ずっと一緒にいられると思ってた。 そんなことある訳ないけど。 永遠のものなんてないけど。 それでも、 俺はそう思っていたんだ。 まだ、子どもだったから。 手に持った体温計を眺めながら、 自称保父さんがベッドに寝ている悟空の額に手を当てる。 「38度9分…ですか」 「何か…目がぐるぐる回る…」 水の入った洗面器を持ってきながら、悟浄は彼を見下ろした。 「ったりまえだ、猿。それだけ熱があって、よくもまあ、あれだけ動けたもんだ」 あきれた様子で、悟浄はため息をついた。 先ほどまで、いつもの如く御来客があり、 戦っていたのだ。 が、その直後悟空が倒れてしまい、 宿屋に戻って八戒が診てみれば、風邪を引いたのではということだった。 しかし、と悟浄は続けた。 「馬鹿でも風邪ひくんだなあ〜」 感心したような、その声に力なく悟空が反論する。 「うる…せえな…っ」 顔色もあまり良い方とは言えず、息苦しそうである。 三蔵は読んでいた新聞を畳み、眼鏡を外しながら口を開いた。 「いや…夏風邪は馬鹿がひくと言うからな」 「…三蔵…」 西に近付くにつれて気温は上昇してきているので、 夏というのは大袈裟かもしれないが、そう言えなくも無い。 悟空の額には青筋が浮かんでいる。 「てめえら…っ、風邪が治ったら覚えとけよ…っ!」 笑いながら悟浄は手を振った。 「はいはい。つっても、熱が下がったら覚えてねえだろ?」 荷物からたばこを取り出し、悟浄は火をつけた。 ふうっと、紫煙を吐き出しにやりと笑う。 「馬鹿だから」 「悟…っ!」 「はいはいはい、そこまでです」 八戒はパンパンと手をたたき、彼らの会話を強制終了させる。 洗面器の水にタオルを浸して絞った。 彼の姿と、天井を写していた水面は落ちていく水にかき乱される。 「悟空は一応病人なんですよ、いつも通りに相手ができるはずないでしょう」 八戒は、悟浄を見やり忠告した。 真剣なその言葉に彼はバツが悪そうに頭をかく。 悟空の額に濡らしたタオルを乗せながら悟空の方も見やった。 「貴方もですよ、悟空。どうせ暴れるのなら治ってからにしてください」 「ごめん」 素直な悟空に、八戒は微笑みかけた。 「ゆっくり休んでいてください。貴方が治るまでは、出発なんかしませんから」 ねえ、三蔵。と椅子にかけている仏頂面をした最高僧様に極上の笑みを向ける。 半分脅しとも思えるその台詞に、三蔵は渋々ながら了承した。 うとうととし始める悟空の氷枕をそっと抜き、中の氷を入れ替える。 もう一度見たときには、彼の金の瞳は完全に閉じられていた。 「さて」 振り返って、三蔵、悟浄に小声で話しかける。 「僕、買い出しに行きたいんですけど…手伝ってくれますよね?」 「あぁ、いいぜ」 「ざけんな、何で俺が…」 「三蔵」 彼の台詞を遮って、八戒が口を開いた。 「何だ」 「僕達2人で何とかできるほど少ない量じゃないって知っていますよね?それとも、悟空を叩き起こして行けとでも?もしくは治るまで待っていてもいいですけど、それだけ滞在期間が延びるだけですし。それに、それは三蔵も御免でしょう?」 反論の隙も与えず、一気にまくしたてる八戒に、三蔵だけでなく悟浄も固まっている。 「俺…手伝うって言ったんだけどな〜?」 何で、自分までブリザードを受けなければならないのか。 それと同異義語である。 横目で三蔵を見ながら嫌みのように口を開いた。 舌打ちをして、三蔵は格好を整えた後、椅子から立ちあがる。 「ありがとうございますv」 八戒には誰も勝てないのは、よく分かっていたはずなのだが。 「…空…」 「ん〜…?」 ―――誰? 悟空は眠たい目をこじ開け、ベッドから起き上がった。 冷たい手が額に触れ、その後に笑顔が見えた。 「良かった、熱、結構下がっていますね」 悟空は、何度か目をこする。 「う…ん…」 ポンと、頭の上に手を乗せられ前のめりになる。 「腹減らねえか?悟空」 「空いた」 「じゃあ、林檎でも剥きましょうかね。捲簾が」 「俺がかよ」 林檎を持ってきて、彼は8等分にしてウサギを器用に作り始めた。 あっという間に、白い皿の上に赤い耳のウサギが並んでいく。 「相変わらず上手ですねぇ」 「お前に比べりゃあな」 楽しそうに笑う彼に、笑顔を返す。 しかし、先ほどから黙っている悟空に二人は視線を向けた。 「悟空?」 「…八…戒、…悟…浄…?」 彼らは驚いたように目を見開くと、少し寂しそうに微笑んだ。 「…憶えてないんだな」 部屋の奥で椅子に腰掛けている人物が目に入る。 窓から入ってくる太陽の光に、その金糸の髪が光を帯びる。 長いその髪は三蔵のそれと同じ色。 同じ紫暗の瞳。 同じ額の真紅のチャクラ。 「誰…」 ―――だった…? 悟空の目の前にいるのは、八戒と同じ緑の瞳を持った髪の長い男。 白衣を身に着けており、眼鏡をかけている。 その横にいるのは、悟浄と同じ顔を持った髪の短い男。 ドクロの飾りを首から下げている。 額には何かの印刻。 見憶えがある。 あるのに。 「アンタたち、誰…?」 悟空のその言葉に、彼らは同じように、寂しく微笑むだけだった。 金糸の髪を持った男が、立ち上がって歩み寄る。 膝を突き、悟空と目線を合わせた。 悟空は視線をそらすことができなかった。 否、そらしたくなかった。 「お前が憶えてなくても、生憎とこっちは忘れてねえんだよ」 苦笑して、悟空の額に手を振れる。 ひんやりとした彼の体温が伝わってきた。 ―――あそこにあったのは、どこまでも広がる青い空と 「…あ…」 ―――眩いばかりの金色の太陽 「…っ!」 ―――誰を呼んでいた? 「悟空?」 ―――誰を呼びたかった? 「おい、て…」 悟空に背を向けて、後ろにいる男を呼ぼうとした。 しかし、悟空は彼の背中――正しくは腰のあたりだが――に抱きついた。 「ッ!?」 驚いて、思わず後ろを振り向く。 いつか見たような風景に、彼らは苦笑した。 2人は立ち上がって、悟空の側に寄る。 あの時には、もっと幼かった腕も、力も、今は。 「…お前の時間は、動き続けているんだな」 子どもの成長に喜びたいのだが、素直に喜ぶことができない。 雛鳥に巣立たれた親鳥。 そんな心境だろうか。 悟空の腕を解き、ぐしゃぐしゃに頭を乱す。 緑の瞳の男は笑いながら、悟空に話し掛けた。 「悟空、俺達は貴方が大好きです」 「え?」 「チビ猿はチビ猿らしく、何も考えず笑ってりゃいいってコト」 「何だよ、それっ!」 食ってかかるが、悟空はそれに懐かしさを憶えていた。 最近の悟浄達との喧燥ではない。 もっと遠くの…思い出…? 「あ…!」 彼らは、そう言うと歩き始めた。 悟空とは正反対の道へと。 ―――置いていかれるのは嫌だ 「…ッッ!」 思い出せそうなのに、浮かんでは消える。 声にならない。 彼らの名前は? ―――アイツらは… 金糸の髪の男は、悟空の向こう側を指差した。 悟空は導かれるようにそちらの方向へ視線を向ける。 「お前はもう一人じゃないだろ」 「…待って…っ!」 弾かれるように溢れ出す涙。 振り向いたときには、誰もいなかった。 涙だけが流れ落ちるだけ。 「…ありがとう」 伝えたかったんだ。 名前も何も思い出すことが出来ないけれど…。 目を開くと、眠る前に見た宿屋の天井。 あたりに人の気配がしないのに気付き、ベッドから飛び起きる。 「三蔵?八戒?悟浄?」 同時に部屋の扉が開き、八戒達が荷物を抱えて入ってきた。 「悟空?もういいんですか?」 テーブルに荷物を置き、悟空の額に手を当てる。 「熱、下がっていますけど、もう少し寝ていた方がいいですよ。また出るかもしれませんから」 「悟空?」 黙りこくっている悟空に、 悟浄と三蔵も怪訝そうな顔を向けた。 不意にぼろぼろと彼の瞳から涙が零れ落ちてくる。 「置いていかれたかと思った…っ!」 「はあ?」 3人は一斉に声を上げる。 部屋を見れば荷物は置いたままであるし、 出発した訳ではないことくらい分かるはずである。 「悟空、きっと病気のせいで気弱になっているだけですよ。もう少し眠りましょう?」 幼子のように泣きじゃくる悟空をなだめながら、ベッドへ連れて行く。 布団をかけながら、ベッドの近くのテーブルの上に気付く。 「あれ?」 (林檎…?) 眠りかけている悟空に、八戒は声をかけた。 「悟空、この林檎どうしたんですか?」 それはご丁寧に、ウサギの形に切ってある。 「えっと…腹減ったって言ったら、切ってくれた…」 「え?誰が…。」 皿を持ち上げ、悟空を見やるとすでに寝息を立てている。 (多分、宿の女将さんか誰かですよね) 宿を出る前に、一応託けておいたのだ。 いくらなんでも、病人を一人簡単に残していく訳にはいかない。 持ち上げていた皿を元の位置に戻し、テーブルの荷物からレモンを取り出す。 「悟浄、レモン絞るやつ借りてきてくれませんか?」 「へ?」 「林檎、このままじゃ変色してしまいますよ」 「あぁ。」 気付いたように、悟浄は部屋を出ていく。 三蔵の向かい側の椅子に腰掛け、荷物を整理する。 「三蔵」 「何だ?」 「悟空、やっぱり不安なんじゃないですか?」 「あ?」 だから、と八戒は苦笑する。 「実際500年も一人だった訳ですし、自覚が無くても、心の底では不安でいっぱいなんじゃないかと」 「…ふん、くだらんな」 懐からたばこを取り出し、火をつける。 「三蔵?」 「アイツはそこまで弱くない、それだけだ」 その言葉に、呆気に取られながらも八戒はくすくすと笑い出した。 荷物で三蔵の顔は見えないが、どんなに不機嫌な顔をしていることだろう。 それを考えると、またおかしくなってくる。 「信じているんですね、悟空のこと」 「殺すぞ、てめえ…」 「すみません、三蔵」 言いながら、なおも彼は笑っている。 「僕も、信じていますから」 夢を見た。 懐かしい夢。 何かは憶えていないけど。 俺は、多分そこで笑っていたと思う。 誰かがいて、誰かの名前を呼んで。 その誰かは、大切な奴で。 でも、思い出せない。 俺は、何がしたかったんだろう。 俺は、誰を守りたかったんだろう。 俺は、何を守りたかったんだろう。 憶えているのは一つの想い。 強くなりたかった。 自分の無力さが思い知らされるたびに。 END あとがき 悟空殿夢オチバージョンですが、彼に限って憶えてはいらっしゃらないように設定しました。 憶えていたら、話が分からなくなってしまいますからねえ(笑)。 とりあえず、ウサギ林檎のために書きましたね!(←オイ!) 皆さん、台詞が少ないですよ〜。八戒殿以外。 多くを語らず、でも、それで十分っていうのを書きたいですね。 さあて、次は悟浄殿ですね。 おそらく、どこにも出てきたことが無い人が出ていらっしゃると思います。 オリジナルではなくて。 当てた方には、先着一名様に・・・小説でも書きましょうかね。 いい加減な・・・。 しかし、当てられる人がいるのか、これは。 |