『大好き』


少し前までは確かに言えていた言の葉。
無邪気に、自然に、君に伝えていた想い。
言えなくなったのはいつからだろう。



すこし前までできたこと。




外は晴天、雲ひとつ無い蒼空だ。
ラッシュバレーは今日も暑いくらいの気候だ。
なのに、この曇り具合は何だと言うのだろう。
天気の話では勿論、無い。
エドワードは溜息を吐くのも躊躇うほど狼狽していた。
少年の胸中は大嵐だ。
「ア、アルは…」
手招きで弟を呼び寄せようとしたが、
くるりと首を回してみてもアルフォンスの姿は見当たらない。
どこへ行ったのだと呻く前に、
隣で整備していたウィンリィが何を言っているのだと呆れて口を開く。
「アルはガーフィールさんの買い物に付いて行ったでしょ」
「え、あ、そう、だっけ、な?」
自分でも分かるぎこちない返答。
しまった、と思ってももう遅い。
「…さっきから何?」
ぐりぐりとドライバーの柄を頬に押し付けられ、エドワードはぐっと詰まる。
何と言われても困るのだ。
「何が」
平静を装い
――少なくともエドワードの感覚では――、問い返す。
「それ聞いてるのこっちなんだけど」
「そう、だっけ?」
「それも2度目」
堂々巡りな会話に、ウィンリィは首を傾げる。
怒っている風ではない。
かと言って、機嫌が悪い風にも見えない。
何も言わずに落ち込んでいる可能性は、どうやら無いっぽい。
横からエドワードの顔を覗き込む。
「エド?」
装甲が開かれたままの腕のお陰で、エドワードは身動きひとつ取れない。
それを煩わしく思いながら、少年はがなる。
「あぁもうっ、気にすんな!!」
はぁ?とあからさまに顔を顰めるウィンリィ。
胡乱げに手を伸ばし、エドワードの頬を掴み上げる。
「無理だからソレ。アンタ、見るからにおかしいわよ」
「おかしくない!」
掴まれた手を払い、立てた膝に頬杖を付いて俯く。
彼の髪が表情を隠して、ウィンリィからは様子が窺えない。
ふぅ、と溜息を吐いた。
「…ま、言いたく無いんならそれで良いけど」
言って、作業を再開する。
何かを確認しながら、幾度か頷いたり、じっと凝視したりするウィンリィを横目で垣間見た。
きつく締められたバンダナには汗が滲んでいる。
長い髪が肌に張り付いて、いかにも暑そうだ。
軍手を着けたままの手で額を拭い、息をひとつ吐き出す。
(困るんだ)
長い睫が頬に影を落として、それでもはっきりと分かる空色の瞳。
瞬きする仕草にすら、目を奪われる。
(俺の知らないところで、いつの間にか)
いつの間にか、その後に続く言の葉を紡げるほど彼は大人ではない。
考えただけで顔から火が出るほどに恥ずかしい。
曝け出した肌は焼けること無く白いままで、はちみつ色の髪は柔らかそうで、
大人びた表情は少女のそれでは決して無くて。
意識し始めたら止まらない。
時折、オイルに混じって甘く薫るシトラス系の香り。
ひとつ、ひとつ、知っているはずなのに知らない仕草。
部品を取りに脇に置かれた棚へと向かうウィンリィ。
火照る顔を悟られまいと、ふい、と彼女の背中から顔を逸らす。
「んしょ、っと…アレ?」
上げられた声に振り返る。
「どした?」
「箱が重くて引き出せ、な、いっ!」
言いながら力を入れているのだろう。
途切れ途切れに紡がれる言の葉に、エドワードは嘆息した。
何せ、彼女は手伝っての一言も言わないのだから。
「貸せ」
ウィンリィを押し退け、棚から木箱を取り出す。
装甲が開きっ放しだが、これくらいなら問題は無いだろう。
中を覗いたが、部品だらけで、何が何だか専門外のエドワードにはさっぱりだ。
肩越しに振り返り、おい、と呼びかける。
「どれが要るんだ」
「…えっと、コレとコレ」
一瞬呆けていたウィンリィを怪訝に思わないでも無かったが、
思い当たる節も無いので気のせいだろうと自己完結させる。
箱の中を覗き込む少女の至近距離に思わずぎょっとして身を引きかけた。
「他には?」
何とか踏み止まり、何でも無いように訊ねる。
「あっちに出してあるから」
指差された整備台を見やり、分かった、と箱を抱え直す。
「じゃ戻すぞ」
「うん」
ぎ、と箱の重みで棚が軋む。
少女が抱えられないくらい重いものだったろうか。
昔は、当たり前に同じことが出来るのだと疑問にも思わなかった。
成長するとは、そういうこと。
力の差も、体つきも、きっと何もかもが違っていく。
堪えきれない寂しさと愛おしさが溢れた。
裡にあるものを、はっきりとエドワードは自覚した。


「好き…」
「…え?」


ぽつりと呟かれた台詞に、ウィンリィは振り返る。
「…だよな、ホントに。機械鎧」
いつものからかうような笑みを向けられ、知らず安堵する。
そうして何を勘違いしたのだと、ウィンリィは顔を紅くした。
くるりと踵を返して、エドワードに背を向ける。
「あ、ったりまえでしょ!」
手にした部品を握り締め、視線を泳がせる。
喧しく鳴り続ける心臓を押さえ付け、ぶん、と頭を左右に振った。


「…好き、だもん」
「へ、あぁ、うん…」


反応が遅れ、エドワードは頷く。
何と不自然なのだと自分を軽く罵った。
お互いに背を向け、紅くした顔にはお互いに気付かない。
分かっていたのは、速く脈打つ鼓動だけ。


―――びっくりした


落ち着く為の深呼吸。


―――君に『好き』だと言われたかと思った


そんなことあるはずが無いのに。


―――莫迦だなぁ


同時に嘆息し、同時に振り返った。
絡んだ視線に、2人はぎこちなく笑う。
今はもう、言えない言葉。
今はまだ、言えない言葉。
けれどいつか伝える言葉。




不思議なのだけれど、きっとその日は遠くないと、
確信してる自分がいるんだ。






END



『幼なじみに贈る10のお題』/お題提供サイトさま⇔水影楓花







あとがき。
エドウィン企画サイト様に投稿ブツ。
時間軸はウィンリィが自覚したあとくらい…なんですが、
原作はそれどころじゃない展開になっ(以下省略)。
良いんだ、二次創作だもん!
ちょっとの不都合くらいなんてことないよ!

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