まつ よる |
からん、ころん。 たたたたたっ。 少し遠くから、祭囃子が聞こえる。 幼子が脇を走り抜け、親元へと走って行った。 おや、何処の子だい。 見ない顔だね。 おっかさんは如何した。 通りかかるヒトが皆、口々に尋ねてくる。 煩わしい。 酷く苛立つのが分かる。 祭りの所為か、人々は賑わい、浮き足立っていた。 今宵は朔。 月の灯りが見えない代わりに、祭りの提燈が至る所に吊り下げられている。 幼子は、全ての言葉を無視して祭りの中を横切った。 何と似つかわしくない場所だろう。 嗅ぎ慣れない臭いが鼻に付き、酷く落ち着かない。 奇異の目から逃れる為に、落ちていた狐の面を被ってみた。 一瞬で目の前が暗くなる。 次第に、小さな穴から見える風景に慣れてくれば、 また何の苦も無く歩き出せる。 幼子は石畳を歩き、奥のお宮へと辿り着いた。 覚束無い足取りで縁に上り、腰掛ける。 祭りの灯りが消えること無く、赤々と夜闇を照らす。 あたたかく、其れでいて幻想的な風景は幼子にとって遠いものに思えた。 「…母上」 不意に目頭が熱くなる。 歯を食い縛り、ぐっと堪える。 爪の無い手。 牙の無い歯。 母と同じに黒い髪。 何時もならば、朝が来るまで何処かに潜んでいるのだが、 今日は何故か祭りの雰囲気に誘われて出てきてしまった。 無用心なのは百も承知。 神を祀る祭りには、ヒト無きものも多く紛れる。 其れらは決して害成すものでは無いが、 幼子にとっては脅威である他に何でも無かった。 だが其れでも、祭りの場にはある種の結界が成され、 邪なる妖かしは立ち入ることが出来ない。 添ういった意味では、幼子にとって安全な場所でもあった。 「母上も見たこと、ある?」 誰にとも無く呟き、幼子は縁に寝そべった。 朔の夜に眠ることは出来ない。 此処はあの屋敷では無い。 護ってくれるものは無い。 今度こそ流れたあたたかい雫は、止め処なく流れ落ちる。 寂しい、とは言わない。 決して口にしてはいけない。 亡きヒトを想って懐かしむのも、悲しむのも構わない。 けれど、嘆いては駄目だ。 其れは、其のヒトの全てを否定することになるのだから。 幼子は其れを織っているからこそ、言の葉を紡がない。 ごしごしと目元を擦り、祭りの灯りを遠くに見る。 懐かしさを思い出すのは何故だろう。 神の懐に抱かれながらも、眠ることの出来ない幼子への慈しみだろうか。 日が昇れば、祭りも終わる。 此の脆弱な身体も、幾分かはマシになる。 けれど今は、あたたかな灯りに包まれて、 ほんの少しだけ思い出の中で眠りたかった。 了 |
あとがき。 |
ちびわんこ話。 お祭りの夜にひとりって寂しいと思う。 ついでに、母は祀りは織ってても、祭りは織らないと思う。 貴族のおヒィさまは人通りの多いところとかは、はしたなきと嫌っていたはずだから。 十六夜が行きたがっても、乳母とかが赦してくれなかった感じで。 |
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