Regret






街を遠くまで見下ろせる丘。
真っ直ぐに見つめ、視線を落とす。
「…莫迦だなぁ」
紅く、例えるならば兎のような、
風変わりである髪型をした少女が溜息を吐く。
力無く腰を下ろし、膝を抱える。


―――博士は、凱が心配じゃ無いんですかっ?!

―――子どもを心配せん親がおるか!


混乱していたとは言え、言ってはいけない言葉だったに違いない。
どのようなことがあろうとも彼が、凱を心配しないはずが無かった。
彼らの傍に居て、それは良く分かっていたはずなのに。
「こんな所におったのか」
聞き覚えのある声が、背後から投げられる。
思わず、びくりと肩を揺らした。
「博士…」
振り返れば、白髪に奇抜な髭の老人が立っていた。
いつもならばジェット噴射付きのローラースケートのようなものを履いているが、
今は脱いでいるらしい。
「さっきは、すみませんでした」
「いやいや、ワシも強く言い過ぎた。すまんかったの」
ゆっくりと命の隣に腰を下ろす。
端から見れば、ただのひょうきん過ぎるお爺ちゃんではあるが、
これでも世界十大頭脳とまで謳われる一人、獅子王麗雄である。
その知識は幅広く、信頼もそれなりに厚い。
「…なぁ、命君」
「はい?」
「ワシはな、ずっと後悔していたんじゃよ」
自分の手元に目を落とし、寂しげに微笑う。
それはまるで、懺悔のようだった。
「絆が宇宙で行方不明になって、今度は凱までも…」
母を迎えに行くと、当時最年少での宇宙飛行士となった息子を、
誇りに思い、また、不安にも思った。
もし、彼女と同じに、二の舞になってしまったら、と。
そしてそれは、現実となった。
「ワシが、凱を死なせたくなかったんじゃ。だから、あんな形で生き残らせた。凱が、望む望まないに関わらず、な」
そう、これはエゴだ。
自分がひとりになりたくなかった。
もう、家族を失いたくなかった。
「もしかしたら、ヒトのまま死にたかったかもしれん。もしかしたら、もしかしたら…そればかり考える」
強く、組んだ両手を握る。
グローブがぎり、と擦れた。
自嘲気味に浮かんだ笑みは、すぐに消えた。
「危険の中に身を置かせねばならぬことを織りながら、それでも、ワシは凱を失うことに耐えられんかった」
情けない話だ、とぼやく。
黙って耳を傾けていた命は、小さく首を振った。
麗雄の手に、そ、と触れる。




「私は、感謝しています」




穏やかに微笑む命に顔を上げる。
「博士が、凱を助けてくれたことに。凱が、生きていてくれたことに」
両親が亡くなり、凱までも亡くなったという報せを耳にした時、
これを破滅と呼ばずして何と言うのかと思った。
全てが崩壊していくような感覚が体中を駆け巡り、涙が止まることなく溢れ出た。
このまま、世界が終わっても、それは大したことではない気さえした。
「凱が、博士を恨むことなんて無い。もし、そうだとするのなら、凱は一体何の為に闘っていると言うんですか」
さぁ、と風が通り過ぎる。
驚くほど静かで、けれどあたたかな風。
涙すらも、優しく拭って行くような。
「凱を、信じて下さい。自分を、信じて下さい。博士は自信たっぷりに笑っているのが一番似合いますよ」
ね?と微笑って首を傾げる彼女に、麗雄は苦笑する。
静かに目を伏せ、小さく、頷いた。





「ありがとう」




零れたのは、言の葉だけだったろうか。
すぅ、と流れた一筋を、命は見ない振りをした。





END



あとがき。
ぼちぼち打ち止めっぽいです。
ネタが無い…!(笑)

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