桜が舞う。
幾千、幾万、数え切れないほどに。
吸い込まれるようにして、見ていた。
真白な花弁が、紅く、染まり行くのを。
俺が、護ろうとした小さなカケラを。

No Matter What



今まで、叶わないことの方が少なかったかもしれない。
親や親類のお陰で、権限も地位もあった。
だから、己がこんなにも無力だなんて、
思い織ることがなかったんだ。
今頃になって、悔やむことすら莫迦莫迦しいけれど。
俺は、
この腕の中の重みすら、俺は織ろうとしなかったのだから。

『逃げる』。

その言葉以外に、当てはまるものは無かった。
5人のうち、3人は重症。
加えて1人は人質という、なんとも無謀な組み合わせだ。
金蝉、捲簾、天蓬、悟空。
彼らは、反乱者として追われていた。
西海白竜王傲潤、そのヒトを人質にして。
「走れますか、金蝉?!」
天蓬、捲簾が道を開き、金蝉が悟空を抱えたまま走り出す。
「見くびるな」
いつもの、どんな強気な言葉さえも、気休めにしかならない。
分かっていても、護りたいと思うモノがあるのだ。
それは更なる強みとなり、彼らを強くする。
ただ、その先に必ずしも希望があるかといえば、そうでもなかったかもしれない。


何とか、追っ手から逃れ、館へと流れ込んだ。
「出入り口、全部塞いでくるわ」
簡単な手当てを施され、捲簾は立ち上がる。
「そっちに工具ありましたよ」
指差して、天蓬は煙草に火を点ける。
「塞ぐモノは、そのヘン破壊して調達してください」
なんとも物騒な天蓬の提案に、
あぁ、と手をあげて彼は出て行った。
もっとも、この状態で、彼ら以上に無謀なことなどなかった。
傲潤を縛り上げると、睨みつけられる。
「そんなに睨まないで下さいよ。あの状態じゃ仕方なかったんですから」
悪びれもせずに、彼は微笑う。
「ふざけるな。お前等、これで逃げおおせるとでも…」
「思っていませんよ」
紅い瞳の男にだけ聞えるように、天蓬は呟く。
彼は、僅かに目を見開いた。
「お前達は…」
「暴れなければ、危害なんて加えませんからご安心を」
そう言って、天蓬は笑いながら彼の元を離れた。



そう。
逃げられるなどとは思っていない。
彼らは軽く、そう告げたのだ。



悟空を覗き込めば、未だ深い眠りの中。
目覚める様子は一向に無かった。
「金蝉」
「何だ」
幼子から目を離すこともせずに、金蝉は返事をした。
苦笑して、天蓬は後ろの辺りに腰掛ける。
「大丈夫ですよ」
金蝉は視線だけ彼へと投げた。
「絶対、大丈夫です」
視線を、悟空へと戻し、金蝉は顔を顰める。
組んでいた両手に、織らず力が入った。
ギリ、と衣擦れの音がする。
「何が、大丈夫なんだ」
この、絶望的な状況の中で、何一つ大丈夫なことなどない。
そう言いた気だった。
「貴方が望んでいることですよ」
「俺が、望むこと…だと?」
トン、と灰皿に灰を落としながら、天蓬は真剣な眼差しで射抜いた。
時折見せる、策士のソレで。
「初めてですよね、貴方が何かに執着するのなんて」
クスクスと笑いながら、天蓬はなおも続ける。
「この天界には無かった、破天荒な子どもだけが、貴方を変えたんです」
「何が言いたい?」


織っているくせに、織ろうとしない。
俺が、今まで何にも執着しなかったのは。



「大切なんでしょう?悟空が」




こんな風に、失うことが怖かったからだ。
畏れていたんだ、きっと。
いつかは、必ず離れていく日が来る。
それさえも畏れて、触れることすら、厭った。



「俺は…」



触れなければ、痛みなど織らずにいられたから。







伸ばそうとした手を、いつだって抑え込んでいたんだ。





堪えきれないというように、天蓬は笑い出す。
「いい加減、認めたらどうですか?たまには素直になるのも良いですよ」
眉間に更に皺を刻みながら、金蝉は天蓬を睨みつける。
「お前、いい性格してんな」
「何を今更」
ひらひらと手を振る。
灰皿に煙草を押し付けて、背伸びをした。
「そろそろ、捲簾が帰ってきますね」
緊張感のカケラも無いように見せて、どこまでも研ぎ澄まされた感覚。
彼が元帥たる所以。
キレ者であるがゆえに、上層部から危険視されてきた。
本人もソレを理解している。
本当に何にも執着していないのは、彼のほうなのではないだろうか。
時々、そう思えることがある。
「大丈夫ですよ」
彼は繰り返す。





「悟空は絶対に、僕達が死なせません」




例え、この生命が果てようとも。





「天蓬…?」
怪訝そうに見やる金蝉に、天蓬はクスリ、と笑う。
「お前…何を、考えている?」
「悟空を生かして、地上へ還すこと、です」
立ち上がって、悟空の頭を優しく撫でた。
金鈷の砕けた額へ、うっすらと汗が滲んでいる。
彼もまた、闘っているのだ。
「手段を選んでいる場合じゃ、ないでしょう」
ねぇ、金蝉?彼は言って、口元だけで微笑う。
さらり、と肩口から黄金の髪が流れた。
「もう、俺達しかいないんです。悟空を護ることが出来るのは」
そうして、と天蓬は続ける。




「最期に悟空を護るのは、貴方しかいない」




それが、何を意味するか。
分かりきったことだった。
すぐに是とは答えることが出来ない。
けれど、他に方法があるはずも無い。
最善の手段、それ即ち最悪の手段。




―――盾になる気か…?




尋ねようとしても、声が出ない。
織っているからだ。
分かっているからだ。
問うたところで、何も変わらぬことを。




だから、俺は頷くしかなかったんだ。



「分かっている」




最期の望みすら、希望に成り得ぬことを心から呪った。





ガチャリ、と音がして扉が開く。
「おーい、出入り口全部塞いだぞー」
戻ってきた捲簾が、2人を見やる。
「?」
常成らぬ雰囲気に、顔を顰めた。
「何か、あったのか?」
「これ以上に、何かあるんですか?だったらイヤだなぁ」
茶化しながら発する台詞には、感情はこもっていない。
「おい」
不意に、金蝉が呼びかける。
その瞳は、真っ直ぐに前を見ていた。




「絶対に、護るぞ」



一瞬、驚いた表情を見せたが、微笑い、2人は頷いた。


「勿論」

「あったりまえっしょ」




逃げられる場所なんて、どこにもない。
篭城なんて、いつまで持つか分からない。
だったらいっそ、この生命果てるまで。
否、アイツを護り切るその時まででいい。






この生命永らえるよう
―――





桜の如く、散らぬよう
―――


END



あとがき。
なんだか書きたくなった。
お陰で、今回は金蝉殿祭りさ!
この前の話に行き着くまでの、ちょこっとストーリー。
天界編は、死ぬ気はなくても、死ぬ覚悟はしてる感じで、
やっぱり暗いのだよなぁ。

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