涙色の空 |
泣きたくなった、無性に。 理由なんて分からない。 泣きたくて、泣きたくて、泣きたくて。 泣くことは出来ても、それは本当の涙ではない。 ―――貴女はそれでも、泣こうとはしないのね いつも通りのコクピットを扉をくぐれば、いつも通りの姿が目に入る。 「次の目的地までまだ?」 「いくら私でも、そんなに早く着きませんよっ!」 ぷぅっと頬を膨らませ、 フリルの付いたエプロンドレスを靡かせながら振り向く少女のご機嫌は、 ナナメに急降下のようだ。 おざなりに返事をしてミリィは船主のシートを覗き見る。 「あらま」 珍しいこともあるものだ、と口に手を当てて微かに驚く。 ウィンドウは開かれたままだったが、その開いた主は目を閉じて身動きひとつしない。 深く、とは言わないほどの眠りに落ちてしまったらしい。 「ふふ、珍しいでしょう?」 「キャナル」 「きっと、お疲れなんです。最近ずぅっとお仕事続きだったから…ところでこんなところに油性ペンがあるのですが」 「…アンタ、ほんとにいい性格してるわ」 口の端を引き攣らせながら、じとりと半眼でキャナルを睨んでみた。 仕事、呟いて本当かしらと自嘲気味に嗤う。 誰の所為で仕事が手間取っているのか、何の為に彼がこの船に乗っているのか。 理由を織っていて、織らない振りをする。 線を引いた、一定の距離。 此処から貴方に立ち入らない。 此処から私に、近付かないで。 それが、暗黙のルール。 「ミーリィッ」 ぺちん、と額を弾かれる。 ホログラムである癖に、実体がある違和感にはもう慣れた。 時折、彼女がこの船、ソードブレイカーのメインプログラムだということを忘れそうになる。 忘れてしまっても良いのかもしれない。 ミリィは彼女を良き友だと思っているし、 キャナルも彼女を良き友だと思っている。 けれどそれを口にはしない――出来ない。 理由はお互いに、厭と言うほど分かっていた。 「何?痛いわ、キャナル」 叩かれた額を抑えて、俯き加減に微笑う。 表情は窺えない。 ―――泣いても、良いんだよ キャナルは言おうとした言の葉を飲み込む。 其処は、踏み込んでも良い領域なのだろうか。 分からない。 唇を噛む仕草など、キャナルには必要ないと言うのに。 スカートの端を握り締める仕草など、必要ないと言うのに。 忙しなく襲い来る、波のような感情は何なのだろう。 昔、似たような想いを抱いた気がするが今はよく思い出せない。 「キャナル?」 もう一度呼ぶ声も、聞こえていた。 返事は、出来なかった。 ―――貴女、今… 「ごめん、何でも…無い」 ―――とても泣きそうな顔をしているのよ? 顔を上げたミリィが苦笑したのに気付く。 細く白い指が、キャナルの頬に触れた。 何も言わずに、ただそっと。 「キャナルの涙は、綺麗ね」 触れても濡れることのない涙。 光の粒子。 彼女の指示が無ければ、ホログラムに反映されることは無い。 なのに、驚く。 そうしてやっと思い出す。 ―――ケインをお願いね、キャナル 懐かしく響く声。 同じだった。 あの時の彼女と。 運命を受け入れ、身を委ね、静かに散ろうとした彼女と。 ―――貴女は、アリシアじゃ無いのに 流れ続ける涙に、キャナルは違う、と首を振る。 何が違うのか、上手く説明は出来なかったけれど、違うのだと繰り返した。 「…ごめん、ね」 彼女の涙の意味を織っていながら、織らない振りをするのは卑怯だ。 嘘を吐き続ける嫌悪感に吐き気がする。 けれど、だから、弁解は出来ない。 ミリィは逃げ出すように、コクピットを後にした。 扉が閉じるのを見計ったかのように、声が降ってくる。 「…泣くな、キャナル」 肩越しに振り返ったキャナルは、やはり泣いていた。 ケインはそちらを見ようとはしないまま、シートに深く身を沈める。 「マスター、わたし、は」 「ミリィなら」 大丈夫だ、と言い切ることは出来なかった。 彼女の危うさは十分に身に染みている。 硝子のような繊細さだけじゃない。 砕けた硝子の欠片で傷付ける密やかな狂気をも孕んでいる。 迂闊に触れられないのは、やはり怖いからかもしれない。 「…光はまだ、消えていない」 それでも希望は、まだ失われていないはずだ。 「はい、ケイン」 例えそれが、一縷の望みにしか過ぎなかったとしても。 無限に広がる夜空の中の、ひとつの星屑でしか無かったとしても。 彼らは今も、模索するように宇宙のただ中を彷徨い続ける。 end |
あとがき。 |
まだ決戦前。 我家のケイミリは辛辣すぎて何だかなぁ。 |
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