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あの子が言った、あの台詞は、 俺には考えも及ばないものだった。 そうして、思う。 いつも教えられているのは、俺の、否、俺達の方だったんだ。 あの子こそが、俺達の太陽だったのかもしれない。 唯一の『希望』だった。 もう、触れることも叶わない、穢れなき光だった。 ペンを走らせる音が部屋に響く。 無機質なそれは、決して気持ちの良いものではなかった。 暗く重たい雰囲気をどうしても感じざるを得ない。 この時ばかりは、悟空も大人しくしていたし、 金蝉の邪魔をしようなどとは露ほども思っていなかった。 ただし、天蓬や捲簾が来訪している時は例外だが。 そうして、今もその例外に当てはまるのであろう。 悟空がパステルカラーのゴムボールを捲簾に向かって投げようとしている。 「行っくよー、ケン兄ちゃん!」 「よっしゃ、来い!!」 元気の良い子ども『達』の声。 未だにペンを走らせる音も同時に聞こえる。 ちなみに、2人にソレは全く聞こえてない。 キュポン、と水性マジックを取り出し、悟空の持っていたゴムボールを取る。 「ちょっと待ってください、悟空。これに、こうして…。さあ、どうぞv」 取上げられたボールを眺めて、悟空は不思議そうに見上げた。 「え?うん?」 そこへ天蓬も割り込んできたようだ。 悟空は訳が分からず、そのままボールを投げる。 「でぇっっ!?」 甘いんだよ、と胸元辺りで受け取った捲簾であったが、続けて悲鳴が聞こえた。 見ると、べっとりと水性マジックのインクが、彼の手の平や、胸元についている。 「天蓬…てめぇ…」 眉がつりあがり、笑っていた口元が歪む。 「俺に何か恨みでもあるのかよッ?!」 「大アリですね」 サラリと言ってのける天蓬に、捲簾は天蓬を凝視する。 「この前の報告書。何だか良い様に書き変えられていましたし。その前の始末書だって、表現の稚拙さが許せませんね!」 「だったら自分で書け――――ッッ!!!!」 どうやら、天蓬の仕事だったらしい。 が、当の本人はお構い無しだ。 怒り頂点の捲簾を押しのけて、悟空に微笑みかける天蓬。 「悟空。こんなヒトに責任押し付けるような大人になっちゃいけませんよv」 「テメェ、人の話聞けよ!!つーか、俺の責任じゃねえだろ!!!」 「………」 無言になる悟空と金蝉。 彼だけは敵にまわしてはならない。 直感でそれを悟る2人であった。 彼らのやり取りを見ながら、悟空は金蝉を見上げて笑う。 「天ちゃんとケン兄ちゃんって仲が良いよね」 「……あれがそう言うのなら、そうじゃねぇのか」 どちらとも取れぬ言い回しで、答えを濁す。 思わず止めていた手をまた動かし始める。 ちょこん、と顔だけ机の端から出して、悟空は言う。 「皆、ずっと一緒だと良いね」 「それは無理ですよ、悟空」 天蓬が捲簾から逃れて、顔だけこちらに向けた。 「…天ちゃん?」 不思議そうに、彼を見上げる。 「実質問題、無理ですよソレは」 あぁ、俺は何を言っているのだろう。 「目指しているものが違えば、同じ道は歩けない。決して、共にはいられない」 こんな幼い子どもに。 「皆、違う道を選び、歩く」 どこか八つ当たりにも思える自分がいる。 じゃあ、何に対しての怒りを持っているのだろう。 「ずっと一緒にはいられない」 「天蓬!」 ビクリと体が震える。 金蝉と捲簾が同時に彼の名を呼ぶ。 「子どもに言うことじゃないだろう」 金蝉が、半分呆れたように口を出す。 「天蓬、お前変だぞ。まるで…」 そう、まるで。 傷付けたい。 そんな衝動にかられたように見えた。 他の誰でもない。 彼自身を。 畏れているのか。 その分岐点に辿り着く事を。 その畏れている自分に怒りを感じているのか。 何を言い出してよいのか分からず、珍しい困惑した表情。 天蓬は一度目を閉じた。 あの子は傷付いただろうか。 自分を軽蔑しただろうか。 こんな酷い事を言った自分を、嫌ってしまっただろうか。 幼子に対して、残酷な台詞を吐いてしまった罪悪感が、今更襲い来る。 あの子はどんな傷付いた顔をしているだろう。 目を開いて、悟空に視線を投げた。 彼は、『微笑って』いた。 天蓬の予想に反して、彼は『微笑って』いた。 「おかしな事、言うんだね」 クスクスと微笑って、悟空は無邪気に言う。 「もしも、ね。歩いて行こうとする道が違ったとしても」 辿り着く未来が別の場所にあったとしても。 「『ココ』が同じなら、ずっと一緒だよ」 悟空は自分の胸を指さした。 「同じ『想い』がソコにあるんだったら、ずっと一緒だろ?」 どんなに、遠く離れていても。 もし、それが。 「だからね。ちっとも怖くないよ」 『生命』の在り処を意味するモノだったとしても。 笑いが込み上げてくる。 「…天蓬?」 抑えきれずに、声を上げて、体を折って笑い出す。 「天ちゃん?」 近寄ってきた悟空の肩に顔を埋めて、尚、肩を震わす。 恐る恐る、天蓬の腕に手をかける。 「俺、何か変な事言った?」 「…いえ…」 相も変わらず笑いながら、彼は呟いた。 「また、教えられたなあって」 呆れたようにため息をつく金蝉と。 見透かしたような笑みを浮かべる捲簾と。 幼子でありながら、深き大地の懐を持つ悟空の。 存在する居心地の良いこの場所にいられることに。 強く、強く感謝して。 俺は、この生命を賭ける覚悟を決めたんです。 END |
あとがき。 |
心は1つって、言いたかったんだと思います(汗)。 大分前にかいたものだから、テーマを忘れてしまったわ。 あと、大人気ない天蓬殿も描いてみたかったのかも。 |