見上






帰ってきた。
まず一番に思いついたのはそれだった。
故郷は間違いなく別の場所で、
この島で過ごしたのは確かにほんの少しだったはずにも関わらず。
懐かしさに込み上げるものをぐっと堪えて、彼は顔を上げる。
自然、探してしまうのはきっと懐かしい風景。
在りし日の、記憶。
「…いー天気」
思考とは違うものを口にしてみる。
洗濯物を干し終えて空を見上げた。
久しぶりにやってみても身体は覚えているもので、
最初こそ手間取ったが家政夫ぶりは現家政夫にも劣らない。
リストバンドをした腕を眺め、軽く手を握ってみる。
腕や首筋を焼く日差しがちりりと痛い。
団に戻った時には、さぞかし健康的な色に出来上がっているだろう。
「洗濯にどれだけ時間かけとるんだ、お前は」
不意に、低い場所から聞こえる声。
四年の内に、少しだけ声も変わったろうか。
記憶の限りでは、トーンの高さは変わっていない。
だからこそ、余計に懐かしい。
「そりゃ、誰かさんが一日に数回履き変えるパンツが未だ健在だからでしょー」
「チャッピー!」
「ガゥ」
「待って!冗談だからッッ!!」
わざと喧嘩腰に言ってみれば、変わらない応酬。
茶色の犬が牙を光らせたので、慌てて弁解してみる。
此処は、変わらない。
自分だけが変わったようで、けれど何も変われていないようで。
たった四年。されど四年。
「なぁ、パプワ」
「何だ」
「…俺、ずっと此処に居てもいーかな」
「駄目だ」
「うわ、即答」
苦笑して見下ろせば、ほんの少し不機嫌そうな少年の顔。
「シンタロー、お前はガンマ団が心配だとこの前言っていた。だったら、お前には帰る場所とやらなければならないことがある。お前は、それから逃げるのか?」
言ってみただけだ、と言おうとして口を噤む。
本意ではない別れから四年が過ぎても尚、心に残る傷跡。
簡単に、冗談でも口にして良い言葉ではなかったはずだ。
自分の浅はかさを恥じる。
「悪ィ」
気まずくなって、手持ち無沙汰に洗濯籠を持ち上げる。
あたたかな、小さな手がもう片方の手を握った。
「ほら、おやつの時間だ。帰るぞ、シンタロー」


どんなに歳月が流れても、変わらないものもある。


「はーい、はいはい」
僅かに腰を屈めて、幼子と犬に続く。
引かれるがままの手が不思議と心地良い。
「ナカムラくんとエグチくんも待ってるぞー」
「…タンノとイトウは居ないだろーな」
「何を言う!皆、友達だろーが!」
きっぱりと返された言葉に、あぁ、コイツはこういうヤツだった、と思い出す。
1日、1日。
過ぎていくたびにひとつひとつ思い出す。
悔しくて泣いた日もあった。
許せなくて怒った日もあった。
心から笑い合える友に出会った。
「そ、だな」
そのどれにも後悔はしていない。
掛け替えのない、大切な記憶。
痛みも苦しみも全部、生きていく糧に変えて。
限られた時間で、ほんの少しでもたくさんの思い出を作ろう。

この島で、大地に寝転がってもう一度空を見よう。








END



あとがき。
シンタローさんの『はーい、はいはい』が書きたかったが故に書いたブツ。
どーぞ、聖域でのんびり休息してください。


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