と僕との絶対距離




「でね、その時にさぁ」
「えー、在り得ないでしょソレ!」
「やっぱり?そう思う?」
「ダメダメ、絶対無理だよウィンリィ」
「パニーニャったら、そこまで言うことないでしょっ」
「だってさぁ」
会話に花が咲くとはこのような風景のことを言うのだろうか。
アトリエ・ガーフィールの入り口で突っ立ったままの兄弟は、
ティーカップを片手にお喋りに興じる少女達をげんなりと見つめる。
その視線に気付くことなく話し続ける2人の前に置かれた菓子は、
次々と姿を消していった。
そろそろ声をかけようか、否か。
兄弟は視線を交わして会話する。
よし、と頷きかけた瞬間、あれ、と声が上がった。
「エドとアルじゃん、久しぶり!」
「…おぅ」
「もう、来てたんなら声くらいかけなさいよ」
「…うん、ゴメンね」
理不尽な何かを思わないでも無かったが、素直に返事をしただけマシだったろうと思う。
自分達に拍手喝采を送りたい。
どうにも女という生き物はよく理解出来ない。
これならば、難解な錬金術を解読する方がよっぽど容易に違いない。
それはそれ、端に置いておくとして。
「で?」
目の前に出された紅茶へ椅子に掛けもせずに左手を伸ばしかけたエドワードを、
ウィンリィは胡乱げにねめつけた。
店主ガーフィールは部品の買い付けで夕方まで留守だとか。
面識は無いが、パニーニャ曰く一度見ると忘れられないヒトらしい。
店内をぐるりと見回していたエドワードは、
カップに口を付けたまま上目遣いにウィンリィを見る。
「ん?」
彼女は椅子に掛けた幼馴染の鋼の右腕を、
コンコン、と小突いてみる。
「今度はドコを壊したと仰せになられるのカシラ?」
「ドコを壊したとも仰せになられませんヨ」
わざとらしい口調に、エドワードはぶすりと口を尖らせたまま、
わざとらしい口調でウィンリィを見上げた。
「…何だよ、その顔」
よっぽど驚いた顔をしていたのか、それとも呆れた顔をしていたのか。
どちらにしても彼には、いたくお気に召さなかったらしく、益々むくれてしまった。
そこが子どもっぽいのだと言ってしまえば、間違いなく怒り出すのでここは黙っておこう。
「いや、珍しいなと」
ウィンリィは用意していたスパナをテーブルの脇に置く。
間違いなくコレで殴られる予定だったのだと思うと、背中に冷たいものが走った。
悪かったな、とカップの茶を一気に仰ぐ。
「悪くは無いわよ。アル、ありがとね」
「何でアルに礼を言う!」
瞬間、じとりと半眼で睨まれ、エドワードはうぐ、と口を噤む。
「アンタが自主的に手入れするとは思えないんだもの。アルのお陰に違いないわ」
「さすがウィンリィ、その通りだよ」
「バラすな、弟よッッ!!」
パニーニャが掛けている木箱の1段下に腰を下ろしていたアルフォンスは、
あっさりと彼女の言葉を肯定した。
勝ち誇ったように腰に手を当て、エドワードを下に見る。
「ホラ見なさい、バカ豆」
「豆じゃ無ぇ!!」
禁句を耳にしたエドワードが、テーブルを引っ繰り返さんかという勢いで立ち上がる。
慣れているのだろう。
ウィンリィは気にする様子も無く、はいはいとぞんざいに片手をひらひらさせるだけだ。
明らかに聞き流されている。
「相変わらず無駄に元気だね、エドは」
「弟の苦労兄織らずとは言ったものだよね」
溜息を吐くアルフォンスに、パニーニャはうんうんと頷く。
「そこ、勝手なコトほざくな!!」
弟達に向かって叫んでいたエドワードの首を、ウィンリィは後ろから締め上げる。
ぐえ、と蛙を踏み潰したような声が聞こえたが気のせいだろう。そうに違いない。
「勝手はそっちでしょ!じゃあ、例によって例の如く連絡もせずに一体何しに来たの?」
何とか少女の腕を逃れ、椅子に掛け直す。
首を摩りながら、つい、と視線を逸らした。
「…ただ顔見に来ちゃ悪いかよ」
思いがけない台詞に、大きな目が瞬きを繰り返す。
実際は、彼女の祖母ピナコに孫の様子を教えてやろうと思って訪れた。
ウィンリィは頑張り屋だ。
彼らの織らない所で、努力して、努力して、努力して。
そうして、会った時には昔と変わらない笑顔で迎えてくれる。
だからつい忘れてしまう。
旅立ちの日に、彼女が涙していたことなど。
幾度も、泣かせたことなど。
辛いことを辛いと、苦しいことを苦しいと、言わないのは彼ら兄弟だけでは無い、きっと。
ピナコに連絡するにも、大丈夫だと笑っているに違いない。
彼女では無い彼らからピナコに伝えることが、どれほどの救いになるかは分からない。
それでも、何も無いよりはずっと良い。
ふと、確かに彼女が言った通り相変わらず勝手だと、自分自身を胸中で罵った。
そんな彼の裡を織ってか織らずか、ウィンリィはむぅ、と唸る。
「悪くは無いけど、エドにそういうこと言われると気持ち悪い」
「違うでしょ、ウィンリィ。『薄気味悪い』って言うんだよ」
「エドの優しい言葉って言ったら、さっきのセンス無さげなアレ?」
「テメェら…ッ」
好き勝手に言われているのに怒鳴りかけたが、エドワードは、ん?と首を傾げる。
「さっきの、って何だ」
「もしかして、僕らが来る前に話してたこと?」
アルフォンスも首を傾げて尋ねる。
鎧姿だと言うのに、愛らしいとも思えるその仕草に、思わず笑みが零れる。
ウィンリィは、ぐっと親指を立てて、手を前に突き出した。
「そう。私達の幼少時代inリゼンブール」
「またの名を幼い頃の恥暴露大会!主にエド」
「ちょっと待てぇぇいッッ!!」
聞き捨てならない台詞に再び立ち上がり、正面からウィンリィの肩をがっしと掴んだ。
厭な予感がじわじわと押し寄せる。
冷や汗がどっと噴き出たような気さえする。



「言ったのか、アレを」
「言ったわよ、アレを」
「言ったんだ、アレを」
「言ってたよ、アレを」



訪れる沈黙。
そうして絶叫。
地面に突っ伏して不可思議な呻き声を上げているエドワードの前に、
ウィンリィはちょこんと座り込む。
不意に、がばりと起き上がった。
ばん、と地面を叩けば土埃が微かに舞う。
「アレの話はどうでもいい!!良くないけど!!」
可哀想なものでも見るように
――否、実際そうだったのかもしれない――
アルフォンスはもう、と口を開く。
「どっちだよ、兄さん」
「難しいお年頃なんだよ」
分かるような分からないようなフォローにさえ叫びたくなる。
パニーニャが身体ごとアルフォンスに向けて、ねぇ、と傾ければ、
ちょん、と後ろにきつく結い上げられた髪が揺れた。
してやったりとニヤリと口元を歪め、
ウィンリィは子どもにするようにエドワードの頭を撫でた。
「あーら、何ならもう一度ここで言ってあげても良いわよぉ?『俺は…」
「わ
―――――――ッッッ!!!」
大声で彼女の声を遮る。
その手を払いのけた手とは反対の手でウィンリィの口を塞いだ。
端の方から、わぉ、と声が聞こえたが気にしている余裕は無い。



「…いいから、黙れ」



普段よりも少しだけ低い声。
深い黄金の瞳が、ウィンリィを射抜く。
少女が織っている彼とは違う雰囲気に思わず息を呑む。



「…おぉ」





―――はずも無かった。




あまりにも間の抜けた呟きに、エドワードは、へ、と零す。
「エドが男に見えた」
言ったと同時に、呆けている彼を尻目にウィンリィは声を上げて笑い出した。
あまりに可笑しいのか、腹を抱えて身体を2つに折り曲げている。
エドワードはと言えば、
一体、今まで何だと思っていたんだという台詞を寸での所で呑み込むのが精一杯だった。
「あっははははははははは!!ちょっと2人とも、今の顔見た?!」
目尻に涙を溜めながら、木箱に掛けていた2人に同意を求める。
「何、豆のくせにかっこつけてんのよ!お、お腹が捩れる…ッ!!」
言っている間にも、ばんばんと土間を叩いている。
本気で笑われているのは、誰が見ても明らかだ。
ここまで盛大に笑い飛ばされるといっそ清々しい。
「…オイコラ」
泣きたい衝動に駆られながらも、必死で声を絞り出す。
瞳だけ動かして弟とパニーニャを見やれば、似たような光景が目に入った。
「ウィンリィ、笑い過ぎだって、ば…っっ」
「そーいうアルも笑ってるじゃん。堪えるのは良くないよー?」
あはは、と大抵笑いっ放しの少女は、アルフォンスの肩をぽんと叩いた。
ちょっとこれはあまりにも報われなさすぎやしませんかと思わないでも無かったが、
状況の打破は簡単に見込めそうにも無い。
エドワードは半ばヤケになって大声で叫んだ。
「だーっ、もう!!煩せぇっ!!」
だん、と地面を踏み鳴らして立ち上がる。


「いいからお前ら黙りやがれぇっ!!!」


真っ赤な顔して怒鳴れば、ウィンリィ達は益々笑い転げた。





END






『幼なじみに贈る10のお題』/お題提供サイトさま⇔水影楓花


あとがき。
エドウィン企画サイト様に投稿していたシロモノその2。
お題は『いいから黙って』。
ちなみに、エドが幼い頃に言った恥ずかしい台詞↓。

1.『俺はお前が笑うんだったら牛乳だって一気飲みしてやる!』(本人必死)
2.『俺はアルと家族だ。けど、ウィンリィだって家族だろ』(無難)
3.『俺は笑ってるお前の方が気楽でイイ』(青い春)
4.『俺は…俺が、ウィンリィの嫁になってやる!!』(言い間違い)
5.『俺はアルとウィンリィが笑ってないと何か、厭だ』(アルが先かよ)

さぁ、どれがいいですか(爆)。
希望としては4番で。



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