ワルサースルー
―ポッチンを探せ―!



「いないわ!!」
そんなケイトの一言から、それは始まった。
俺は顔を上げて、彼女を見やった。
「何が?」
「ポッチンよ!!」
間髪入れず、勢いよく振り向いて叫んでくる。
ここ、ワルサースルーは表向き探偵事務所である。
だが、実際は世界征服を企む悪の秘密結社なのだ。
最近はどうでも良くなって来ている自分がいることを否定はしまい。
不景気のせいか、依頼も少なくなって来ており、暇な日が続く。
社長は社長で、彼女の夫、つまりケイトの父親に経営を任せ、旅に出ている。
この父親と言うのが、どうしようもないくらいに変態で、
ワルサースルーの変態密度が上がってしまったが。
ポッチンがいる所為で、元々高い指数が更に上がったという訳だ。
しかし、段々壊れていく自分と、気にならなくなってきている自分が嫌だ。
読んでいた雑誌にもう一度視線を落とし、
何事も無かったように(実際なんて事はない)、
俺は簡単に返事をした。
「いつものことじゃないか。どうせ、その辺の生ゴミでも漁ってるんだろ」
ケイトは、俺の座っているソファにツカツカと近寄って来て、
机をバンと叩く。
「いいえ!」
彼女は大きく首を左右に振り、俺の胸座を掴んだ。
「ポッチンが生ゴミを漁る時間は、大体正午から2時の間!今は3時ちょっと過ぎた所だもの!それはありえないわ!!」
「時間が決まっていたのか」
知らなかった。
否、知りたくも無かった。
彼女に掴まれた時に、思わず持っていた雑誌を床に落とす。
今にもちゃぶ台返しを披露しそうなケイトを横目に、
俺は部屋中を見回した。
「本当にいないな」
「セル!探しに行くわよ!!」
「え゛?!」
彼女が俺の名を中途半端に呼び、今度は襟首を掴まれ、
ズルズルと出入り口に向かって引きずられていく。
しかし、何で彼女はこんなにもポッチンを心配しているのだろうか。
まあ、一応仲間だからな(本当に一応)。
ここで、ポッチンの生態を説明しようと思う。
とは言っても、俺とて彼(?)のことを詳しく知っている訳ではない。
社長が言うには、とてつもなく極悪人らしいが、
とてつもなく弱い。
身長は…高い方だな。
少々、猫背ではあるが。
異様に細く、タコの様に骨が無いかと思えるほど柔らかい動きをする。
髪は何故かてっぺんにだけあり、リボンで結んでいる。
節足動物と見間違えるほどに、奇怪な動きをして、辺りを這い回る。
這い回るとは、その言葉通りだ。
本来、人間であったならば曲がってはならない方向へ曲がっている。
例えるならば、ゴキブリのような動きだ。
連載当初はグラサンだったはずだが、今は大きな瞳になっている。
それと、美女には目が無い。が、美女は美女でも幽霊は苦手らしい(2巻参照)。
後は…そうだなあ。
思い込みで空を飛ぶことが出来たり、
銃で撃たれても死ななかったり、
実はお坊ちゃんだったり(しかも親が美形)。
その程度かな。
いや、違う。
あまりに多すぎて、ここでは語れないのだ。
ポッチンを語ろうと言うのなら、軽く5Pほど行くだろうが、
それは話しの都合上、困る。
と言うか、このSSがポッチン辞典になってしまう。
そんな不気味なものがこの世にあっていいのだろうか?
駄目に決まっている!!
ジェロニモ「そんな事無いぞ――っっ!!」
…?
さっき、何か聞こえた気がしたが…。
まあいいや。
そんなこんなで、結局町中まで引きずられて来てしまった。
「さあ、探すわよ!」
「探すったって、一体何処を?」
「そりゃあ…」
ケイトは思案顔で、腕を組んだ。
「下水道とか、ドブとか、ゴミ捨て場とか!」
「なるほど」
ポッチンが好む場所を探そうと言う魂胆なわけだ。
「あと、狭いとこ!」
ビッと、建物と建物の間の数cmある場所を指差す。
「忘れ去られた初期設定を!!」
彼女の付け足しに、俺は思い出したように叫んだ。
そんなことはともかく、
俺たちはポッチンを探し歩いた。
懐中電灯を手に、ロープを肩にかけ、
工事現場のオヤジどものヘルメットを奪って被り、
下水道の中へ。
生ゴミを漁っているノラネコと格闘したり、
ドブを掃除している、シルバーセンターのお年寄りと会話をしたり。
………何やっているんだ、俺は。


段々と日も暮れてきた。
夕日をバックに、カラスが鳴いている。
貴重な一日を無駄にしたと、
俺もケイトも思っていたに違いないが、
口に出せばそれまでなので何も言わない。
夕日が眩しいぜ、畜生(壊)。
疲れきって、ロープとつるはしと狸の置物を引きずりながら、
俺たちは家路についた。
風がとても冷たく感じたのは気のせいではないだろう。
「…なぁ、ケイト」
「…何?」
「何で俺たち、狸なんか持って帰ってきてるんだろうな…」
「さあね」
ウフフと無気味な笑いを浮かべながら、ケイトが返事をする。
漫画でしか分からないが、
見事なほどにトーン処理が施されていた俺たちは、
ワルサースルーの扉を開けた。
「おぉ!ケイト、セルジヲ!!」
「セルジオだよ、おっさん」
少々突っ込みつつ、玄関に佇む俺とケイト。
なぜなら、あのプリンオヤジと一緒にいたのは。
「…ポッチン…」
「ギョ?」
奇妙な声とも言えない声を発し、ポッチンはこちらを振り向いた。
どうやら、オヤジと積み木で遊んでいたらしく、
足元にはいくつもの積み木が転がっていた。
このプリン顔のオヤジが、ケイトの父親で、社長の旦那だ。
唐草模様の風呂敷のようなマントをつけている(実際、風呂敷なのかもしれない)。
ツカツカとケイトは無言でポッチンに歩み寄った。
「ケ…ケイト?」
後ろ姿しか見えないが、ケイトの方が小刻みに震えている。
「…どこに行っていたのよ、ポッチン。」
押し殺したような声で、彼女は口を開いた。
「すっごく、すっごく探したんだから」
もしや、泣いているのだろうか?
「私…ポッチンがいなくなったら…私…っ」
「ケイト…」
ケイトがこんなにもポッチンの心配をしていたなんて、
俺は知らなかった。
やっぱり、(一応)仲間だしな。
「どうやって、ストレス発散させればいいのよ―――っっ!!!」
なんて思った俺がバカだった。
その後、ケイトが俺が止めに入るほどに暴れ、
ポッチンとプリンを振り回し続けた。
俺は一瞬、地獄絵図を思い出したということは伏せておこう。
こうして、ワルサースルーの一日は過ぎていく。


結局、ポッチンはプリンの家にいたらしい。
どうして最初にそれを考えなかったのか、
悔やまれてならない。



END

あとがき
何が書きたかったんだ、私!(笑)しかも、セルジオの一人称!!本当に思いついたとしか言えないSSです。