純(しろ)が全てを喰らってゆく。

喰らわれることに怯えた日々もあれば、それを夢見たこともまたあったのだ。



purify
By.小野瀬 苺様




薄く白い煙が、雪に煙る光景の中に溶けてゆく。
何故紫煙というのかと、そういえば昔不思議に思ったことを思い出す。
白い煙に紫という字をつけた、その理由を考えたこと。


溶けてしまいそうだと、呟くとちらりと視線が返る。
溶ける前に凍えて死ぬな、と突き放したような返答。

凍えたら死ねる?そう返せば、先に言ったのは自分のくせに、不機嫌そうに眉をひそ
めるのだ。
答える前の数瞬に、また煙が白銀に曇る空に溶けた。

この程度じゃ無理だな。そう、彼は言う。
ああ、そうだろうねと、少し笑った。


死ぬことなんて容易くはないから。
生きることと同じように。


此処にいることにさえ、時折、考えられないほどの力を費やしているのではないかと
思うこともある。




雪野原に、しなやかな指先に弾かれた煙草が落ちた。
全ての音を吸い込むような世界の中で、火種が雪に接して消える音は、ひどくもの悲
しいように空気をわずかに揺らして。


何を考えている?

そう、問われて首を傾げる。


別に何も考えてはいなかったのだ。
この真っ白い、美しい雪景色に、怯えずにすむようになってから、まだ日は浅い。
今はまだ、ただその白さを眺め得る自分に、驚くばかりの日々で。


―――自分が、変わってゆくことに、何度でも鮮やかな衝撃を覚える。


あの日出会った瞬間から。
掌が触れた刹那から。




少しびっくりしていたのだと、告げれば彼は表情の読めない顔をする。
哀れみとは違う。喜ぶようでもない。
わからない。何を考えているのかなど。
わからなければならないとも思わない・・・・ただこうして。

二人で美しい白を見ている。

それだけのことで、今は。





あんたみたい。
ふと呟いていた。

キラキラと光を弾く雪原。
白く、遠く。
汚されないもの。

滴り落ちる朱さえも己が輝きに変えて。



ひどく不機嫌な顔になって彼は、勝手に人を関わりないモノに例えるなと吐き捨て
た。
偶像崇拝など真っ平だと。

難しい言葉はわからなかった。
ただ思ったことを言うだけ。



もし今ここで俺が死んでも、俺の血が白を染めても、それでもきっと綺麗だと。

何もかもを飲み込んでいくように。
それでも鮮やかに輝くだろう。


―――何故だろう。
彼は、まるで哀しいような目をした。

深い深い紫。

雪には溶けられない深い色彩。



ああ、今の自分も。

白い世界の只中で。

溶け込めぬ色彩をさらし、消え去れぬ存在をさらして、いるのだろうか。





・・・・どんなに白くても、どれほどの高みから降ろうとも、何一つ清めてはくれ
ねぇよと。

彼が言った。



その意味をわかるような気がしたし、わからないような気もした。


ただ、なんとなく。



白に呑まれて、消え去りたいわけではないのだと、返した。





彼は浅く息をついて、その息は白く、世界に溶けて。
けれど彼は彼として、そこにいるのだった。

その隣に。自分がいるだけ、だった。






―――帰るぞ。そう言って、向けられる背中を追って歩き出す。


ひどく当然のようにその背中を追う自分に、ふと息を呑むような気持ち。




本当はさ、
その背中に向かって呟く。心の中で。
それでも、何故か彼はそれをわかっているという確信があった。


本当は、この白の中に、呑まれてしまえば楽になれるかもしれないと思ったことも
あった。
白に怯え、自らが消え去りそうな恐れを抱えて。
蹲りながら、どこかで
―――まるでその恐怖の影のような想念が、いつもひやりと心
を掠めていった。

このまま、全て消えてしまえばいいのに。

自分もまた、飲み込まれ、白に溶けて、消え去ればいいのに。

そんなふうに。



あんたもそれをわかっているだろう。それを知っているだろう。
あんたもまた、そう願ったことがあるからだ。

何一つ清めてはくれない、この白さに。




――――くらり、と目眩がした。

失敗した、頭の片隅で冷えた思考が呟く。
純粋な白さを、見つめすぎてしまった。

まだ慣れてはいないのだ
―――この静謐で冷たい、鮮烈な白さには。


倒れたりしたらカッコ悪すぎる。
そう考えることで踏みとどまろうとした、視界に。


―――ああ、そうか・・・・。




白い白い白い平原に、足跡。
小さな。

いずれは消える。けれど決して溶け込むことのない、己の、存在の証。




―――悟空」




白の、純(しろ)の、只中で。



名を呼ぶ声を聴く。




くっきりと存在を主張する足跡と。

鮮やかに存在を認めていることを告げる声。





身勝手に零れ落ちて頬をつたう雫の、熱さ。








乾いた喉は名を呼ぶ動きにひきつれてわずかな痛みを生む。
それすらも。


ただ、自分が、ここにいるということを。




「・・・・三、蔵」





掠れた声で名を呼んで、そこにいるよな、そう呟けば、見りゃわかんだろと、まるで
怒っているように返されて。
乱暴な足取りで近づいて。

―――無造作に、掌を。




白い雪がかじかむ頬に触れて解けた。つ、と落ちる冷たい雫の、まざまざしい感触。

吐息は空気に溶けて、空は変わらず鈍い白銀と灰色の中間の色にけむり。




絡めた指先に感じる、ただ生きてることを証するだけの、熱。






白い白い世界の中で、この温もりは疑いようもなく現実で。

そうして、それに触れている自らもまた。

――――現実で。










ああ、そこに、いる。


ああ、ここに、ある。







たったそれだけ。

良いも悪いもない、たった・・・・それだけのことなのだと。





思いながら、どこか泣きたい気持ちで絡めた指先に力を込めた。




- end -

カンシャの気持ち
『eclose. 』の小野瀬苺さまに頂きました!
小野瀬様の書かれる文章が大好きで、頂いたときには狂喜乱舞でございましたよ!(笑)
去年の・・・クリスマス?(忘れんな)だかにお送りしたイラストを元にして
書いていただいたのです。
彼らの会話が名前だけ、という印象的な表現が何とも素敵です!
真白な世界に、言葉だけが溶けていくような、そんな雰囲気。
ありがとうございました!
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