Suddenly Happening



それは、いつもの風景だった。
いつものように、襲ってきた妖怪がいて、
いつものように、それを倒して。
いつもと変わらないはず、だった。
『それ』を除いては。
「うわ!」
白い煙幕があたりに広がる。
悟空を始め、他の3人も同じように腕で顔を庇いながら目を閉じる。
その日は、運良く街に着いたので宿を取ったのだが、
泊まった宿の主人に頼まれて、断るに断れず
妖怪退治へと出かけたのだった。
皆は、何度か咳を繰り返す。
「な…んだよっ、あいつ!」
妖怪を倒したのはいいのだが、
その妖怪が今際の際に何かをしたのだった。
「大体…っ、これ何よ?」
煙幕が薄らいでくると、お互いの顔が認識できる。
悟浄は口を押さえながら、悪態をつく。
どうやら、皆大事には至っていないらしい。
(良かった。これは毒じゃなかったみたいですね)
八戒は安堵し、ため息をついた。
姿勢を戻すと、三蔵は3人を見やった。
「悟浄、悟空、三蔵。大丈夫ですか?」
「これくらい平気だって」
「うん、俺も大丈夫みてー」
「ったく、往生際が悪いな」
一瞬凍り付く悟空と悟浄。
いや、その場の雰囲気自体が凍り付いたと言っても良いだろう。
暖かい陽の光が、彼らへと降り注いでいるにも関わらず。
「あ?」
「え?」
その雰囲気の中、三蔵と八戒の疑問を表す声が重なった。



「つまり、だ」
悟浄は背もたれを前にして椅子に座り、人差し指を立てて、
話の順序をまとめようとする。
しかし、うろたえているのは傍目に見ていても良く分かった。
「三蔵が八戒で、八戒が三蔵なんだよな」
「そう、みたいですねえ」
三蔵の姿をした八戒は、苦笑しながら悟浄を見やる。
悟浄は悟浄で、決して三蔵の方を見ようとしない。
「一応、ここの御主人から聞いてはいたんですよ」
「何て?」
悟空はベッドに寝転がり、ジープを抱き上げると、
三蔵の方に視線を投げる。
「あの妖怪は、人格を入れ替える能力があるって。ちなみに、2人限定で」
よっぽど弱いのだと感じながらも、悟浄は口を開く。
「なんの役に立つんだよ。そんなもん」
相変わらず明後日の方向を見ながら。
「一人を襲う場合は関係ありませんけど、子どもと大人とか、男性と女性とか、そういう人達だった場合があるとするでしょう?」
「うん」
悟空が頷くのを見ると、三蔵は続けた。
「それぞれを入れ替えれば、力は弱まるわけですから、それを狙って襲っているんです。 ほら、大人の中に子どもの意識が入れば、力があったとしても使い方が分からないし、子 どもの中に大人の意識が入れば、その大人にどんな力があったとしても、子どもの姿では 力が出せるはずもないでしょう?それゆえの能力だと思うんです」
例外はありますけどね、彼はそう付け加えた。
三蔵は、急須にポットからお湯を入れて、テーブルに置く。
「でもさ!」
「何ですか?」
「あの妖怪倒しちゃったから、元に戻れないんじゃねえのか!?」
悟空は突然、焦るようにベッドから飛び起きる。
ジープはその直前に悟空の手から逃れ、空中に舞い上がった。
そして、三蔵に詰め寄る。
彼は両手をあげて悟空を制した。
「落ち着いて下さい、悟空。これは一晩で元に戻るそうですから」
「本当!?」
「えぇ。元々、こんな事をしなければ人を襲えないんですから、それほど強い妖怪ではないですよ」
「よかったあ〜」
安堵の声を上げたのは、悟空ではなく悟浄だった。
「いくらお約束っつっても、心臓に悪すぎ」
「え?何で?」
「何でって…お前な〜、あの三蔵が笑ってるんだぞ!?」
ガウンと、銃弾が悟浄の顔の真横を通り過ぎる。
「……っ!」
悟浄の表情が青ざめたまま固まる。
悟浄の前の椅子に座っていた八戒がおもむろに口を開いた。
「………うるせえんだよ…」
どこから取り出したのか、彼の手には銃が握られていた。
「さ…三蔵…?」
三蔵が引きつった笑みを浮かべながら、八戒を肩越しに見やる。
先ほどから静かだと思ったのは、怒りの為だろう。
「一晩だろうが一日だろうが関係ねえ。俺はさっさと元に戻りてえんだよ!!」
目が据わっている。
笑顔の三蔵も恐ろしいが、本気で切れている八戒も恐ろしいものがある。
いつも、軽口を叩く悟浄も、この時ばかりは言葉を飲み込んだ。
「三蔵も落ち着いて下さい。一晩なら、朝になれば元に戻るんですよ?それに」
湯飲みにお茶を注ぎ、八戒の前に差し出す。


「悟浄と入れ替わったんじゃないんですから」


「…そうだな」


八戒は、取り出した銃をテーブルに置いた。
言い返したいが、それさえもままならない。
「八戒…」
やっと名前を呼ぶ事が出来るだけだ。
三蔵は、悟空と悟浄にくるりと振り返った。
「言い忘れていましたけど」
「え?」
「あんまり、三蔵を怒らせないで下さいね。今の僕の体で罪を犯してもらったら困りますから」
そう言うと、三蔵はにっこりと微笑んだ。
悟空と悟浄は、お互いの両手を掴んで後ずさる。
『悟浄、俺、何かすっげ怖いんだけど…?』
『だから言っただろ!?』
ひそひそと小声で話す2人を見ながら、三蔵は八戒に話し掛ける。
「…僕、しばらくこのままでも構わないな〜なんて思ったんですけど」
2人が黙って言う事を聞いてくれるので、思わず笑ってしまったのだ。
八戒は、その台詞に苦い顔をすると、荷物の中からたばこを取り出す。
1本取り出して、口にくわえる。
悟浄が置いていた、テーブルの上のライターを取ろうと手を伸ばした。
「三蔵」
ひょいと、そのライターを取り上げると、三蔵はにっこりと笑い掛けた。
一瞬、背筋に冷たいものが走ったが、すぐに正気に戻る。
「何だ」
「たばこは止めて下さいね?」
軽く舌打ちして、八戒はそれを灰皿に折って捨てた。
新聞を開き、それに目を通す。
ちなみに、悟浄と悟空は、逃げるように大浴場へと部屋を出ていってしまった。
ふと、三蔵は八戒を見ながら苦笑する。
(自分が目の前にいるって、不思議な感じがしますねえ)
まあ、普通できる体験ではないので、そう思うのが普通だろう。
静かになった部屋で、三蔵は椅子を引き、八戒の隣に座る。
急須を引き寄せ、自分の湯飲みにお茶を注いだ。
「僕としては、悟空と入れ替わってみたかったなあ」
「何で、バカ猿なんかと…?」
怪訝そうな声で、八戒は三蔵に尋ねる。
「だって、悟空がどれくらい食べればお腹いっぱいになるのか実験できる
じゃないですか。そしたら、食費の計算もできますし」
「…よく冷静に考える事が出来るな、お前は」
呆れ半分で、彼は三蔵を見やった。
困ったような表情を浮かべながら、湯飲みを握る。
「そうでも、ないんですけど」
「?」
「…入れ替わったのが三蔵で良かった…なんて言ったら怒ります?」
純粋な瞳を持つ少年に、罪を犯した自分などを貸したくない。
全ての感情を受け入れてくれる人に、余計な事を悟られて心を痛めて欲しくない。
でも、
(貴方だったら、何も考えてくれないだろうから)
全てを知っているくせに、自分以外の事には無関心で。
八戒にとっては、それが一番楽だったのかもしれない。
「……別に」
何か別の事を言おうとしたようだが、
いつも通りに、簡単な返事をする。
彼は苦笑しながら、八戒を見やった。
「…ありがとうございます」




ジープの走る音が、あたりに響き渡る。
「やっぱり、八戒は八戒がいいよな」
「同感」
「うるせえんだよ、黙らせるぞ」
三蔵が懐から銃を取り出し、前を向いたまま、
銃口を後部座席に向ける。
「遠慮しときます」
「三蔵、朝から縁起悪い事しないでくださいよ」
八戒が笑いながら忠告する。
そんな風景を見ながら、悟空達は安堵感を覚えた。
悟浄は、笑っている悟空を見ながらその頬をつまんで伸ばす。
三蔵も、後部座席を振り返る。
「何、笑ってんだよ?」
「何か、いつも通りだなあって」
「フン」
三蔵は呆れたように、視線を前に戻す。
「当たり前だろ」

いつも通りの一日が始まる。


END


あとがき
ギャグを書くつもりだったんですけど、・・・才能ないですね。
シリアスの方が簡単だと悟りました。
次はまたシリアスに戻ります。というか、それしか書けないんですよね(爆)。
夢オチ三蔵殿バージョンでも書きましょうか。八戒殿のと対にして。
これは、何気に思い付いたんですけど、結構お約束ですよね。
中身が入れ替わるって(笑)。
とくに、この組み合わせは。三蔵殿の微笑んでいるところが見てみたいな〜と思って、書いてみました。
いえ、怖いんですけどね(笑)。