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natural pain |
「悟空」 呼ばれ、振り返る。 虚ろに微笑う様がぎこちなく、似つかわしくない。 「何?どしたの、三蔵」 「…テメェの面に聞いてみろ」 露骨に顔を顰めた最高僧は、咥えていた煙草を灰皿に押し付けた。 しとしとしと。 ぱたたたたた。 外から聞こえる雨音。 風が吹いたのか、ざぁと木々に宿っていた雫が一気に降り注ぐ。 窓にぶつかり、一瞬にして外の風景を朧げにした。 「俺、何か変な顔してる?」 自分の頬を伸ばしてみたり、撮んでみたりするが、 どうにも分からないらしく首を傾げた。 ぱ、と頬から手を離すと俯き、声だけで笑ってみせる。 「ごめん」 ぽつり、と呟く。 ともすれば、雨音と風にかき消されてしまいそうな程の呟き。 「…ごめん、な」 もう一度、悟空は謝る。 何に対しての謝罪か。 何に対しての贖罪か。 分からなくなるほどに長い歳月を、たったひとりで過ごしてきた。 ひとりでいるという感覚すら分からなくなるほどの、永く、長い刻を。 「雨が上がったら…多分、ちゃんと…だいじょぶ、だから」 懐かしさを感じる、不確かな既視感。 心臓を貫かれた方が余程マシだと思える痛み。 誰かと見た雨を、懐かしく想う。 誰かが居た雨の日を、切なく想う。 雨の降る日は居場所を探し、迷い、立ち止まる。 振り返ったとて、何が見える訳でも無い。 「謝ってばっかだな、お前は」 「…うん」 そうだね、と零して背を向ける。 でも、と零して窓から空を見上げる。 「俺が此処にいる証だと思えるから」 岩牢で両手足を繋いでいた枷の代わりに、 幼子をこの大地に繋ぎ止めるモノ。 抗えぬ、罪咎。 拭えぬ穢れこそが、幼子に生きる意味を与える。 そう、信じている。 「くだらねぇ」 不満そうに彼は吐き捨てる。 悟空は微笑った。 「うん、くだらないよね」 それで良いのだと悟空は微笑った。 彼の楔は一体何処まで幼子を蝕むのか。 深く、深く、埋め込まれた当然の痛み。 当然なのだと、信じきっている痛み。 解放される日など望みもしない、小さな希望が儚く揺れた。 END |
あとがき。 |
寺院時代。 思いだせない記憶にすがる悟空と、雨嫌いな三蔵。 うわ、救えない。 |
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