変わっていくあなたを追いかける


 ――チョコレート シフォンケーキの作り方。

from.anamさま





ふわふわ、さらさら。
かちゃかちゃと料理器具の音が響く中、青と大地色の髪が動く。
部屋の中には苦味のある甘い匂いが広がっているが、その理由は言わずもがな。
カレンダーの日付は2月13日。
そういうことである。
「悟空、それ取って」
言葉と同時に指で指し示した方を見れば、木ベラが一つ。
悟空はすばやく静かに木ベラを取ると静夜に手渡した。
「はい」
「ありがと」
悟空を見て笑みを浮かべると静夜は木ベラを持って、
ボールに入っている湯煎で融けたチョコレートを丁寧にかき回す。
サラダ油を入れるもの忘れない。
「静夜、調子はどうですか?」
「んー、まあまあかな。そっちは?」
静夜が声だけをかけた方には静夜よりも明るい青。
「こちらもそろそろですわ」
「解った。悟空、こっちはもう良いから太真の方手伝ってきて」
「了解!」
静夜の言葉に悟空はニカッと笑って太真の方へと向かっていく。
「太姉ちゃん!」
きらきらと金の眼を輝かせる悟空に太真はふわりと笑って悟空にボールと泡だて器を手渡す。
ボールの中には静夜が持っていたのとは違う、透明でふるふるした卵白。
「お願いしますね」
「おう!」
悟空は太真からボールと泡だて器を受け取ると、かしゃかしゃ泡立て始めた。
「今年はチョコシフォンなんだな」
ボールに気をつけて悟空が言うのを聴きながら、太真は静夜から手渡されたチョコレートの入ったボールを受け取る。
そして、そのチョコレートをグラニュー糖入りの溶きほぐした卵黄が入っているボールへと入れていく。
「ええ。そうですよ」
「悟空、塩とグラニュー糖入れるの忘れるなよ」
太真の肯定の言葉と静夜の注意の言葉が重なると、
悟空は慌てて泡だて器から手を離して一つまみの塩とグラニュー糖を入れていく。
その表情はとても嬉しそう。
「嬉しそうだな、悟空」
気配で解ったのか、嬉しそうな悟空に静夜がクスクス笑いながら声をかけた。
「当たり前だろ。太姉ちゃんと静夜の作ったケーキ激ウマだもん!」
メレンゲを作っていく悟空の楽しそうな表情を見つつ太真が近づいてくる。
「そう仰って貰えると作りがいがありますわ」
太真の手には卵黄が入ったツヤツヤのチョコレートが入っているボールが。
「そう言われたらこっちは腕によりをかけなくちゃな」
いつの間にか悟空の隣に立った静夜の手には、ベーキングパウダーを混ぜた薄力粉が入ったボールが。
静夜と太真は顔を見合わせて笑い合うと、
太真が持ってきたチョコレートの中にふるいをかけながら薄力粉を入れていく。
「悟空、」
「出番!」
空色と瑠璃の眼が悟空に向けられると悟空はこくこくと首を縦に振り、
出来上がったメレンゲをチョコレート色をした生地の中へと、丁寧に入れていく。
悟空と交代して太真が泡が消えないようにすばやく生地とメレンゲをあわせると、
型に流してオーブンへと移した。
オーブンの温度は170度。
串を刺して焼き加減を見守っていると、静夜がポツリと呟いた。
「それにしても、アイツラにチョコ渡し始めてもう何年になるんかな」
静夜の呟くに答えるのは太真。頬に手を当ててのんびりと思い出すように答えた。
「そうですわねぇ。もう五年以上はやってますわね」
「五年かぁ…どおりで」
何故か遠くを見るように呟く静夜に、太真と悟空はどうしたのかと互いの眼を見合わせる。
「静夜、どうかしたのか?」
心配そうな悟空の声に静夜は軽くかぶりを振った。
「や、別に心配するようなことじゃないんだけどさ。なんていうか…ときめきを感じなくなったっつーか」
「ときめき?」
静夜らしくない――と言っては失礼だが――言葉が出てきて驚く悟空とは反対に、太真は何か納得をしたのか。
「確かに、そうですわね」
はっきりと頷いて見せた。
「まあ、あたしの場合は…ときめきもへったくれも無いような状況に見えなくも無いんだけどさ」
しっかりと返事を返してきてくれた太真に向かって苦笑を浮かべる静夜。

静夜の恋人である三蔵。
太真の恋人である金蝉。
この二組の男女の交際はかなり長い。

「初めの頃は、ガラにもなくイベントごとにはそれ相応にドキドキしたりしてときめいてたけどさ。さすがに五年以上やってるとねぇ…」
「マンネリとは言いませんけど、慣れてしまうんでしょうね。一緒に居ることに」
オーブンに向かい合うようにテーブルに寄りかかり腕を組む静夜。
その隣でテーブルの椅子に座り、オーブンを見守る太真。
ため息のように出る言葉にオーブンの真ん前で膨らんでいくケーキを見つめていた悟空は、小首を傾げる。
「一緒に居ることに慣れるのは、いけないのか?」
悟空の問いに太真と静夜は顔を見合わせると、二人同時に首を横に振る。
「いいえ。一緒に居ると言うことに慣れるのは悪いことではありませんわ」
慣れなければ摩擦が生じて、いつか別れてしまうだろうから。
「でも、さっき太真が言ってただろ? マンネリって。悟空だって毎日同じモノ食べてたら、飽きるだろ?」
恋に飽きるも何も無いだろうけど、でもこの表現が一番しっくり来る。
静夜が心の中で苦笑いを浮かべた。
悟空は一瞬考えて、
「ううん、全然」
そうハッキリと答えてくれたので、静夜と太真は苦笑を浮かべることしか出来なくなった。
「悟空らしいな」
「ですね」
「なんだよ〜」
苦笑を浮かべる二人に悟空は頬を膨らませるが、
「でも、なんとなく解る気もする」
と呟いた。


ドキドキすることもワクワクすることも。

何回も繰り返しをしていたら、いつの間にかそれが『当たり前のこと』になってしまっている。

当たり前のこと。

確かにそれは良いことなのかもしれないけれど、でも味気ないようにも感じてしまう。
きっと恋もそうなんだろうと、悟空は思った。
恋をすること、愛し愛される事が当たり前になってしまって、
何処か味気の無いものになってしまったのだろう。


悟空の言葉に静夜は薄く笑い、オーブンの前でしゃがんでいる悟空の頭をぽんと叩いた。
「だから時々無性にときめきが欲しいとか思うんだよね」
「人というのは、我が儘なものですわね」
悟空が太真に目を向けると彼女は困ったように笑っていた。
目の前に居る静夜も自分自身に呆れているのだろうか、微妙な笑みを浮かべている。
「二人は、ときめきが欲しいの?」
静夜の手の暖かさを頭で感じながら悟空が聞けば、二人はハッキリと頷いた。
悟空の心の中に嫌な予感が渦巻く。
ときめきが欲しい。
それは恋がしたいということで。
でもそれは、当たり前になってしまった今の恋では、無理で。
つまりそれは…。悟空は思わず俯いてしまう。
「金蝉と三蔵以外の人と、恋がしたいって事…?」
あの二人ではなくて、違う人と恋をしたいと言っているように悟空は思って、心臓がギュッと痛んだ。

恋をすることは別にいけないワケじゃない。
その人の自由だ。
でも、自分が大好きな人たちが幸せそうだったのに、それが別れてしまうのを見るのはとても嫌だと悟空は強く思う。
だからこその不安。

しかし、
「はあ、なに言ってるの?」
そんな悟空の不安は一瞬で吹き飛んでいく。
驚いたように目を丸めて顔を上げると、悟空と同じように唖然として眼を丸めている静夜の姿が。
互いに驚いた表情をしているのを見て、静夜は大きなため息を吐いて頭を掻いた。
「まったく…あのねぇ、自分の好きな男以外にときめいてどうすんの。好きが当たり前になった男にときめきたいって悩んでるってのに。それじゃあ全然意味が無いでしょうが。」
「え…じゃあ…」
悟空は太真の方を向くと彼女はふわりと微笑んだ。
「好きでもない方にときめきを求めるのは無意味ですわ。だって、自分が好きな人だからこそ、ときめきたいのですから。だから、不安にならなくても大丈夫ですよ、悟空。わたくしたちがときめきを求めるのはあの方々だけですわ」
「そういうこと。心底惚れてる相手がいながら他の男にときめきを求める女なんて、いやしないって」
安心しろと、ぽんぽん頭を叩く静夜と微笑んでいる太真を見て、悟空はニカッと笑う。
「そうだな!」
「まあ混乱させるようなこと言ったあたしが悪いんだし。ごめんね」
「ううん。俺こそ…」
「お二人とも。お互い謝るのはそこまでにしましょう。そろそろ出来上がりますわ」
すまなそうに謝る静夜に首を振る悟空を見て、太真がパンッと手を叩くと二人は一斉にオーブンを見つめる。

オーブンの中にはふっくらと膨らんだケーキ。

確認のため静夜がケーキに串を刺すとケーキの生地が串についてこない。
シフォンケーキが焼きあがった。
静夜は手にミトンをはめてケーキを取り出すと、準備してあったビンの口にケーキの型をさかさまにして差し込み、冷やす。
ケーキが完全に冷えたのを確認すると、皿の上で型を外した。
白い皿の上に載ったシフォンケーキは綺麗なココア色をしている。
「さあってもう一仕事だ」
言って作ったホイップクリームを飾れば、チョコレートのシフォンケーキの完成。
「ときめきのある渡し方でも考えるか?」
「そうですわね」
楽しそうに笑いながらそう言った静夜とそれにあっさり頷く太真を見て、
悟空は二人の保護者を脳裏に浮かべて、にひゃっと笑う。


愛されてるなぁ、金蝉も三蔵も。


本人たちが居たら明らかに照れてハリセンとゲンコツを食らわすだろう言葉を心の中で呟きながら。
悟空はとても美味しいだろうシフォンケーキの試食を笑顔で心待ちにしていた。





Fin





カンシャのきもち。

バレンタインなんぞ縁の無いサイトにanam様から頂きました。
あぁ、腹が減った(そんな感想!)。
ときめきなんぞほんとに無縁な我が家にオアシスがやってきました。
いつもいつもオリキャラ使わせて頂いてて、こんなものまで頂いてしまって、ありがとうございますですよ!
悟空の破格な扱いに可愛らしさがぶっちぎりです。



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