さとみ そしてそれになるもの






いつも賑やかしい家にひとりでいるのは珍しい。
誰かしら訪ねて来たり、家族が騒いだりで静かな時間など殆ど見当たらない。
家、と言っても洞穴のような場所で、入り口には布がかけてあるだけだ。
それでも幾つも見られる一般的な住居。
場所によって、住居の様式も様々らしい。
久しぶりにごろりと寝転がってみれば、
すぐに入り口から小さな人影が入り込んできた。
息子の嫁は実家で母がパイを焼いてくれるというので、貰いに行ったばかりだ。
居候の虎と散歩に出かけた愛息子だと理解するには、刹那の刻も必要なかった。
「パーパ」
ただ、しょんぼりした我が子に気付き、
いつもの調子で明るくお帰りを言う雰囲気でもなかった。
「どうした、ヒーロー」
とぼとぼと歩み寄ってきたかと思うと、ぽすりと父の腕に収まった。
「…パーパ、ヒーロー邪魔?」
「はぁ?!」
いきなり何を言い出すのか。
思っても見なかった――むしろ欠片ほども考えたことは無かった――台詞を耳にし、
彼は我が子を抱き絞める。
「こぉんな可愛いヒーローたんを邪魔に思うはずな…ッッ!!」
「うっさい、莫迦親」
ぶすりと脳天に何かが突き刺さる。
勘違いでなければ、親友とのたまう鳥人の嘴だろう。
「何すんだ、バード!」
刺された頭を抑えて突然の珍入者を振り返った。
鳥の姿をしていたバードは人型に姿を変え、
彼らの前に座り込む。
優しく、ヒーローの頭を撫でた。
「ほら、お前も気にしないの」
黙り込んでしまった幼子と親友を見比べ、
シンタローは首を傾げる。
「何だ?何かあったのか?」
「んー、あったと言えばあったと言うか…」
「駄目、バード!」
「へいへい、わぁったよ」
「パーパだけ仲間ハズレー?!」
「お前は少し黙ってろ」
そう言えば、一緒に出て行ったはずの虎が見当たらない。
視線に気付いたのか、バードはあぁ、と頷いた。
「タイガーならその辺で落ち込んでるだろうよ」
「落ち込んでる?」
先程から経緯が分からない。
疑問符が浮かぶばかりで、シンタローはヒーローを見下ろすが、
頑として口を開きそうに無い。
妙に変な所で頑固なのは、
もしかして自分に似たのだろうかなどと思う。
諦めかけたその時、幼子は目に涙を溜めながら口を開いた。
「…ヒーロー強くなったら、パーパの邪魔になる、って」
「邪魔?」
「村の連中だよ」
顎をしゃくって外を指す。
「ヒーローが強くなったのは、この辺りじゃ特に知れてる。お前よりも強くなったら、お前がヒーローを疎んじるじゃねぇかって、言う奴もいるってこった」
面倒臭げに、事実莫迦莫迦しいと思っているのか、
バードは呆れて溜息を吐く。
まさかこの親に限って、そのようなことがあろうはずもないのに。
それを見てきたはずである村人ですら、時に口さがないことを言う。




『ヒーローも強くなったなぁ』
『シンタローもうかうかしてられんぞ』
『目の上のタンコブにならなきゃいいけどな』


『…タンコブって、何?』
『ヒーロー、それは…』
『ヒーローが邪魔、ってことかなぁ?』
『違う!』
『パーパにいらない、って言われたらどうしよう…っ』
『ヒーロー、そんなこと無い!』
―――…ッ』
『うわっ、と…ん?今飛んでったのヒーローか?どした、アホ虎。んなとこで突っ立って』
『…俺の、所為だ』




情報屋であるバードは否応無しに良し悪しを耳にする。
尤も、バードが自由人の親友だと織っている所為か、表立って口にするものは少ない。
「丁度、通りかかった時に聞いちまったもんだから。タイガーは、ヒーローが耳にするのを止めることが出来たはずなのにって」
子どもが耳にするにはあまりに酷な会話。
タイガーが気付いた時には、呆然と立ちすくむ幼子がいた。
しまった、と思ってももう遅い。
飛び去っていくヒーローを追うことも出来ずに、
次に立ちすくんだのは虎の獣人の方だった。
莫迦、と罵り、急いでヒーローを追いかけてみたものの、
既に幼子の父の元へと戻っていたのだから、立つ瀬が無いとはこのことだ。
出来ることならば、織らせずに済ませたかった。
「だから落ち込んでるのか」
「そ。莫迦に真面目だからな、あのアホ虎は」
ふぅむ、と唸って、彼は大きな手をヒーローの頭に乗せた。
気にしていない訳では無い。
だが、腹立たしい訳でも無い。
元英雄であり、今は人王の父を持つシンタローは陰口を叩かれるのには慣れている。
「ヒーロー。パーパがお前をいらない、って言ったことあったか?」
「…ない」
「じゃあ、強くなったら困るって言ったか?」
「言って、ない」
そうだろ、とシンタローは笑う。
ぐりぐりと頭を撫でてやると、不思議そうに幼子は父を見上げた。
「自由人の強さはヒトを守る為にある。お前が強くなることを喜びこそすれ、どうして邪魔に思うんだ」
頑丈な身体も、空を飛ぶ翼も、ヒトを想う心も。



誰かを、何か護る為にあるのだから。



「お前が強くなったのなら、人々を一緒に守って行けるだろう?」



「…うんっ!」



穏やかに微笑う父へ、幼子は大きく頷く。
これ程に睦まじい親子を見ても尚、同じコトを言えるのだろうか。
中傷染みた陰口を叩いた者達へと問うてみたい。
バードはもう一度溜息を吐くと、鳥の姿に転じた。
翼をはためかせ、出入り口へと向かう。
「待って、バードッ」
「うん?」
「ヒーローもタイガー迎えに行く!」
行動を先読みされていたのに驚いたのか、
一瞬言葉をなくす彼に、ヒーローはえへへと笑って見せた。
しょうがねぇな、と呟くと、蝙蝠に似た翼が目に入る。
「パーパも行こうかなっ」
「大人しくお留守番してらんねぇのかね、この莫迦親は」
「ケチケチすんなよー」
「バード、ケチなのかぁ?」
「あーもう、煩せぇ!勝手にしろっ!!」
莫迦らしくなって、バードは悪態を吐く。
結局の所、彼らは彼ららしいのが一番であって、
それが自分にとってもあの虎にとっても嬉しいのだから仕方が無い。
いつもの調子を取り戻した幼子に、バードはほんの少し頬を綻ばせた。






END



あとがき。
パーパが愛おしいです。
ほんとに好きなのです。


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