この想いを、どうしたら上手く伝えることが出来るだろう。






sympathism








ふと、不意に目に付いた白銀。
真新しいものでもなく、珍しいものでもなく、
いつも通りの彼女の耳に当然のようにして飾られているもの。
何故だろう、唐突に愛おしさが込み上げた。
「なぁに?くすぐったい」
くすくすと鈴が鳴るように微笑う彼女の後ろから手を伸ばす。
ベッドの上には彼の読みかけの本が開きっ放しで、
彼女の読みかけの雑誌も開きっ放しで、
背中から抱きすくめられた
――と言っても、伸ばされた腕が肩に乗せられた程度ではあったが――ウィンリィには、
彼の表情は見えなかった。
頬にかかった髪を掬って耳に触れる。
いつか贈った大いに下心ありの土産のピアスが着けられたままの耳朶。
指先にひやりとした冷たさが触れる。
「エド?」
「んー」
彼女が、彼の名を呼ぶ声がまるで子守唄のように響く。
このまま、まどろんでしまいたいくらいだった。
擽ったそうに身を捩り、もう、と口を尖らせるウィンリィに、
エドワードは尚も耳朶を撫で続ける。
俯き加減の頬は赤らみ、熱が伝わってくるかのようであるというのに、
彼女の耳は思いの外ひんやりとしていて、それが指先に心地良かった。
「エド」
相変わらず上の空の生返事。
ピアスの止め具を外したエドワードの悪戯な手を取り、
掌に口付けたかと思うとがぶりと噛み付いた。
「…食えねぇぞ」
「分からないじゃない」
彼女の口振りに、本気で食われるかもしれないという一抹の不安が過ぎったが、
何とか気付かないフリをする。
外れてしまった一番上のピアスを指先で摘み、ウィンリィの掌に落とす。
そうして、ピアスホールをひと撫ですると、徐に舌を這わせた。
思わずウィンリィは息を呑む。
肩にはいつの間にかがっちりとエドワードの片腕が回され、
もう片方の手はウィンリィの左手と繋がっている。
自由になる唯一の右腕でウィンリィは気恥ずかしさに逃げようと試みたが、
エドワードはそれを許さない。
「ピアス」
耳のすぐ傍で囁かれた声にすら身を竦める彼女に、
彼はたまにしか立てない優位からか口元が緩みそうになる。
しおらしくするウィンリィなど、それこそ滅多に見られないのだが、
見られないからこそ、こちらが動揺してしまうのが情けない所。
え、と首を傾げてエドワードを見上げる。
潤んだ瞳が極力目に入らないように注意しながら、エドワードは彼女を抱き寄せた。
「あんまり好きじゃ、ない」
ウィンリィの瞳が揺れる前に、でも、と朱が差した頬のまま、そっぽを向いて口を開く。
「お前がコレ着けてるのは、嬉しい」
ぐ、と彼女が腕の中で身体を離そうとするのが分かった。
「…エド、放して」
どうして、思ってもみないときに彼は嬉しい言葉をくれるのだろう。
抱き締めたい。
抱き締めて欲しい。
一方的に抱き締められるのではなく、ウィンリィも彼に触れたかった。
「…やだ」
「放して」
「い、や、だ」
「逃げないから、は、な、し、てっ」
本気で逃れようとする彼女から、渋々とエドワードは腕を外す。
くるりと180℃半回転し、エドワードと向き合う。
面と向かって顔を合わせるのが照れるのか、彼の顔は逸らされたままだ。
白い腕が伸ばされたと理解すると同時に首に回され、抱き付かれる。
否、体重かけて思いっきりウィンリィ側に引っ張られた。
「う、お!?」
ついでに視界も反転する。
状況は至極単純明快。
外されたピアスはシーツの上に転がったまま。
押し倒したワケでも無いのに、ウィンリィはエドワードの眼下に居り、
潰さないように伸ばした肘が如何にもアレな体勢になってしまっている。
「…放せ」
「先にやだって言ったのはエドよ」
「この状況は、困るだろーが」
「あたしは困らないわね」
「オレが困る」
「へぇ、どんな風に?」
わざとらしく身体をしならせて、彼の首へと一度は離れた腕を回せば2人の距離はぐっと近付く。
どこで憶えてきたのか、ねぇ、と掠れた声を漏らして、エドワードの耳朶を甘噛みした。
白い指先が首筋から耳朶、頬に触れて唇をなぞる。
真っ赤になって身動きの取れないエドワードを見てにまりと笑うウィンリィは、
明らかに彼をからかっている。
(コイツ、分かって言ってやがる…ッ)
ぶちり、とエドワードの中で何かがキレた。
据わった彼の目に気付くことなく、ウィンリィはころころと笑い続けている。
「…こんな風に、だ」
「へ?」
吐息を感じるほどに近かった彼女の顎を掴むと、上を向かせて強引に口付けた。
彼の舌が無遠慮に彼女の口内を侵していく。
そろりと伸びたエドワードの手が白い太腿を撫で上げた。
声にならない悲鳴の変わりに、びくりとウィンリィの身体が撥ねる。
まさか、と思っていた彼女の肩はベッドに押し付けられ身動きが取れない。
噛み付かれるような口付けを幾度も交わし、
呼吸の整わないままに首筋にちくりとした熱を感じた。
押さえ付けていた掌で首周りを下げ、露わにした肩に指を這わす。
そうして、そこにも唇を落とした。
丸い膨らみが微かに覗く。
太腿を這い上がる掌に付いて行くように、
捲り上げられたスカートの裾とエドワードの指先が脚の付け根まで達したその時に、
ウィンリィはようやっと声を上げた。
「や…っ」
エドワードが顔を上げると、
真っ赤な顔に零れそうになる涙で睫を濡らしたウィンリィが目に入った。
(…やべ、やり過ぎた)
あっさりと身体を離したエドワードの悪戯はそこでぴたりと止まる。
ほんの少し、驚かそうと思っただけだった。
いつもいつも余裕ぶっている彼女が本当に、
自分を男として意識しているのだろうかと試したくなっただけ。
なのに気付けば、留められなくなっている自分が居た。
浅い呼吸を繰り返す彼女を見ていると、またおかしな気分になってくる。
駄目だ、とエドワードは視線を反らした。
乱れた服装を直しながら、ウィンリィは身を起こす。
「エド?」
逸らしても彼の顔が朱に染まっていることくらい分かる。
エドワードは消えそうなくらいか細い小さな声で、お前が、と呟いた。
上手く聞き取れず、訊き返そうとしたウィンリィに勢い良く振り返る。
「お前が先に挑発したんだからなッ!?」
まだ熱が残る首筋に、今頃になって切なさを憶えた。
離れてしまったぬくもりをどうしようもなく求めてしまう。
きゅん、と鳴る鼓動を押さえて、
ウィンリィは後ろにあった枕をエドワードに向かって投げ付けた。
「だったら途中で止めないでよ莫迦!!」
消化し切れない愛おしさが溢れ、もどかしさが込み上げる。
痺れにも似た疼きが身体中に広がる。
どんなに想いを重ねても、彼が本当の意味で触れることは無い。
理由を訊ねても、はっきりと答えてくれない彼にウィンリィは納得出来ずにいる。
「止めるっての!オレが我慢してんのに、試すようなことばっかすんな!!」
そんな彼女の心の裡を織ってか織らずか、
顔面を枕が直撃したエドワードが黙っているはずもなく。
がなる彼にウィンリィも負けじと叫ぶ。
「試してるんじゃないもん!誘ってるんだもん!!」
「余計悪いわ!!さっき『や』って言ったじゃねぇか!!」
「アレは違うもん!イヤじゃないもん!!」
「〜あぁもうッ!ガキかお前は!!」
ぜいぜいと肩で息をしながら、2人は睨み合う。
男同士なら取っ組み合いの喧嘩でもすればスッキリするかもしれないが、
彼らは男と女で、しかも恋人同士という一般的に砂糖にはちみつをかけたような関係であるのだからそういうワケにもいかない。
お互いに黙りこくっていたが、じとりと半眼で睨んだ後にウィンリィが静かに口を開いた。
「…エドは子どもだと思ってる女にあーいうことするんだ?」
「は?」
あーいうこと、と言われ、咄嗟に思いつかなかったエドワードだったが、
先程の行為を指すのだと気付くとこれ以上にないくらいに真っ赤になって絶句した。
反論しようとしているが、どれも言葉にはなっていない。
「へぇええ、ふぅうん、そーなんだぁ」
どんなに贔屓目に見ても目が笑っていない。
明らかに不貞腐れて膝を抱えるウィンリィに、エドワードはようやっと声を絞り出す。
「ばっ、莫迦言うな!」
「うん、そうだよね」
ウィンリィはあっさりと頷いた。
リゼンブールの空と同じ色をした瞳がエドワードを捉える。
ゆっくりと伸ばされる手に彼がぎくりと身を強張らせたのが分かったが、
構わずその腕に触れた。
指先できゅ、と袖の裾を掴む。




「子どもじゃないから、あたしはエドが欲しいのよ」




「…………だからソレは駄目」




今出来得る限りの精一杯でエドワードを見つめたウィンリィに返って来たのは、
やはり先程から梃子でも動かない頑固な意志。
いくらエドワードでも、そこまで鈍感ではない。
彼女が求めているものも、その理由も分からないではない。
けれど、エドワードにも譲れない理由があって、それを彼女に知られたくは無かった。
そうしてまた、何も言おうとしない彼に彼女がブチ切れたとて、何ら不思議は無いのだ。
目の前にテーブルがあれば引っ繰り返しているであろう勢いで、
ウィンリィは彼の胸倉を掴み上げた。
何とも漢らしい勇ましさである。
「だから何で駄目なのよッッ!!」
「駄目なものは駄目なんだッッ!!」
「ヒトが折角大人しく据え膳になってんのに、何が不満なのよぉっっ!!」
「自分で据え膳とか言うな!阿呆か!!」
「じゃあ理由くらい言ってよ!エドの莫迦!分からず屋!!意気地無しぃっっ!!!」
「絶対言わねぇ!それで結構だッッ!!」
あまりに騒ぎ過ぎて、階下の祖母から怒鳴られるまであと数分。
結婚もしていない内から痴話喧嘩が耐えないと村中で冷やかされるまであと数日。
最初のムードはどこへやら。
こんな他愛無い言い争いも楽しんでいるお互いに気付きながらも、
エドワードとウィンリィは一歩も譲ろうとはしなかった。





もどかしく、伝えきれない想いは考えているより筒抜けで。
笑い合って、抱き締め合って、それだけで満たされていく心は嘘ではなくて。




時々すれ違うシンパシー。
時々重なるテレパシー。




上手く伝えきれない想いがあるから、何度も何度も君に伝えようと手を伸ばすんだ。










END







あとがき。
おかしい。
途中まではほのぼのまったりエドウィンだったはずなのに、いつの間にやら怒鳴り合いの大喧嘩に。
エドの理由は内緒です。でもヲトメな理由です。ウィンリィに大爆笑されること請け合いです。
そんな全然大したことない理由なんで、各自で妄想お願いします。
タイトルの『シンパシズム』は共鳴主義みたいなノリで。
センス無い上にゴロ悪(爆)。

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