まるでのような






彼女が唐突なことを言い出すのはいつものことだ。
それは率直な感想だったり、結論だけ出した理論だったり、
主に機械鎧のことだったりとまちまちだ。
「エド、あたしの頬抓って」
「は?」
とっくに世間一般の就寝時間は過ぎていて、
エドワードも粗方仕事のレポートを纏めたので眠ろうかとした丑三つ時。
むしろ、ベッドに潜り込んだ直後。
突然部屋に押し入って来たウィンリィは彼と目が合うなり、そんなことを言ってのけた。
まだ起きていたのかと呆れる暇も無かった。
念の為、寝惚けているのかと確認したが答えは否だった。
確かに起きている、間違いない。
ベッドから抜け出そうとしない彼につかつかと歩み寄り、
膝の上に向かい合わせで座り乗る。
「どうせまだ眠たくないんでしょ、起きろっ」
「…座り直すから、退け」
眠たいことは眠たかったけれど、貴女のお陰で目が覚めました。
大声で言えたらどんなに良いだろう。
ウィンリィは彼の上から退く様子もなく、
おまけに、だってねぇとちっとも話を聞こうとしない。
「眠ろうと思ったら、あんたの部屋電気点いてるし」
「うん」
「まだ起きてるんだなーって思ったら、眠れなくなって」
「はぁ」
「明日起きても、明後日起きても、エドが居るのが変な感じ」
最後のは何だ、とエドワードは訝しげな表情を隠しもせずに、
自分より少し視線の高いウィンリィを仰ぎ見た。
彼女の言わんとしていることが全く掴めない。
やはり寝惚けているのではなかろうかと疑い始めた頃、
ウィンリィは唐突に笑い出した。
「おい、ばっちゃんが起きる」
音量を下げようと、ウィンリィの口元を自分の肩に押し付ける。
寝惚けているのではないのだとしたら酔っ払いだ。
今のところ酒の匂いはしないが、今日の彼女はどこかおかしい。
「どうしたんだよ、一体」
「えへへー」
彼の背中に腕を回し、ぴとりとくっ付く。
エドワードも倣うように彼女の腰に腕を回すが、
妙にリアルに身体の線と感触が伝わって来て気が気ではない。
(そーいや、コイツ寝る時は)
はた、と思考を止める。
これ以上考えると場所とか理性とか色々と不味い。
(じゃなくて!)
首を左右に勢い良く振ると、エドワードはウィンリィの顔を両手で挟んだ。
「こんな時間に何しに来たんだよ、ほんとに」
彼の無粋な物言いに、彼女はぷぅっと頬を膨らませた。
ヤバイ、可愛い。
こんなときでも敵わないのだ、どうせ結局は。
「こーんな可愛い恋人が部屋に来ちゃ駄目だって言うの?」
「自分で言うな、時間考えろ莫迦」
「眠たくないくせに」
「眠気の問題じゃねぇっつの」
「じゃあ、何の問題?」
言わせる気か。
エドワードの意識がぐらりと傾いだ。
分かってて言ってる可能性と、分かってなくて言っている可能性が半々。
賭けに出るのは自滅するも同じだった。
「頬、抓って?」
部屋に入って来たときと同じ台詞を口にする。
「だから、何で」
ぱちぱちとウィンリィは目を瞬かせた。
たかだかそんな簡単な頼みに理由が必要だとは思えなかった。
それなのに何故こうもエドワードは理由を知ろうとするのか。
腹立たしくなって、ウィンリィは口をへの字に曲げる。
「…だって、夢かも、しれないじゃない」
夢も現実も分からないくらい曖昧になって、
倖せ過ぎるから、怖くなった。
ベッドに寝転がって、ドアの隙間から零れる光が本当は夢で、
朝起きるとエドワードはどこにも居なくて、
この家には祖母と愛犬と自分しか居ないのではないだろうかと。
そんなはずはないと分かっていても、不安だった。
「自分で抓ってみても、痛く、ないし」
不安になって、エドワードの部屋を訪れてみれば、
彼は確かにそこに居ていつも通りの呆けた顔でこちらを見ていた。
安心した。
同時に、夢でないのだと証が欲しかった。
「莫迦」
不意に頬に走る痛みに、ウィンリィはうっすらと涙が乗った睫毛を動かした。
呆れた顔で覗いて来る、黄金色の瞳。
その奥に自分が居る。
「確かめなくても良いだろ、そんなん」
今度は両腕で抱かれ、身動きが取れなくなる。
優しい抱擁では無かった。
痛みを覚えるほどの、強い抱擁。
「オレ、ここに居るんだし」
お望みなら、もっかい抓ってあげるけど?
エドワードが悪戯っぽく笑みを浮かべて、
ウィンリィは漸くうん、と小さくひとつ頷いた。
「分かったら部屋に戻れ、明日も早いんだろ」
落ち着いた彼女に嘆息する。
けれど、返って来た言葉は簡潔だった。
「や」
「は?」
一度ベッドから降りると、いそいそと彼の隣に潜り込む。
止める暇は無かった、多分。
「ここで寝る!おやすみなさいっ」
「阿呆!自分の部屋行け!!」
「もう寝ました、ぐー」
「ぐーじゃねぇッッ!!」
暫くすれば聞こえてくる寝息に、
虚しく響くエドワードの訴えも敢え無く沈黙せざるを得なかった。
ウィンリィは彼と同じくらいに寝付きが良い。
結局、妥協するのはいつもエドワードで、
勝ち逃げするのがウィンリィなのだ。
仕方なしにベッドの端っこに身を寄せて就寝するも、
次の日の朝にはすっかりとそのことを忘れて、
目が覚めた瞬間に悲鳴をあげるのもついでに言えばエドワードなのだった。






END



あとがき。
もうウィンエドでも良いかなとか思い始めた(しっかり!)。




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