楽しい刻を作ろう。
面白可笑しく、腹を抱えて笑うんだ。
大声で笑って、他愛も無いことを語らって。
なぁ、たまには良いだろ?
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Last Party
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荒々しく開かれる扉に、まず何を言うべきか。
金蝉は口を開きかけて、そのままで固まった。
慇懃無礼で、不躾で、厄介事と言えば、相場は決まっている。
考えたくもないが、考えなければ先に進まない事も分かっていた。
「酒盛りすっぞー!」
「喧しい、帰れ」
酒樽を高々と掲げて、
すでに泥酔状態の男は意気揚揚と寝台に掛けていた2人に喚き散らした。
すっぱりと断り、蒲団にもぐりかけた彼を引き止める捲簾は、
何とも不快な酒臭さが漂う。
金蝉の隣に掛けて、絵本を広げていた悟空はぱちくりと瞬きを繰り返し、
金蝉は何も聞きたく無いと言う様に、頭を抱えていた。
「そんなツレナイ事言わずにさぁ、金蝉さまぁ?」
近寄ってきた彼を押し返し、
共に付いてきていた天蓬に活路を求める。
「気色悪い!おい天蓬、コイツをどうにかしろ!」
しかし、金蝉の願いとは裏腹に、
天蓬は悟空の前に屈み込み、朗々と何かを説明していた。
「良いですか、悟空。地上ではドナ○ドが2人居ますけれど、片方は紛れも無く畏怖の対象になっているんです。あ、1匹と1人(?)ですね」
「…何言ってるのか分かんないよ、天ちゃん」
(畜生、コイツもか!!)
明らかに、酔っ払っていると判断できる彼を見て、金蝉は更に頭を抱える。
悟空は悟空で、訳の分からない台詞に首を傾げていた。
酔っ払いの傍に置くのを心配したのか、否か、
金蝉は悟空を自分の後ろに引き寄せる。
「お前ら!!いい加減にしろ!!」
とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、金蝉は大声で叫んだ。
彼に至っては、我慢、忍耐という言葉に、殆ど縁がないのではあるが。
「まぁまぁ、金蝉。あんまり怒ると、血管ブチ切れますよ」
肩で息をしながら、捲簾を蹴り倒す。
倒れてきた大将をひらりと交わしながら、あははと天蓬は笑った。
「誰の所為だ、誰の!」
彼の怒気に塗れた叫びにも堪えず、幼子は嬉しそうにはしゃいでいた。
「金蝉、天ちゃんに饅頭貰ったー!」
「あ、コラ!寝る前にモノ食うんじゃねぇ!!」
「そう堅い事ばっかり言わないで、ダンナも呑みなよ」
「イカ薫もありますよ。それとも落花生が良いですか?」
そんなこんなで、酒宴は催された。
今更、金蝉の主張など通るはずもない。
時間も時間なので、結局金蝉の私室で酒盛りである。
ブツクサ言う部屋の主は、殆ど無視されかけている。
「大体、何でいきなり酒盛りなんだ」
「呑むのに理由なんているかよ」
声を上げて笑う捲簾に、金蝉は眉を顰める。
考えてみれば、我を失うほどに呑む2人も珍しい。
その考えに突き当たり、あぁ、そうか、と更に眉を顰めた。
「じゃあ、質問を変える」
「何ですか?」
杯を傾け、一気に煽る。
天蓬はその様子を見ると、酒を注ぎ足した。
「『酔ったフリまでして、何のつもりだ』」
おや、と言う声と、
あれ、と言う声が同時に聞えた。
そうして、直ぐに神妙に2人は顔を見合わせて声を顰める。
「バレてしまった模様です、捲簾大将」
「そのようだな、天蓬元帥」
「どう致しましょう、暴れん坊将軍様」
「うむ、然るべき対処を早急に執り行うべきだと思うのだが、如何かな、ものぐさ大王」
「そのネーミングセンスは零に等しいと思えるのですが?」
「いやいや、君には負けるよ?」
「でも、まぁ」
「とりあえず」
あからさまに、しかも聞こえよがしに意味の図りかねる密談を交わす彼等へ、
何がしたいのかと聞きたくなる。
こちらを振り返りにやりと笑うと、声を合わせて言い切った。
「呑んで、思いっきり酔っ払おう」
あまりに子ども染みた仕草に、思わず金蝉は吹き出した。
「何だ、そりゃ」
黙々と食べていた悟空も、彼らの陽気さにつられて笑う。
「ケン兄ちゃんも、天ちゃんも、何かヘンなの」
「言ったな、小猿!」
幼子の頭を抱きかかえて、滅茶苦茶に掻き乱した。
甲高い、子ども特有の笑い声の混じった悲鳴が上がる。
「さわ…」
騒ぐな、そう告げようとした言の葉は、
低めで、おっとりした声に妨げられた。
「良いじゃないですか、たまには」
溜息を吐いて、髪を掻きあげる。
煩わしげに、けれど何処か楽しげに、悟空と捲簾を見やった。
「夜中だぞ?」
「それが、何か?」
「苦情が来る」
「貴方に苦情を申し立てられるだけの者が、この部屋の傍に?」
「…それも、そうだな」
「えぇ、そうです」
「まぁ、良いか」
「良いんです」
2人は顔を見合わせて、笑った。
それに気付いた捲簾たちは、何だ、とこちらに視線を投げる。
何でもないと手を振れば、不機嫌そうに口をへの字に曲げていた。
「ねぇ、金蝉」
抱え上げられた悟空が、たす、と金蝉の傍に降りる。
夜中だというのに、眠くないのか。
綺羅綺羅と目を輝かせて、照れた様に笑う。
「何だ」
視線だけ投げて、自分は酒を流し込む。
ちり、とした辛さが心地よい。
「楽しいね」
「そうか」
「すごく、面白い」
「へぇ」
「金蝉は?」
相槌しか打たない彼に、悟空は質問してみた。
面食らった顔をして、視線を泳がせる。
嘆息すると、悟空の額を指で弾いた。
「…嫌いでは、無いな」
涙目で額を押さえながら、口を尖らせる。
目が合うと、舌を出した。
「好き、って言えば良いのに」
「誰が」
くすくすと笑う声が聞え、そちらを向く。
「悟空は素直ですね」
じろりと金蝉を睨んだまま、悟空は座り込んだ。
「そうかな?」
天蓬は微笑んで、軽く頷く。
悟空の視線に合わせて、座ったまま、前に屈んだ。
「可笑しい時は、腹の底から笑いなさい。腹が立った時は、躊躇わずに怒りなさい。泣きたい時は、涙の限り泣きなさい」
仄かに上気した頬。
多少なりとも酔っていると分かった。
「大人になれば、きっと、それは難しいから」
酔っていても、彼は彼で。
紡がれる言の葉は、確かに彼のものだった。
「天ちゃんは?」
黙って聞いていた悟空は、首を傾げて彼を真っ直ぐに見返した。
曖昧に笑って、天蓬も首を傾げる。
「どうでしょうね」
振り返って、捲簾を見る。
「ケン兄ちゃんは?」
酒樽から直接酒を呑み、口を拭う彼は、おどけて笑った。
「如何とも」
2人が曖昧にしか返事をしないので、悟空は不満そうだ。
喉を鳴らして笑うと、捲簾は悟空の頭をぽんぽんと叩く。
「好き勝手に生きようとすればするほど、ぶち当たるものは多いし、かと言って、諦めるのは性に合わねェ。だったら、たまには我慢することも必要だってことだ」
「好き勝手にするのに、我慢?」
分からない、と疑問を深くする幼子に、捲簾は軽く肯定する。
「そ」
頭を抱えて、うぅんと唸る悟空は、彼らの意味するものがよく理解出来ていない。
わざと、悟空の理解できない言葉で話しているようにも思えた。
「ぼちぼち、覚えていくさ。いつまでも、ガキじゃねぇんだからよ」
酒瓶から酒が無くなったのだろう。
逆さまにして、彼は酒瓶を覗き込んでいる。
「めんどくさ」
ぽつりと漏らされた台詞に、捲簾は大仰に笑った。
「そうそ、面倒くせぇのよ、大人って奴は」
「中身が子どものヒトが、偉そうに言わないで下さい」
缶ビールを投げ渡しながら、天蓬は忠告した。
受け取り、その持ち心地に捲簾は微かに顔を顰める。
「たまに良い事言ったらコレだもんなぁ。って、コラ天蓬。お前、コレ振ったろ」
相変わらず、唸っている幼子は、えぇっと、と零す。
「でも、今は楽しいんだよね?」
へら、と微笑って、悟空は組んでいた腕を崩した。
「だったら、別に難しいこといらないや」
虚を疲れたように、捲簾も天蓬も呆けた顔をしていた。
金蝉だけは、だろうな、と微笑っていた。
「それも、良いんじゃね?」
捲簾は天蓬に同意を求める。
ふふ、と笑って、天蓬は金蝉へと流した。
「ねぇ?」
視線がかち合うと、小さく頷く金蝉が見えた。
「あぁ」
ぱん、と手を叩き、捲簾は持っていた缶ビールを天井目掛けて栓を開けた。
勢い良く、白い泡になった中身が噴出す。
「んじゃ、All okay!」
騒々しい賑やかさが広がり、大きな子どもと、幼子が走り回る。
楽しければ良い。
可笑しく笑う時間を作れるのなら。
この先に何があっても、いつだって思い出せるように。
笑えない日が来るのなら、
今のうちに全てを笑い飛ばしてやればいい。
ハッタリでもいい。
最期は思いっきり笑い飛ばしてやれ。
呆れて嘆息するも、彼らの酒盛りの意図を読んで騒がしさに口を閉ざした。
「そういう事か」
金蝉は呟く。
彼の呟きに、含んだ笑みを浮かべて尋ねた。
「何がですか?」
小さく舌打ちが聞え、杯を天蓬に差し出す。
受け取ると、乱暴に酒が注がれた。
「何でもねぇよ、策士殿」
「おや、貴方から褒められるだなんて、明日は槍ですかね」
「褒めて無い」
外を見れば、空が白み始めていた。
明け行く空は、嘆きの朝も、悲しみの朝も、変わらずそこにあるのだろう。
楽しい刻を作ろう。
面白可笑しく、腹を抱えて笑うんだ。
大声で笑って、他愛も無いことを語らって。
なぁ、これが最後かもしれないんだからさ。
END
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あとがき。 |
最初はギャグを書こうとしたんですけど、いつも通りシリアスです。
はい、無謀でした。
本当はテイルズネタに使う予定だった台詞集(爆)。
こっちの方がしっくりくるかなぁと思って。
ド○ルドは全世界の子どもの敵です。
怖いもん。 |