Sun and Moon




―――彼女を自然に例えると、何だと感じますか?

そんな問いがあったとしたら。
きっと、俺はこう答えるだろう。

『月』だ、と。





コクピットで、幾つものウィンドウを開き、
付属武器を魅入っているキャナル。
「こっちも良いけど、性能はこっちのが好みだしー」
誰もいないのに、ホログラムを投影する必要などないのだが、
これも彼女なりのこだわりなのだろう。
誰も口出すものなどいない。
「キャナル」
声をかけると、くるりと彼女は振り向いた。
「あら、ケイン。丁度良かったvここの新製品…」
「その話はまた今度な。」
引きつった笑いを浮かべて、ケインは両手を挙げて制止する。
ぶぅ、と頬を膨らませ、開いていたウィンドウを消していく。
「今度って何時ですかっ」
「今じゃない、いつか」
しれっと答えるケイン。
「で?」
ため息を吐いて、キャナルはケインの後へ続く。
メインシートへと身体を埋めると、
ぼんやりとした面持ちで目前を眺めた。
「今度は一体何?」
キャナルはシートへ背を向けて寄りかかる。
「何、って?」
もう一度、深くため息を吐く。
「貴方がココに来る時は、大抵、迷いが生じたときよ」
ケインは目を閉じて、諦めるようにして笑う。
「そうなのか?」
「そうなのよ」
織らなかったの?とでも言いたげなキャナルの声。
静かな宇宙に鏤められた、小さな光が流れていく。
モニタには、何の変化もない空間がゆっくりと映っていた。
「…ミリィが、さ」
ぽつり、と口を開く。
「何をそんなに怯えているのか、だとさ」
足を組みなおして、腕を枕にする。


『貴方はまるで、ヒトと触れ合うことに怯えているようだわ』


先程聞いた、彼女の台詞。


『一体、何をそんなに怯えているの?』


言いえて妙だと思った。
何となくしか感じていなかった、本当の感情。
ヒトに言い当てられると、そうだと感じた。
ましてや、こういうコトに関しては聡い彼女に言われると、
どうしても納得せざるを得ない。
曖昧に微笑って、誤魔化しては見たけれど。
きっと彼女は気に病んでいるに違いない。


「莫迦、ね」
キャナルは言う。
「そんなに考え込むくらいなら、吐き出しちゃえばいいのに」
「ソレが出来たら苦労しないだろ」
子どものように拗ねて、顔を背けるケイン。
キャナルはくすくすと笑いながら、背伸びをした。
「今までは、この船には俺とお前だけで」
ケインが口を開く。
「これからも、それが変わるなんて考えてもなかった」
この闘いに。
ロストシップ同士の闘いに、敵以外の誰かが加わるなどとは思いつかなくて。
「けど、アイツがこの船に乗るようになって」
船の中は、一転して雰囲気がガラリと変わった。
「急に、分からなくなった」
光が、迷い込んできたかのような錯覚。
キャナルが苦笑して、頷いた。
「そう、ね」
ホログラム。
心を持っていると言っても、やはりそれは、創られたものに他ならない。
ヒトとしての感情よりも、船のメインプログラムの性質上、
マスターを護る意思を優先させる。
「私はどうしても、ヒトに近いものでしかありえないから」
哀しげに微笑う彼女の顔は、背を向けている彼には見えない。
きっと感じているだろうけれど。
「…ヒトにどうして接して良いのか、分からなくなった」
彼女の台詞を聞いて、首を小さく振った。


「自分のすることで、どう思われるのかが急に、怖くなった」


他人にどう思われようが、関係なかったはずなのに。
依頼人との接触では、そこまで深くは踏み込まれることはない。
友人と言っているレイル=フレイマーとも、
お互いを信用しきっているような関係ではなかった。


「莫迦、ね」


キャナルは先程の台詞を繰り返す。
「ミリィがそんなこと気にするとでも思っているの?」
身勝手に振る舞っているようで、けれどヒトの心配ばかりしている彼女が。
どんな感情も、跳ね付けず優しく包み込む。
「私はね、嬉しいの」
その台詞に、ケインは軽く振り向いた。
「貴方が、普通の男の子みたいになるのが」
上から、彼の顔を両手で挟みこむ。
「闘いばかりで、普通の倖せ織らないままなんて。私は申し訳がなかった」
哀しげに微笑う少女に、ケインは何と言っていいのか分からない。



「私は、ミリィに感謝しているわ」



ニコリ、と微笑む。
「アイツは…『月』みたいだな」
不意に呟かれた言葉に、きょとんとする。
『ツキ』Moonの?」
「あぁ」
不思議そうに首を傾げるキャナル。
「どっちかと言うと、『太陽』みたいな気がするけれど」

大地の全てを照らす、陽の光。
強く、時に激しい気性を映し出す。

「いいや、『月』だよ」

ケインは言う。

「いつも、輝いているんじゃない」
『月』は、姿を変え、時には姿を隠す。
新月には一筋の光さえも、踏み入ることが出来ないように。
『太陽』が雲に隠れても、大地は明るいままだ」
暗がりになることはあるけれど、それでも夜の闇が広がることはない。
『太陽』はいつも大地を光に導いてくれる。


「けれど、『月』は違う」


言ってしまえば、『月』の輝きは『太陽』あってこそ。
強い輝きではなく、弱く、柔らかい光。


「雲が出れば、その光は遮られるし」


それは、まるでカーテンのように、輝きを遮る。


「輝けば、優しく夜闇を包む」


それは、まるで蝋燭の光のように、穏やかに微笑む。


「煌々と輝く、『月』だよ」


どんな罪さえも、優しく包み込む。
『大丈夫だよ』と微笑ってくれる。


キャナルはグシャグシャとケインの頭を撫でた。
「じゃあ、貴方はさしずめ」
子どものような扱いに、眉を顰める。



『太陽』ね」



――――『太陽』が無ければ、『月』は輝かないと織っているのかしら



ふと、そんなことを思う。
恋愛にはとことん不器用な2人に苦笑した。
「ミリィにとっての『太陽』は貴方ね」
「どういう…」
真っ赤な顔をして反論しようとするが、
その態度はあからさまで、ますます可笑しくなった。
「さっさと、仲直りしちゃいなさいな」
言ったと同時に、ドアが開く。
この船の中では、キャナルの意思の通じないものなど無い。
「ちょっと待て、キャナル!」
「問答無用」
ひらひらと手を振って、ケインを外へと押し出した。




『太陽』『月』
どこかの神話で、ソレは神と呼びなわされた。
『天照大神』、そして『月読』。
ひとつのモノから生まれた生命。
それが同じものではないと、一体誰が言えるのだろう。
共にあるからこそ、光り輝く。




そうありたいと願うように。
そうありたいと、祈るように。






END
あとがき。
久しぶりのロストSSでっす。
何で、この2人で話してると、ミリィが出てこないんだ・・・。
話題はミリィなんだけどなぁ?
次はラブラブ書いてやる――――!!

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