Snow Flower |
はらはらと舞う雪は、とてもとても儚くて。 決して触れることの出来ないもどかしさに、俺は畏れを感じたんだ。 視界の端に、白い何かが映る。 真っ暗な岩牢の中とは対照的な、白。 「?」 不思議に思い、外へと近い場所へと移動する。 その幼い身体には不釣合いな、鎖と鉄球が重たく擦れあう。 手足、首にかけられた錠つきの鎖は、彼を縛って放さない。 身を乗り出して、柵から手を伸ばしてみた。 「…桜…?」 ふわりふわりと舞う、ソレを悟空は見た憶えがあった。 どこでだったかも思い出せない。 けれど、確かに残る記憶の中。 伸ばされた手の平に舞い降りた白は、触れると同時に消え失せた。 「ッ?!」 びくりと肩を揺らす。 慌てて、もう一度手を伸ばし掴まえようとするが、 手の平に残るのは小さな雫だけだった。 「どう、して…?」 ぽつりと呟かれる疑問。 ざわめく心音が、喧しく耳元で鳴り響く錯覚を起こした。 砂嵐のノイズが記憶を隠し、そうして全てを闇へと還す。 じ、と手の平を眺めていると、暫くの時間が経った。 顔を上げれば、そこは一面の銀世界だった。 それは、『雪』と言う名の冬の花。 あそぶもの いやすもの 『遊氣』でもあり、『癒氣』でもある。 悟空はソレを織らない。 彼が居た天界は常春のクニ。 憶えてはいないまでも、見たことのあるものかないものかくらいは分かる。 生まれた花果山にも、春にしかいなかった。 悟空は『雪』を織らない。 だから、畏れた。 後退り、狭い岩牢ギリギリの場所で止まる。 「や…だ…」 静けさの中で降り積もる『雪』は、どこまでもどこまでも白く染め上げて。 赤茶けた土も、白い『雪』で覆われた。 どさり、と音がして顔を上げる。 積もった『雪』が、枝の細さに耐え切れず、大地に降りた。 手を伸ばすことも忘れて、悟空は耳を塞ぎ、蹲る。 「怖い…っっ」 泣きたくて。 叫びたくて。 誰かに傍にいて欲しくて。 だからこそ、どこにも誰もいなかった。 恐る恐る目を開けば、真っ白な『雪』は しんしんと留まることを織らないように舞い踊る。 どくん、と心臓が鳴った気がした。 悟空は目を見開く。 目に映ったのは、『紅』。 紅。紅。紅。紅。 あか。あか。あか。あか。 アカ。アカ。アカ。アカ。 真っ白な、穢れの無い『誰か』を汚していく『紅』。 そう。 それは紛れも無い錯覚。 紛れも無い、真実。 「うあああぁぁぁぁッッッッ!!!!」 悟空の咆哮が、五行山に響き渡る。 流れる涙は頬を濡らし、大地を濡らす。 大地の愛子は、蹲り、そして泣き続けた。 触れることも許されぬ、桜の花に心を痛めて。 封じられた記憶は、確かに、幼子の心を蝕んでいく。 END |
アトガキ |
あらまぁ。短いのう。 というのはさておき。 すっげ、思いつきなお話。何となく、救いようも無いのを書きたくなった。 季節外れなのは、よぉく分かっていますとも――!! |