死んでも、何も変わらない。 彼は言った。 一度は納得したけれど、 言い得て妙な言い回しに、心地悪さと、非道い吐き気を感じた。 彼女が死んでも、世界は変わらず廻り続ける。 |
No See |
秋空の高く晴れた午後。 河原の側で、子ども特有の甲高い声が響く。 「あんまり河の傍にいったら駄目ですよ」 「はぁい」 教師と思われる青年が、子ども達に注意をしている。 時折、河原の傍をヒトが通り、微笑ましげに穏やかな視線を投げた。 「先生、悟能先生」 手を引かれ、悟能は手元を見下ろした。 小さな女の子が、はい、と手折った紅葉の枝を差し出す。 「綺麗だったの。花喃姉ちゃんにお土産」 受け取れば、真っ赤に染まった紅葉は、紅い影を作り出した。 柔らかく微笑んで、彼は少女の頭を撫でる。 「ありがとう。でも、草花も生きている。簡単に手折っては駄目ですよ?」 あ、と小さく声を漏らし、バツの悪そうに俯いた。 「ごめんなさい」 2、3度頭を軽く撫で付け、今度こそ悟能は笑う。 彼が笑うのを認めると、少女は元気よく友人の元へと走って行った。 手に残る紅葉の枝を見つめ、ふ、と口元を歪める。 「お土産、か」 自嘲気味に漏らされた呟きは、河の囁きにかき消された。 まるで、自分達を戒める血の色のようだと思った。 決して赦される事の無い、呪縛を思った。 ソファに凭れ掛かり、ひとつ溜息をついた。 「花喃?」 手にしていたカップをテーブルに置いて、隣の少女を肩越しに見やる。 花喃は膝を抱え、ゆらゆらと船を漕いでいる。 「如何か、した?」 ちら、と視線を投げると、直ぐに膝に顔を埋めた。 横から見ていると、不貞腐れているように映ったが、 心当たりがまるで無い。 「今日の授業は、河原でやっていたでしょ」 花喃はぽつりと、呟いた。 訳が分からず、彼は頷く。 「うん」 「楽しかった?」 「楽しかったよ」 半眼でじとりと睨まれた後、彼女の後頭部が目に入った。 「ふぅん」 子ども染みた動作が可愛くて、愛おしくて、思わず吹き出しそうになる。 手を伸ばしかけて、触れる直前で引き戻した。 持ち帰った紅葉の枝が、花瓶の中でするりと傾いた。 ほんとはもっともっと 君を抱いていたかったんだ でも 厭かなって思って 触れられなかったんだ 背を向けてしまった花喃は、不貞腐れたまま、 不機嫌を隠しもせずに口を開く。 「私、傍に居たのよ。気付かなかったでしょ」 言われてみれば、遊ぶのに一生懸命で、 あの時、誰が傍を通ったなど憶えては居ない。 花喃が傍で見ていたとしても、恐らく気付きはしなかっただろう。 あの日 ちょっと離れて じっとこっち見てたのは 傍に居たかったんだと思っても いい? 苦笑して、今度こそ彼女の肩を抱いた。 「声、かければよかったのに」 引かれた腕に任せて、身体を預ける。 肩口に、こつんと頭が当たった。 「だって、悟能ったら気付かないんだもの。悔しいじゃない」 手を前に突き出し、足を伸ばした。 くるりと向き直ると、人差し指を悟能の目の前に突きつける。 「だから、声なんてかけてやるもんかーって思ったわ」 口を尖らせ、頬を膨らませた。 そっぽを向きかけた彼女の頬に手を添えて、額を合わせる。 「もしかして、ヤキモチ?」 軽く舌を出して、彼の首に腕を回した。 「教えてあげない」 お互いに、ふ、と口元を綻ばせ、ゆっくりと唇を重ねた。 紅い紅葉が、ひとひら落ちた。 「さよなら、悟能」 あの日の夜 君が姿を消したのは 君が見せた最後のプライド 脇から、不意に伸ばされた手。 夕飯を作っていたことを思い出し、隣の男を認めた。 「どしたの、八戒」 流しに立ったまま、ぼんやりとしていたようだ。 目に入る紅い髪が、不思議と昔を連想させた。 皿に盛られていた料理をしっかりと指先に摘んでいる。 「行儀悪いですよ、悟浄」 「今更、今更」 ひょい、と口に放り込み、悟浄は椅子を引いて腰掛けた。 仰ぎ見るように首を擡げれば、中途半端に伸びた髪が後ろに流れる。 「遠い目してんぞ」 「そうですか?」 「ソウ、なの」 八戒は苦笑して、料理をテーブルに並べ始める。 無意識に、モノクルへと手を伸ばした。 「見えてるのになぁ」 呟きにも似た台詞に、悟浄は嘆息する。 「いいケドね、別に」 微妙な境界線。 そこを踏み越えてはならないような。 それは、暗黙の了解。 傷は未だ、疼き続ける。 ねぇ 君が居なくても 変わらず元気でいるよ ねぇ 君が居なくても 変わらず笑っているよ 死んでも、何も変わらない。 確かにそうだった。 けれど、それを認めるのが怖かった。 誰にとっても変わらない世界であったとしても、 確かに、僕にとっては全てが変わってしまったのだから。 こんなにも光 満ち溢れてるのに この目には ねぇ 何も映らないんだ 映らないんだ 無くした筈の片目が疼いて。 確かに、世界はこの目に映っていたのに。 END |
あとがき。 |
私の好きな『fra-foa』の曲から。 タイトル忘れたけど(オイ)。 聞いてて、悟能と花喃の歌だ!と思ったのですよ。 思いがけず悟浄登場で、何がなんだか。 |
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