Selfish
キィンと金属と金属が触れあう音が響く。
「まだや!!そんなんでどうするの!?」
少女は京訛りの言葉で罵声を発する。
相手は、4、5歳は年下であろう少年であった。
彼女たちの手には刀が握られており、
時折、手裏剣も飛び交っている。
少年はそれを刀で受け止め、叩き落とす。
鎖分銅が飛んでくると、
器用に刀を操り、それさえも切断してしまう。
まるで、かまいたちでもおこったかという風景だった。
彼の周りで砕け散るように、切断された鎖が鉄の欠片となり、ばらばらと落ちていく。
彼女の言葉に触発されてか、少年は刀の振りをわずかに速くする。
「そう、それでいいんや!来ぃ!!」
(この子、日に日に強うなってる)
言いながら、少女はそう思った。
否、そう思う余裕があったのだ。
再び、刀がはじかれる音がした。
両者とも、常人にはついていけないほどの速さだ。
高く飛びあがっては、そのあたりの木や、岩壁を蹴って
勢いをつけながら相手に攻撃を仕掛ける。
ここは、多少なりとも開けた場所である。
周りに人がいないため、遠慮なく実力を発揮できた。
力を入れて、少女が刀を少年のそれへと振り下ろす。
鈍い音にしたがって、鍔がカシャリと鳴り、刀が地面へ落ちる音がする。
「どんな事あっても、得物手放したらあか……っ!」
少女の言葉はそこで打ち切られる。
目をやると、少年の姿は元の位置にはすでにない。
そして、彼女の喉元には、下から彼が苦無を突きつけている。
白い首から、つ、と一筋の血が流れ落ちた。
一瞬の緊張。
彼女の口に、ふ、と笑みが浮かぶ。
少年はそれを確認するかのように、苦無を持った腕を下ろす。
「よし、今日はここまで。食事にしよか!」
少女は笑顔で、近くの木の上へあごをしゃくった。
その幹には風呂敷きがくくりつけてある。
少年はただ無言で頷いた。
その面には、表情はない。
幹に二人並んで座り、少女の膝に風呂敷きが広げられる。
少女――アユは、その中の握り飯を弟――ススムに渡す。
無言でそれを受け取ると、口に運んだ。
嬉しそうにそれを眺めると、自分の分も手に取り口に運ぶ。
「ススム、立派な忍になりぃな?」
ススムは手を止め、姉の顔を見上げた。
「うちがおらへんようなったら、あんたがうちの代わりになるんや」
それはいつも言い聞かせていた言葉。
忍としての役目を果たすため。
『なんちゅう顔してんの』
昔の少女の声が脳裏に響く。
まだ修行を始めたばかりの頃。
『泣いたり笑ったりする忍がどこにおんの?』
涙で腕をぐっしょりぬらしたススムが、アユを睨み付けるように見上げる。
同じ年頃の子どもたちが遊んでいるのに、
自分だけ、どうしてこんな事をしなければならないのか。
いつも、思っていた。
『また怖いだの、恥ずかしいだの言うとんの?はよ捨てな、そんなん』
それでも泣きじゃくる弟に、姉は容赦なく言い放つ。
『あんたの周りには誰もおらん』
それは冷たい言葉。
『一人で全部出来なあかんよ』
でも、精一杯の愛情を注いだ言葉。
死なないように。
生き残るように。
それが弟に伝わったのかどうかは分からない。
『あんたは武士とは違うんよ、『忍』なんよ』
弟の顔を両手で挟んで、無理矢理自分の方へ向かせる。
『ウチのことは姉とは思わんでエエ。こっちも』
きっぱりと言う。
『弟とは思っとらん』
少年は、泣くことすら忘れてしまう。
―――ドウシテ?
そうして、少年は感情を捨て去った。
「もうちょい大きゅうなったら、ウチに化けて仕事するんやで」
座敷で自分の小太刀を見せながら、アユは弟に告げる。
「そうしたら、万一失敗しよっても…」
ススムは、アユの正面に座している。
「ウチは死んでも、あんたは生き残れる」
少年はただ無言で姉の小太刀を見つめていた。
買い物の帰り、鉄之助の姿が目に入った。
新選組宿舎で、弟のように可愛い少年だ。
「鉄之…」
声を掛けようとして、止めた。
そばにいたのは、本当の弟。
(………)
そして、驚いた。
「!」
あまりの出来事に、声も出ない。
「あの子が…」
鉄之助に、ススムが手を挙げた。
(『怒っとる』…?)
今まで、彼が感情を捨て去ってからというもの、
感情など見せたことの無かった彼が。
安堵感に襲われたのが半分。
苛立ちを覚えたのが半分。
(感情なんか捨てろて言うたのに)
忍としての考えが先に立つ。
(そんなもん、演技にしかいらへんやん)
―――あんた、本マに忍やの?
(…違う)
―――そんな中途半端で、御役目果たすなんて出来るの?
(違う!)
―――忍をなんやと思てんの?
(違う…違う!違う!!)
「ウチは!!」
ダンッと近くの壁を叩く。
周囲に人がいなかったのが幸いした。
誰も、アユを気に掛ける者はいない。
「ウチは…」
―――一番中途半端なんは、ウチや
顔を両手で覆う。
持っていた包みは、とうの昔に足元に落ちていた。
手が震えているのが分かる。
―――姉にも、他人にもなれへんやなんて
「スス、ム」
夜。
アユは布団に入り、天井を見上げた。
「鉄之助君やったら、ウチに出来へんかったこと出来る?」
独り言のように呟く。
「あの子に、いろんなこと教えてくれる?」
最後だけは、姉でいさせて。
あんたの姉でいさせて。
いっぱいあんたのこと傷付けた。
あんたの為や言うて、本当は自分の為やった。
あんたは気付かんかってんねやろ。
ウチはあんたが死ぬ可能性、考えてなかったんやで。
いつも言い聞かせていたのは、『自分が死んだら』。
彼女は、彼の身代わりとなることを選んだ。
だから。
最期やから。
「鉄之助君、弟を、あの子を頼むな」
自分勝手なんは分かってる。
これは、姉ちゃんの最期の御願いや。
もう一度だけ呼ばせてぇな、あんたの名前。
「ススムと、仲良うしたってな」
彼女の笑顔は、今にも泣き出しそうで。
今まで見たどの笑顔よりも、儚くて、切なかった。
「姉上……」
雨の音だけが、耳にうるさく鳴り響いて・・・・・・。
END
あとがき
題名の意味は、”わがまま”です。
アユ姉の本名が見つからず、そのまま使ってしまいました。
抜粋しまくり(汗)。京訛りの言葉は好きです。
関西弁も嫌いではないですけど、京の雰囲気が好きなのです。
ところどころおかしいのは大目に見て下さいませ。
花魁ではないので、完璧には使いこなせません。あいかわらず、まとまりがありませんねえ。
そして、主人公はどこへ・・・・・・。
私の書くものは、主人公がないがしろにされているものが多い気がします(汗)。