時さえもない場所で訪れる新しい月日を寿げるのなら
きっとその方が哀しいのだ



No-year

from.
小野瀬 苺さま





初めはそれを、雨かと思った。
赤い雨かと。
けれど地面に降るそれに、付随するはずの音がなかったから、次いで雪かと思った。
白い雪より赤い雪の方がいい。
全てを覆う白は清冽すぎて。
息さえできない気持ちになるから。

呆けたように、ただ、降るものを眺めていた。これがなんなのかわからなくて、雪にしては世界に音が満ちていて、不思議で、そして
――――懐かしくて。


「あ・・・・」

思わず口を開いていた。意味のある音をなさず虚しく震えるだけの声に、あと何度、自分は打ちのめされるのだろう。
呼ぶ名前なんてどこにもなくて。
何一つ知らなくて。
それでもいつまでも、哀しむのだろうか。

「・・・・」

ひらり、ひらり。

降る、もの。

これは本当に雪だろうか。雪であるならば、何故こんなに暖かな色をしているのだろうか。何故こんなに、全てを彩るように降るのだろうか。

零れ落ちそうに目を開き、何度も何度も無意味に唇を開閉させて、傍から見たら随分と間抜けな様を晒していたのだろう。
ここには誰もいない。



言葉にできないままに、手を伸ばした。
じゃらりとまとわりつく鎖が重いと、久しぶりに思った。

手なんて。
何にも届かないのに。




ひらり、ひらり。

降るそれは掌の向こう側を通り過ぎていく。

触れたら奇妙なぐらい暖かいのではないかと思った。



無心な幼子の様で手を伸ばす。ひたすらに、手を伸ばす。
胸騒ぎに似た感覚。

何かが呼び起こされる。ざわざわ。ざわざわと。


早くなくなればいいと思う心の奥底で。ああそうして、そんなざわめきをさえ、いつまでも愛しく思ってゆくのだろうか。
なんのためかもわからないのに。




・・・・・ひらひら。

降る、

それは、


それは。








うっわ
――――!!すげぇすげぇすげぇ――――!!


「・・・・」


―――!!まじぃ!!でもきれ――――っ。


「・・・・」


なぁなぁなぁ!これっ!なんてゆーんだ!?







・・・・・腕、が。

鎖に引かれてかくんと止まる。
止まる。


触れられない。

届かない。


もどかしさと。
慣れた諦めと。



「・・・・」



たとえこの手にできたとて。

それはあの日ほど美しく、優しいものには見えないだろう。



「・・・・え・・・・?」



ぼんやりと考える。ああ、自分は、これを知っている・・・・。

いつか。
いつか遠い日に。

きっと見たことがある。




そして名前さえ思い出せない。







「・・・・っ・・・・」





頬に刻まれるのは、笑みか、涙の筋か。
もうそれらが変わらなくなって久しく。



ただ諦めきった動作で。

小さな掌がそっと、握りしめられて。

光の色の双眸が閉ざされる。






「・・・・・届かねぇよ・・・・」









――――――――舞い散る桜だけが、それを見ていた。
















  もとろともに あはれと思へ 山桜
  花よりほかに しる人もなし

                 前大僧正行尊















- fin -



カンシャのきもち。

えーと、小野瀬苺さまに2005年の年賀に頂きました(とんでもない)。
私のイラストに小説つけていただいたのですよありがたい!
この切ない悟空テイストが私好みで…っっ!
小野瀬さまの文章はホントに綺麗で切なくて大fanなのです。
素敵なものをありがとうございましたvv



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