避けられているんだよね。最近、多分」
「…またかよ」
げんなりして、シリウスは前髪をかき上げる。
心当たりを訊いた所で、まともな返事を貰ったことは無い。
そもそも盲目なまでに彼女を溺愛している彼に望むことすら無謀なのだ。
避けられている理由など、
はっきり言って本人には思いつかないと言うのだからどうしようもない。
そうして、リリーの沸点がいまいち掴めないと言うのも、ある。
「今日だってさぁ」
頬を膨らませ、彼は行儀悪く皿に載ったケーキをフォークで何度も刺す。
折角のラズベリーパイが無残な姿になっていく。
「ジェームズ、お前な」
ぺちり、とジェームズのフォークを持つ手の甲を叩いて、シリウスは嘆息した。
「リリーを好きなのは分かる、織ってる。けどな、いつもひとりで突っ走り過ぎだ」
きょとんとして顔を上げるジェームズは、
やはり彼の言葉の意味を分かっていないようだった。
シリウスが冷めかけた紅茶に口を付けて顔を顰める。




「リリーは、お前の気持ちに追い付いているか?」




ソーサにカップが静かに音を立ててぶつかる。
やけに大きく響いた気がした。
「恋愛はさ、面倒なんだよ。ひとりだけが先を行って、手を引いても、連れて行かれてる方は脚もつれさせて、転んで。それじゃ疲れるだろ、お互いに」
だから、道を別つこともある。
目の前の男と、よく見知っている女が道を別つことなど無いと織っているからこそ、
シリウスは忠告する。
以前、2人が離れる所なんて考えられないと評したら、
自分とジェームズも同じだろうと言い返された。
「前を行っているなら、自分の隣に来るまで待て。隣にいるからこそ交わせる言葉だってあると思うぜ」
ひたり、と冷たいものが額に触れた。
不意に翳った視界を見上げ、シリウスは思いっきり眉を顰める。
「…ジェームズ。何だ、この手は」
「珍しくシリウスがまともなことを言っているから、熱でもあるのかと思って」
「煩ぇ!!」
熱を測っていたジェームズの手を払い除けるが、
熱は無いようだと呟く彼にその怒号が届いているとは到底思えなかった。
嘆息したジェームズがぽつりと漏らす。



「僕、待つの苦手なんだよね」



織ってる、とシリウスは言った。



「じっとしてるのが厭でさ」



それも織ってる、とシリウスは繰り返す。



「でも」



うん、とシリウスが頷いた。






「何故かな。リリーを待つのは大好きなんだ」





「あぁ、織ってたよ」





これだから、彼の親友は止められない。
シリウスは笑いを噛み殺す。
眼鏡の奥の目を細めて、彼はぼやいた。
「世の中は上手く行かないことばっかりだ。学生時代が懐かしいよ」
悪戯、クィディッチ、勉強は退屈で面倒だったけれど少なくとも嫌いでは無かった。
何もかもが、とまでは行かないが思い通りに行動出来たし、していた。
社会に出れば、それが続かないと分からないほどジェームズは愚かでは無い。
世の中の情勢にもまた然り。
楽観出来ることなど、何ひとつ。
だからこそ、嬉しい。
目の前の親友と、昔のように顔を突き合わせて悪態を吐けることが。
何気ない会話を交わすことが。
何よりも、嬉しいのだ。
見透かしたように、シリウスは口の端をにぃっと吊り上げる。
「変わらないだろ、お前は」
「君もね、シリウス」
悪戯を思い付いた時と同じように、2人は顔を見合わせた。
願わくば、この刻が永遠に失われぬようにと心の何処かで祈りながら。





end





あとがき。
web拍手御礼SS没案。
突っ込み不在の為、この2人だと延々と不毛会話が続いてな。
話が進んでねぇよ!(笑)
野郎同士でお茶なんて寒々しいことこの上無い。



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