どこからか、鐘の音が聞こえる。
その音に、イヴは顔を上げた。
「どうした?イヴ」
スヴェンは、傍らにいた少女に尋ねる。
「鐘の音がする」
「鐘?あぁ」
合点が行った様子で、スヴェンはイヴと同じ方向を見やる。
スヴェンの向こう側にいたトレインも、
そちらの方向を見た。
「結婚式かな」
さして珍しくも無い音に、トレインは何気なく呟く。
「ケッコンシキ?」
「そ、結婚式。」
不思議そうに聞き返すイヴに、スヴェンは頭上から声を投げる。
「知らないのか?」
「うん」
「なら、百聞は一見に如かず、だろ?」
悪戯っ子のような笑みを浮かべて、トレインはスヴェンの肩に手を置いた。
それで何を考えているのか察知し、
仕方なさそうにため息を吐いた。
「わぁっ!」
教会の入り口の柵で、イヴが感嘆の声を上げる。
その様子を見ながら、トレインとスヴェンは微笑む。
「やっぱり女の子だな」
イヴの目には、真っ白な花嫁の姿が映っていた。
ふわふわの透き通ったヴェール。
真っ白な小さな花が、頭にティアラと共に飾られている。
くるくるに巻かれた髪には、
小さなアクセサリーが絡めてある。
白いドレスは、光の中で一層映える。
歩くたびに光を纏い、その裾はふわりと揺れる。
二の腕まであるグローブは、花の刺繍が施されたレースで覆われている。
そして、その手には小さなブーケ。
花嫁は、花婿の腕に自分の腕を絡めて、
幸せそうに寄り添っている。
彼らは友人たちに祝福の言葉を受けながら、紅い絨毯の上を歩いていった。
「綺麗」
ほぅっと、イヴは呟いた。
「イヴも、いつかはあそこを歩けるさ。」
トレインはイヴの頭を撫でると、優しい笑みを向ける。
「本当?」
「あぁ」
「いつ?」
「それは人それぞれだな」
「何で?」
「何でって…」
そこで彼は言葉に詰まる。
助けを求めるようにスヴェンを見たが、
彼は違う方向を見ている。
相変わらず何故だとトレインの服を引っ張りながら、
尋ねるイヴに、彼は泣きたくなった。
ホテルに戻って、コーヒーを飲もうとコーヒーメーカーを取りに行くトレイン。
後ろにはずっとイヴが付きまとっている。
いつもはトレインでなく、スヴェンに聞くのが常だったため、
珍しい光景である。
窓際の椅子にかけて、スヴェンもコーヒーを飲んでいた。
「ねえ、何で?どうして?トレイン。ねえってば」
「……う〜ん…そうだなあ」
観念したのか、コーヒーをカップに注ぎながら返事をする。
それを口に運びながら、言葉を探す。
「結婚っていうのはな、好きな奴同士がするものなんだ」
「好きな人?じゃあ、スヴェンとトレインもケッコンしてるの?」
勢い良くコーヒーを吹き出すトレインとスヴェン。
「違うッッ!!!!!」
「違うの?」
当たり前だと頷く二人に、イヴは不思議そうに首をかしげる。
「えっとだな、好きな奴でも、それは男と女のことだよ」
「いわゆる、恋愛感情を持っているもの同士がするんだ」
助け船をだすスヴェン。
幼い子にこういう話をするのもどうかと思うが。
それにトレインは続ける。
「レンアイカンジョウ?」
「簡単に言えば、好きってこと」
「何でケッコンするの?」
「本当に好きで、ずっと一緒にいたいからだよ」
同棲という形を取っている者たちもいるが、
この際、ややこしくなるので省いているようだ。
「お互いがお互いを大切だから、ずっと一緒にいて、支えあいたいから結婚するんだ」
「どうして、その人がケッコンしたいほど好きって分かるの?」
難しい質問に、トレインは頭を掻く。
「そりゃあ……」
(何て言えばいーんだよ)
簡単にごまかせる話ではない。
間違った知識をイヴに植え付けるわけにも行かない。
コーヒーを入れ直して飲みながら、トレインは椅子にかけた。
―――どうして
どうしてって言われてもなあ…。
そんなん、説明できるモンじゃねーし。
その時が来れば嫌でも分かるけど。
いや、分かりたくねー時もあるか。
じゃあ、それって結局どうしたら分かるんだっけ?
「あ」
ふと思った考えに、トレインは笑ってしまった。
―――何だ、簡単じゃねーか
「トレイン?」
彼は持っていたカップをテーブルに置くと、イヴに向き直った。
イヴはトレインの隣に腰掛けていたので、
体を横に向けなければならない。
「ここだよ」
トレインは、自分の胸を指差した。
「……心臓?」
「じゃなくて」
苦笑しながら訂正する。
「心、だ」
「ココロ…?」
納得行かない様子で、イヴは聞き返した。
「ココロって形がないよ。それなのに、どうして分かるの?」
「形が無いから分かるんだ」
「形が、無い…から?」
「そうだ。形があったら、それしかないだろ。心は決め付けられたものじゃない。色んなな形がある。だから、色んなモノを感じることが出来る。分かるか?」
トレインの目をじっと見て、少し間を置いて頷く。
「なんとなく」
その答えに満足したのか、トレインも笑いながら頷く。
「そんなもんだよ。はっきり分かる奴の方がアヤシイっての」
未来が分かる心なんてつまらない。
そこにある。それだけ。
今ある想いだけで十分。
今ある想いだけで精一杯。
だから、その時が来なければ分からないのだ。
「誰の花嫁になるのも自由だけどな」
「じゃあ、じゃあね。私ね…っ」
「ん?」
「スヴェンの花嫁さんになりたい!」
唐突な台詞に、遠くにいたスヴェンは持っている新聞を落とす。
トレインはというと、必死で笑いをこらえているのが分かる。
後ろから見て、肩が震えているのだ。
その様子に少々腹が立ったが、スヴェンはイヴの側に寄り、抱き上げた。
「それなら、とびっきりイイ女になりな」
そう言って笑いかける。
イヴは彼の首に抱き着くと、頬に軽くキスをした。
「うんっ!」
ほのぼのとしたその様子に、トレインは苦笑する。
誓い。
それは誰に対しての誓いだろう。
神様?
本当に?
俺は思うんだ。
自分自身に、そして、お互いに誓うんじゃないかって。
ずっと一緒にいよう、ってさ。
だって、そっちの方が確かだろ。
END
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