Right and Duty





      まだ、見つからないんだ。

      君に対する償いの答えが。






      暗闇の中に、白い着物の女性が浮かび上がる。
      紫のショールが、風になびいている。

      ―――と、もえ?

      剣心は呟く。
      いつか見た彼女の微笑み。

      『どうか』

      ふわり、と漂ってきそうな白梅香。

      『どうか、倖せに』

      巴に近付こうとして、吹き付ける風に遮られる。

      ―――と…ッ!!

      次いで、鎌鼬が通り過ぎたかの如く、巴の肩から亀裂が入る。
      迸る鮮血が、忘れえぬ記憶をより一層鮮やかにする。

      ―――…ッッ!!」

      崩れ落ちる巴を支えようと、
      手を伸ばしたと同時に、現実に引き戻された。
      目に映ったのは、見慣れた天井。
      暗闇ではなく、そこは家主より宛がわれた自室。
      「…あ…」
      伸ばした手を、左頬の傷へと触れさせる。
      まどろむ意識の中、再び目を閉じた。
      眉間に皺を刻む。
      「俺には…倖せになる『資格』なんか…ないんだ。」
      まだ明けけやらぬ空を感じてか、剣心はもう一度眠りについた。
      「巴」
      呟くその名は、初めて愛した女性の名。
      きっと、そう。



      今も愛しているだろう。




      昼もとうに過ぎた頃。
      太陽は高く昇りきり、雲ひとつ無い青空だった。
      風が心地よく、何度も何度も頬を掠める。
      剣心は縁側で、何気なく庭を眺めていた。
      「剣心?」
      不意に呼びかけられ、彼は顔を上げた。
      見れば、薫がこちらを不思議そうに覗き込んでいた。
      いつの間に、庭に出ていたのだろうか。
      「薫殿」
      表情を和らげ、微笑む。
      「隣いい?」
      尋ねてくる彼女に、席を空ける。
      腰掛けて、空を見上げた。
      「いい天気ね」
      無邪気に微笑む少女に、つられて頷く。
      「そうで、ござるな」
      しかし、どこか浮かぬ表情の剣心に顔を顰める。
      「そういう台詞は、微笑って言うものよ」
      言って、薫は顔を背ける。
      どうやら、機嫌を損ねたようだ。
      苦笑してため息を吐き、剣心は視線を庭へと戻した。
      「夢を、見たんだ」
      ちら、と薫は剣心へと視線を投げる。
      「昔の、夢」
      「夢…?」
      こくり、と頷き、いつもの哀しみを讃えた笑顔を向ける。
      「倖せに、と言われたでござるよ」
      誰が、とは言わなかった。
      薫も、誰とは聞かなかった。
      聞いてはならない気がした。



      「拙者には、倖せになる『資格』なんてありはしないのに」



      薫は、剣心の手を取った。
      何故か、彼の心が闇に囚われてしまいそうな気がした。
      「薫殿?」
      「不思議なことを言うのね」
      彼女は笑いながら言う。





      「倖せになるのは『資格』じゃなくて、『権利』なのよ?」





      カラン、と下駄の音を響かせて庭に下りた。
      一歩、また一歩と歩き出す。
      「そんなことも知らなかったの?」
      くすくすと、変わらず微笑う。
      目を見開いている剣心を尻目に、薫は尚も続けた。
      「誰もが持っているのが『権利』」
      風が通り過ぎて、薫の髪をなびかせる。
      結んでいるリボンも、風を帯びて弧を描いた。
      「貴方が『資格』だと思っている以上、倖せにはなりたくないって言っている様なものよ?」
      決して振り向かず、背を向けたまま。
      「それとも、そう、なの?」
      ゆっくりと振り向き、剣心に視線を絡める。
      「倖せになれない…ううん、倖せに『ならない』?」
      どこかで、自分を抑えている。
      そんな感じがするのだ。
      倖せが目の前にあっても、それを見ようとはしない。
      「薫殿…」
      言い当てられたような気がして、剣心は気まずそうに口を開く。


      「そんなの、卑怯よ」


      剣心の様子に気付き、形の良い眉が吊り上げられる。
      「貴方は、そのヒトの願いさえ無下に扱っているんだわ。」
      哀しげに俯く薫。
      その目には、涙さえ浮かんでいた。



      「逃げないで」



      向き合おう。
      少しずつでいいから、自分と。
      自分の過去の傷と。


      薫の言わんとしていることは感じ取れた。


      「貴方は、自分の事となると途端に不器用になるのね」



      剣心に歩み寄り、左頬の傷をゆっくりとなぞる。
      頭をかかえるように、剣心を抱きしめた。
      「私がそのヒトだったなら」
      微笑んで、離れる。
      同じ視線の高さで、見つめ合う。
      「貴方のそんな顔見たくないわ」
      両手で顔を挟み込むようにして触れる。
      にこ、と笑う。



      「倖せになろう」



      巴。
      巴。
      もし、許されるのならば。




      剣心も、薫に向かって微笑んだ。
      風が、声をも攫っていきそうな気がしたけれど。



      「ありがとう、薫殿」





      許されるのならば。






      もう一度、倖せになりたいと思ったんだ。






      ココにある、この倖せを。





      感じたいと思ったんだ。









      END
あとがき。
実は、これは唯一世間様に売り物として描いた同人誌です。
それを小説にしてみました。
多少、書き足しもしましたが。
これ持ってるヒトはすっごい珍しいですよ!!(笑)
友人にせがまれ、最初で最後の同人活動。
しかも、地域のイベントのみの販売だったのです。
いくつか売れたそうだけれど、どうなったことやら。