Someday







手を伸ばす。
触れるものに、ぬくもりは感じないけれど。
それでも何処か寂しいと思うのは、
違う、と織っているからだろう。


常春の天上の大地では、桜が散っては咲き、咲いては散り行く。
永劫繰り返される、華やかな情景。
じゃらり、と腕に付けられた枷が鳴いた。
「なぁ、金蝉」
桜の大木に背を預け、書物に目を落とす男を振り返る。
眩いほどの金糸の髪が、風に靡いている。
「金蝉」
目は開いている。
起きているはずだ。
まさか、彼が目を開けたまま眠れるような器用だとは思っていない。
「金蝉っ」
音の無い沈黙が返る。
むすり、と頬を膨らませると、悟空はぽつりと呟いた。
「…きょじゃくひんじゃくむちむのう」
「ハッキリ聞こえたぞ、テメェッッ!!」
読んでいた本から顔を上げ、挙句、
それすらも投げつけそうな勢いで怒鳴る。
「やっぱ聞こえてるじゃんか!返事くらいしろよなッッ!!」
悟空も負けじと叫び返す。
幼子に本気で怒る金蝉も大人気ない、が、彼にそれを省みる気は全くと言っていいほど無い。
「…大体、ンなこと誰に聞いた」
「天ちゃんが、何時でも絶対金蝉が返事するから言ってみろ、って」
漢字に直せば、『虚弱貧弱無知無能』。
前半部分は特に、金蝉に故意に向けられたものだと分かる。
恐らく、傍で聞いていた捲簾は大爆笑していたに違いない。
「…で?」
こめかみの辺りが痙攣するのを感じながら、幼子を促す。
「桜、綺麗だなって」
「それだけ、か?」
「うん、変な感じ」
彼の苛立ちを織ってか織らずか、幼子はぼんやりと桜を見上げる。
余すところなく、植えられた桜木。
雪のように降り続ける花弁が、大地を埋め尽くす。
美しい。幼子が形容したように、綺麗、だ。
それが、違和感。
「あぁ?」
「綺麗だけど、それだけ」
悟空の言い様が理解出来ず、顔を顰める。
そんな彼に、悟空は微笑う。
「金蝉は、地上の桜見たこと、ある?」
「あるわけ無ぇだろ」
「そっか」
ゆるぅりと目を閉じ、此処ではない何処かに想いを馳せる。
生まれたばかりの頃。
この世に、生まれ落ちたばかりの頃。
全てが色鮮やかで、光に満ちて、世界は美しかった。
幼子にとって、果てなく優しかった。





「地上の桜はね、あったかくて、優しいよ」





頬を、瞼を、鼻の頭を、春の雪が撫でていく。
「いつか、一緒に見に行こうなっ」
悟空は、淡く微笑う。
大地から生まれ出でた幼子は、大地の恵みを一身に受ける。
慈しみ、慈しまれる。
『悟空』の名すら、時に、煩わしく見えるほどに純粋無垢な魂は、囚われることなく、光を導く。
金蝉は微かに目を細め、視線を逸らした。
「…いつか、な」
ぱたん、と本を閉じ、立ち上がる。
館へと戻る金蝉の背中を、悟空は慌てて追いかけた。



果たされることのない、約束。
叶うこと無い、願い。


―――いつか、一緒に見に行こうなっ


―――いつか、な


桜が、舞う。
舞って、消える。
その先に見えるのは、今は未だ手の届かぬ輪廻の果て。




END



あとがき。
ホントはweb拍手のお礼SSにしようと思っていた代物。
書きたくなってしまったので、こっちに。
春と言えば桜でしょう!と言うわけで、最遊記に桜ネタは一体いくつ書いただろう…。

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