てのひら |
「ずるい」 開口一番、一体何を言い出すのか。 果てしなく怪訝そうな面持ちで、少年は顔を上げた。 「何が」 「手」 「は?」 彼女が突発的且つ衝動的、何をやらかすか分からない性格だというのは知っている。 長い付き合いなので、今更驚きはしない。 ぐい、と腕を引かれ、手のひらを付き合わされた。 「リッドの方がやっぱり大きい」 「そりゃ、まぁ」 頬を膨らませ、いかにも拗ねた様子を見せる少女に、 リッドは口の端が引きつるのを覚える。 じりじりとにじり寄って来る少女から、自然逃げ腰になっている。 夕食を終え、ソファでのんびり寛いでいた所にぶつけられた、彼女の不平不満。 本気でないことは確かであるが、 果てしなく限りなく本気に近いのも良く織っている。 猫のようにごろりと寝転がり、リッドの膝に凭れ掛かる。 深緑の髪が、小さく揺れた。 「ファラ、おも…何でもアリマセン」 言いかけて、物凄い形相で睨まれた。 恐らく、年頃の少女であればファラでなくとも睨まれそうな台詞を、寸での所で飲み込む。 加えて、ファラであれば、睨まれるだけでは済まないことも長年の経験から身を以って理解している。 「リッドは、さ。いっつも前を歩いてるんだね」 いつの間にか放り出された靴が、ソファの下に転がっている。 足をぱたぱたさせながら、リッドの腿の上でうつ伏せのまま背伸びをした。 「ずるいよ」 追い付いたと思えば、すぐに前を歩いている。 昔は、身長だって変わらなかった。 手の大きさだって変わらなくて、ずっとそうなのだと思っていた。 けれどそれは間違いで、男と女の違いははっきりと出てくる。 段々と丸みを帯びていく自分の身体とは反対に、彼は逞しくなっていく。 変化していく自分が疎ましくて仕方が無かった。 昔を懐かしく思うと同時に、寂しくなった。 ずっと、子どものままでいられたら良かった。 そう思ったこともあった。 「ファラは、織らないから」 不機嫌そうに向けられたファラの瞳に、リッドは苦笑する。 優しく、ファラの頭を撫で付けた。 まるで子どもをあやすように。 頭を彼の足に預け、ゆっくりと瞳を閉じる。 気持ちが良く、居心地が良かった。 それが、大切なヒトの傍であるなら尚のこと。 どんな不満も怒りも、最初から無かったかのように、彼の前ではいとも容易く霧散していく。 やっぱりずるいと思った。 「俺の手が、どうしてファラより大きいと思う?何で、俺が先を歩くと思う?」 問い掛けに答える気力は、ファラには殆ど残っていなかった。 満腹の状態で睡魔が訪れるのは当然で、 心地良い彼の声が一層のこと安堵させる。 「そうじゃないと、ファラを守れないからだよ」 彼女にはっきり聞こえていないのを織ってか織らずか、リッドは呟いた。 「俺が、ファラを守りたいから」 穏やかな眼差しで、ファラを見つめる。 ぼんやりと夢現な面持ちで、ファラは薄らと瞼を上げた。 「ファラ?」 「あのねぇ、リッド」 綿菓子のような笑みを浮かべて、ファラは手を伸ばす。 リッドの頬に触れると、ペチペチと二、三度叩いた。 「だぁい好き」 規則正しい呼吸が聞こえるまで、そう時間はかからない。 起きたら忘れているかもしれない。 寝入ってしまったファラに、リッドはぽつりと漏らした。 「…ずるいのは、どっちだよ」 畜生、と悪態を吐くが、どうにも覇気が無い。 憮然と、立てた膝の上で頬杖する彼の顔は、見事なまでに真っ赤に染まっていた。 END |
あとがき。 |
ラヴラヴバカップルで。 リッドと同棲してるとか、結婚してるとかじゃなくて、食事作りに来てるだけです。 止まりに来たわけでもありません。 色気無ぇな…。 このままファラが起きなかったら、担いで送っていきますよ、彼は(笑)。 |
ぶらうざの戻るでお戻りください