Origin





    全ては、あの時から始まった。
    アイツが生まれた、その瞬間から。
    お前はそれが分かっていないのだろう。
    どれだけ周りの奴等を巻き込んだ?
    どれだけアイツらを、変えていった?
    なぁ、悟空。





    両手にお菓子をいっぱいに抱えて、目的の場所にわき目もふらず走って行く。
    悟空は、そのあたりを歩いている者たちの間を器用に避けながら、
    目的地に辿り着いた。
    そして、その扉を勢いよく開く。
    「金蝉っ!!」
    部屋に入ると、中には来客らしい者の姿がある。
    その為か、金蝉の顔、というか彼の周りの空気は不機嫌そものだった。
    悟空は一度躊躇したが、もう一度彼の名を呼ぶ。
    「金蝉?」
    やっと悟空に気付いた金蝉が一瞥を加える。
    「何だ?」
    来客の方は、悟空の方を見やるだけで、何の関心も示さない。
    否、侮蔑の眼差しならともかく、関心を示すことなど出来ないのだ。
    (何か、あの目…やだな)



    ―――金色の瞳を持った、『異端なる存在』だから



    「悟空」
    名前を呼ばれ、我に返る。
    おどおどした様子で、金蝉から少し目をそらす。
    実際はそのそばにいる者から、だが。
    「…えっと、天ちゃんからお菓子いっぱい、もらったから、だから、金蝉も」
    途切れ途切れに紡ぐその言葉は、聞き様によれば泣いているようだった。
    「その辺に置いとけ」
    まだ忙しいと言わんばかりに口を開く。
    悟空は、持っていたお菓子を彼の仕事机の上に置いて、
    部屋を出て行った。
    (…………?)
    珍しく大人しい悟空に疑問を持った金蝉だったが、
    今は目の前の者をさっさと用事を済ませて追い出したかった為、
    それほど気にはしなかった。





    天蓬は高い本棚を見上げ、手を伸ばす。
    一冊のバインダーを手に取り、書類と照合しているようだ。
    「ここ、間違えてるじゃないですか…」
    …あれほど言ったのに。
    呆れとも、哀しみとも取れるため息をつき、彼はそれを仕事机に持って行く。
    どうやら、彼の持っていた書類は彼の上司捲簾大将が書いたものらしい。
    まぁ、押し付けた本人が言う台詞ではないが。
    彼は、高い地位に就いているにもかかわらず、職務を怠ってばかりだ。
    そのカバーを捲簾が行うというわけである。
    しかし、最近は天蓬の方も本当に忙しいらしく、
    『笑顔』で彼に手伝ってくれるように、『頼んだ』のだ。
    捲簾談「あれは、頼んだじゃなくて、脅迫だ…」
    間違えやすいところを、何度も念入りに教えたにもかかわらず、
    彼は軽い返事を返すだけだった為、ご丁寧に間違えてくれている。
    「・・・捲簾の場合、新しい嫌がらせかも」
    よっぽど身に憶えがあるらしい。
    ペンを取り、新しい書類にサラサラと文字をつづっていく。
    慣れているだけあって、こちらは仕事が速い。
    ふと、扉のあたりに気配を感じ、顔を上げる。
    「悟空?」
    扉を開けて、栗色の髪をした少年が入ってくる。
    うつむいているので、表情が良く見えない。
    丁度、書き直しが終わったらしく、天蓬は椅子から腰を上げた。
    悟空と目線を合わせる為、彼は身をかがめる。
    「どうしたんですか?」
    「……金蝉、まだ忙しそうだったから」
    (おやおや)
    天蓬は苦笑すると、悟空の頭にポンっと手を乗せた。
    「その様子だと、まだお菓子食べてないんでしょう?」
    彼は、無言で頷く。
    「だったら、たくさんあるので食べていきませんか?」
    今度は、無言のまま、首を左右に振る。
    「?」
    「だって、さっきいっぱいもらったし、それにっ…」
    ようやく、悟空は顔を上げた。
    今にも泣き出しそうな顔だ。
    「金蝉も、食べてないから」
    彼は悪いと思いつつも、思わず吹き出してしまった。
    悟空はいきなり笑い出した天蓬を、驚いた瞳で眺めている。
    「すっ、すみません悟空っ。笑うつも…りはっ」
    そう言ってはいるが、笑いが止まる様子はない。
    「???」
    「それならさ」
    不意に背後からの声。
    悟空は、頭上を見上げた。
    「飲みモンくらいならいいだろ?」
    「ケン兄ちゃん!」
    「よ♪」
    そこには片手をあげ、不敵な笑みを浮かべた捲簾がいた。
    捲簾は、笑いつづける天蓬を見ながらため息をつく。
    「あいつ、笑い出したらなかなかとまらねえからなあ」
    ガリガリと頭をかき、もう片方の手を腰にやる。
    何とか、笑いのおさまった天蓬は姿勢を正しくした。
    「そうですね、ミルクでも持ってきます」
    そう言うと、彼は奥へと引っ込んだ。





    カチャカチャと、カップを用意する音がする。
    温めているのか、湯気が見える。
    ソファに腰掛け、泣きそうな雰囲気は消えたものの、
    悟空は俯いたままだ。
    捲簾は、彼の隣に腰掛け、その様子を眺める。
    「何だぁ?いつもの元気はどうした、チビ猿」
    「…猿じゃねえもんっ」
    その声さえも、いつものそれとはおとなしく聞こえる。
    (こいつを、ここまで落胆させる事が出来るなんて…)
    そこまで考えて、ある答に行き着く。
    (なるほどね)
    思わず、苦笑してしまう。
    「保護者はどうした?」
    悟空は、さっきよりも俯いて泣きそうな顔になる。
    「何か、仕事、忙しそうだったから」
    「捲簾」
    丸い盆にカップを3つ乗せて、天蓬が出てくる。
    コーヒーの匂いがするカップを捲簾に渡した。
    ミルクの方は悟空に。
    自分のカップを、悟空の向かい側のソファの、手前のテーブルに置く。
    「ありがと、天ちゃん」
    「止めて下さいよ、捲簾。悟空をいじめるの」
    せっかく、落ち着いてきたのに。
    捲簾には、そんな声が聞こえてきそうだった。
    「はいはい、保護者さんに怒られるからな」
    冗談めかして、カップを口に運ぶ。
    その言葉に、天蓬はある事を思い付く。
    「そうだ、悟空」
    「何?」
    悟空を見ると、両手でカップを持ち、ミルクを飲んでいる。
    にっこりと彼は微笑むと、悟空に一つの提案をする。
    「金蝉を、ここに呼んで来てくれませんか?」
    悟空は、目を大きくして、一瞬、呆気に取られる。
    「金蝉を?」
    「ええ」
    「いいの?」
    もう一度確認を取る悟空に、優しく微笑む。
    「もちろんです。そろそろ、仕事も終わっているでしょうし」
    彼には、来客があって、それが誰なのか分かっているようだ。
    悟空は、ミルクの入ったカップをテーブルに置くと、
    勢いよく部屋から出ていった。
    「なあ」
    「はい?」
    それを見送った後、捲簾は天蓬に尋ねる。
    「あいつが来ると思うか?」
    「来ると思いますよ。何だかんだ言って、悟空には敵わないんですから、あの人は」
    「策士だな」
    呆れたように笑う捲簾に、彼は微笑んだ。
    「おや、お褒めに預かり光栄ですね」





    やっと来客を帰して、仕事机に戻る金蝉。
    「ったく、同じ事繰り返して何が面白いんだか」
    ため息をつき、書類をまとめる。
    ふと、先ほど悟空が持ってきた菓子に気付いた。
    「よく、こんなに持ってきたな」
    気付かなかったが、一つも食べずにこんなに多くの菓子を持って帰ってきた事は少ない。
    (珍しい事もあるモンだ)
    少し、考えを巡らしてみる。
    自分で食べる用に持って帰ってきたのだったら、
    金蝉に話し掛ける事などしないだろう。
    だったら、何の為に?
    (そういや、最後に何か小さな声で言っていたな)
    確か…。



    ―――一緒に



    一瞬、動いていた手が止まる。
    適当に返事をしたので、気にも留めていなかった。
    傷ついたかもしれない。
    あの猿が?
    まさかと思いつつも、一度考えるとなかなかその考えは
    頭を離れない。
    「………」
    無言で立ちあがると(一人で居るのに話していても怖いが)、
    扉に向かう。
    彼が開こうとするよりも先に、その扉は開いた。
    栗毛色の髪をした少年が、金の瞳を動かして、金蝉を見やる。
    「金蝉、どこかに行くのか?」
    「どこか…って」
    そこでとどまる。
    どこに行くつもりだった?
    彼の性格からして、言うわけが無い。
    「……別に」
    「だったらさ、天ちゃんが、金蝉も呼んでこいって言ったから!」
    グイと、返事を聞こうともせず彼の手をひく。
    「行こ!」
    「わかったから放せ」
    人に触れられる事を好まない彼は、いとも簡単に悟空の手を払う。
    しかし、悟空は気にする態度も見せずに金蝉を急かす。
    金蝉の考えは杞憂だった様にも思えた。
    そんな事も無いのだが、ともかく今は浮上しているようなので、
    一応一安心だろう。
    気付いているのかどうか分からない。
    彼自身が、大きく影響している事に。





    再び天蓬の部屋の扉が開く。
    「いらっしゃ〜いv」
    「・・・妙な物真似するな」
    「何の話だよ?」
    笑顔で迎える彼に、金蝉はあからさまに不快そうな顔をする。
    「何だ、この甘ったるい匂いは」
    天蓬は、彼らが来る前に、菓子やら飲み物やら、
    色々なものを用意していたようだ。
    金蝉は扉を閉めて、悟空の後に続く。
    「おいしそうでしょう?」
    「うんっ!」
    見ると、テーブルにはケーキや、フルーツ、
    ブッセに、チョコレート、プディング、その他諸々の
    菓子等が並んでいる。
    「野郎が集まって食う物か、これは」
    少々げんなりとした様子で、金蝉は天蓬の隣に座る。
    「女性を呼んでいても、貴方は喜んだりしないでしょう、誰かさんと違って」
    「誰かさんって誰の事だよ」
    捲簾は、苦笑しながら天蓬を見やる。
    「言って欲しいんですか?」
    「…いや、いい」
    笑顔で答えられると、どうしても明後日の方向を見たくなる。
    「な、天ちゃん!食べてもいい!?」
    待ちきれなくなったように、悟空が声を上げる。
    「えぇ、どうぞ」
    「いただきまーす!」
    切って、皿に盛ってあったケーキを頬張りながら、幸せそうに笑顔を浮かべる。
    そんな悟空を眺めながら、天蓬は笑みが零れる。
    金蝉にも、フルーツを皿にとって手渡す。
    「これなら、甘ったるくないでしょう?」
    それを受け取りながら、呆れたようにため息をつく。
    結局は、金蝉だけでなく、天蓬も捲簾も悟空に甘い気がしてならなかった。
    「俺は酒が欲しいよ」
    烏龍茶を飲みながら、捲簾が愚痴をこぼす。
    「お酒ばっかり飲んでると、そのうちアル中になりますよ」
    天蓬の忠告も気にする様子はない。
    ポケットに入っているたばこをとりだそうとして、
    彼にもう一度忠告される。
    「子どもがいるんですから、たばこは止めて下さいね?」
    そこで止めなければ、それがどんな被害をもたらすかを延々と説教されそうな
    予感がした捲簾は、黙ってたばこを元に戻す。
    「たまには甘い物もいいですよ。疲れが取れますから」
    「わーってるよ」
    ちら、と悟空を見やると、本当に幸せそうに食べている。
    確かに、悟空を見ていると思わずこちらまで微笑んでしまう。
    それだけの影響力があるのだろうか。
    3人は、同じ事を思っていたのか、顔を合わせると笑みを浮かべた。





    「500年は、思っていたよりも長いんだな」



    観世音は、水面を眺めながらぼやく。
    いつものように、玉座のような椅子に足を組んで座り、肘をついている。
    そばにいた二郎神は相づちを打った。
    「そうですね。しかし、気付かされた事も多かったような気がします」
    「気付かされた事、か」
    「観世音菩薩?」
    両手を空へと伸ばし、背伸びをして立ち上がる。
    池へと近付き、背をかがめて蓮の花を一つ手折る。
    水の滴が、水面へ波紋を広げていった。



    「俺も、あの時死んでいれば、アイツらみてぇに好き勝手に生きる事が出来たんだろうか」



    神といえども、いや、神だからこそその行為は制限されてくる。
    人への干渉は最小限に抑えられるし、その役割を行うのもほんの一部の者だ。
    平和だが、平和過ぎてつまらない天界の暮らし。
    時折、三蔵たちが羨ましいとすら思える。
    「観世音菩薩…」
    二郎神が言葉に詰まる。
    「分かってるよ」
    持っていた蓮の花に口付けをして、水面に浮かべる。
    その蓮の花が、再び波紋を広げた。



    「俺は、こうしてアイツらを見守る為にここにいるんだ」



    そう言って、観世音は微笑んだ。





    アイツらは変わったよ。
    つまらなさそうにしていた、あの表情さえも消えてしまうくらいに。
    それは、きっとお前のおかげなんだろうな。
    俺がいくらからかっても、金蝉はあんな顔をした事はない。
    穏やかな顔を見せた事がなかった。
    天蓬は、笑顔を浮かべてはいるが、本当に笑っていたのかどうか分からなかった。
    捲簾は、女に手を出してばかりだったが、それが、
    本当に望んでいるものだか分からなかった。
    だがな、悟空、お前が来てから変わったんだよ。
    気付いていなかっただろうな。
    アイツらは『笑う』ようになったんだ。
    そして、何かを望むようになった。
    自分以外の何かを、な。






    END


    あとがき
    無駄に長いですねえ(汗)。みかん汁殿への贈り物です。
    天界編だったら何でも良いと言うことでしたが、いかがでしたでしょうか?
    野郎だけでティータイムです(笑)。
    あの4人だ
    ったら、まだ許せる範囲だと思いますけれど。
    観世音菩薩様は好きですね、書いていて楽しいです。
    ただし、私の書く観世音菩薩様は、あの破天荒な元気が無いのが特徴です(汗)。



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